おかあさまといっしょ

 眠っていた煜瑾が気になって、文維はカウンセリングの合間を見ては、何度も煜瑾に電話を入れた。
 朝、起きられなかったのは体調が悪かったからではないのか、朝食はちゃんと摂れたのか、文維はちょっとしたことでも、それが煜瑾に関わるとなるとすっかり動揺してしまい、落ち着かない。
 それでもプロのカウンセラーとしての仕事はキチンとこなし、午前のセッションを無事に終え、昼休みに徒歩圏内にある煜瑾が居るはずの自宅に戻ろうと心に決めていた。
 昼休みになり、もう一度煜瑾に電話をしようとしたその時だった。

「どうした、小敏?」

 電話を掛けてきたのは、待ち望んだ恋人ではなく、従弟の羽小敏だった。

「実はさあ、今日は、叔母さまとランチの約束なのに、いつまで経っても来ないし、電話にも出ないんだよ」

 甥でありながら、実子のように育てた小敏も、煜瑾同様に母のお気に入りであることを、文維はよくよく承知している。そんなお気に入りの小敏とのランチの約束を、忘れるような母ではないはずだ。

「叔母さまらしくないよねえ」

 小敏の言葉に、不安を覚えた思った文維は、小敏に自宅まで見に行ってくれるように頼み、自分はさっそく煜瑾がいるはずの部屋に戻ることにした。
 急いで高級レジデンスの一室に帰り、文維は煜瑾を探すがリビングには居ない。まだ眠っているのかと、そっと寝室に入ると、そこには今朝と同じく、天使のように清らかに眠る、愛する唐煜瑾の姿があった。

「煜瑾?」

 ベッドの上の恋人に声を掛けるが、煜瑾は眠り続けている。その様子があまりにも不自然な気がして、文維はおそるおそるベッドに近付き、優しく煜瑾の肩に触れた。

***

 文維の実家に合鍵で入った小敏は、叔母の恭安楽がリビングにもキッチンにも居ないことに気付いた。

(まさか!)

 叔父が北京に出張中に、叔母の具合が悪くなったのではないかと、小敏は慌てた。

「大丈夫なの?」

 思わず声を上げて寝室に飛び込み、午後のこの時間になっても眠っている恭安楽を見つけた。

「叔母さま!」

「煜瑾!」

 2人は驚いて、それぞれの手を取って眠りから覚まそうとするが、次の瞬間、小敏と文維の目の前が真っ白になり、夢の世界に引きずり込まれてしまった。

***

 真っ白な部屋に閉じ込められ、出られる手段も思いつかないまま、恭安楽は幼い煜瑾を絶望させまいと、楽しく救出を待つ工夫をしていた。

「「♪は~にゅ~うの~、やど~も、わ~が~や~ど~♪」」

 煜瑾と恭安楽は、居心地の良い唐家にある煜瑾の遊戯室で歌った「Home,Sweet home(埴生の宿)」を仲良く声を揃えて歌っていた。

「本当に、煜瑾ちゃんはお歌も上手なのね」
「おかあしゃまのお歌、煜瑾、大しゅきなの」

 2人は楽しそうに顔を見合わせながら、ニコニコとお話をしていた。

「もっと!おかあしゃま、もっとお歌を教えて欲しいのでしゅ」
「そうね~、じゃあ、次は…」

 その時だった。





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