おかあさまといっしょ

 全方向が真っ白い壁に包まれた箱のような部屋に閉じ込められたと思っていた恭安楽だったが、ふいに背後に気配を感じて振り返った。危険があってはいけないと、ぎゅっと煜瑾を抱き締める。

「おかあしゃま…」

 怯える煜瑾だが、危機感を察しているのか、泣きわめくようなことなく、ただギュッと恭安楽にしがみ付いていた。

「!」

 そこは堅い壁のようにしか見えないのだが、まるでカーテンを開くように男が現れた。
 年齢は40歳前後だろうか。先ほど見た少年に似た顔立ちなのは、彼の父親かなにかに見えなくもない。
 恭安楽は、幼気な煜瑾を奪われまいとして、さらに強く抱きしめた。

「近寄らないで!」

 必死な形相で、煜瑾を守る事しか考えない恭安楽は叫んだ。そんなお母さまの意を汲むように、煜瑾も緊張していた。
 男は近付きながら、煜瑾の目をジッと見据え、低い声で囁き始めた。

「さあ、煜瑾…。『約束』だ。俺と、一緒に行こう」

 男の誘いに、煜瑾はビクリと震えた。そして、さらにギュッとお母さまのお洋服を掴むと、イヤイヤと首を激しく横に振った。

「ダメでしゅ!煜瑾はイイ子なので、知らない人とはどこへも行かないでしゅ」

 煜瑾は、その愛くるしい瞳を潤ませて、唇を噛んで泣くのを我慢していた。

「何を言ってるんだ!俺と来る約束をしただろう!俺のことが好きだと、友達だと…!…あの日、見たこともないようなキラキラした笑顔で言ったじゃないか!」

 鬼気迫るような男の気配に、耐え切れなくなった幼い煜瑾はとうとう泣き出してしまう。

「あーん、あーん、おかあしゃま~!煜瑾は、どこへも行かないでしゅ~️」
「いいから、来い!」

 ついに男が詰め寄り、煜瑾に触れようとした。

「イヤ~!おかあしゃま~️」
「煜瑾ちゃん!」

 伸びて来た男の手を、恭安楽が強く叩き払った。

「その汚い手で、煜瑾に触らないで!」

 思わぬ反撃に、男の表情が変わった。

「お前らは、みんなそうだ!表面だけは愛想よくつくろって、結局、全員嘘つきだ!お前もだ、煜瑾!お前も子供のくせに、大ウソつきだ!」

 生まれた時から、大切に愛されて育てられた煜瑾は、そんな誹りを受けたことが無く、あまりに驚いて目を丸くした。

 そんな煜瑾が心配になった恭安楽は、憤慨して相手の男に抗議した。

「煜瑾ちゃんが、嘘つきなわけないでしょう!」
「お前は黙ってろ、ババア!」
「!」



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