ふたたび、文維くんのこいびと

 書斎のドアを開き、そっと中を覗いた煜瑾は驚いて息を呑んだ。

「文維にいたん、しゅき、しゅき~」
「もう、よしなさい」

 ゆったりとした1人掛けのリラックスソファに座った文維の膝の上に、小敏は向かい合わせに座って、頬にキスをしたり、高い鼻を摘まんだりして遊んでいた。

 ふと文維は以前にもこんなことがあったような気がした。

 それは、実際に2人が幼い頃の体験ではなく、文維と小敏が付き合い始めたばかりの頃のことだ。
 小敏は、よくこんな風に文維の膝の上に乗っては甘えてきたものだった。
 なんだかとても懐かしい気がした。なので、嫌がる風もなく文維はしばらく小敏のするがままに任せていた。

「文維おにいちゃま…」

 声の聞こえた方を、文維は慌てて振り返った。そこにいたのは、顔色を変えた、小さな煜瑾だった。

「待って、違います!」

 文維は煜瑾に向かって叫んだが、小敏は文維に甘えるのをやめようとはしない。その様子に、幼い煜瑾の美貌がギュッと歪んだ。

「イヤっ~!文維おにいちゃまは、煜瑾のものでしゅ~」

 煜瑾は、とうとう大きな声をあげて泣き出してしまった。

「あ~ん、あ~ん、煜瑾の~、煜瑾の、大しゅきな、文維おにいちゃまが~」

 その場に絶望したようにしゃがみこんだ煜瑾に、文維はハッと気付いた。

(これは、煜瑾の「夢」ではない?煜瑾が自分の夢でこんなことを作り出すはずがない)

「これは…一体、誰の夢なんだ…?」

 思わず口に出した文維の耳元に、無邪気な小敏の呟きが聞こえた。

「なるほどね、コレは、誰かの夢なのか…」
「小敏?」
「あ~ん、煜瑾は~、文維おにいちゃまが~、大しゅきなのでしゅ~」
「煜瑾…」

 小敏の謎めいた呟きや、しゃくりあげるような煜瑾の泣き声に、文維が混乱に陥った時、周囲が真っ白な光に包まれ、目が眩んだ。

***

 気が付くと、文維は見覚えのある場所に立っていた。

(え?実家?)

 理解が出来ずにキョロキョロしている文維の背中に、鋭い声が刺さった。

「もう、文維!この忙しい時にボンヤリしていないでちょうだい!」

 実家の広々としたリビングの真ん中に茫然と立っていた、長身の息子を恭安楽は追い立てた。

「あなたは背が高いのだから、飾り付けは任せるわ。それが終わったら、足りない分の買い出しよ。あなたは荷物持ちについて来て」

 テキパキと指示を出しながら、自分もまた忙しそうに動いている母に、文維はキョトンとしていた。事態の展開についていけないのだ。

「え?は?お母さま、飾り付けとは?」
「何を言っているの?今日はもう過年の支度を終えているはずなのに、あなたが、仕事が忙しいからと手伝ってくれなかったから、こんなに用事が押しているんじゃないの」

 呑気な息子に対して、恭安楽は、赤と金ばかりの迎春用の飾り物の束を押し付けた。

「まさか…今日は、除夕なのですか?」

 信じられない様子で文維が訊ねると、恭安楽は呆れたのを通り越して、同情的な顔で言った。

「ウィニー、あなた…、働きすぎなんじゃないの?いいわ、お買い物は小敏に付き合ってもらうわ。あなたには、車の…」

 何事も無いように話す母の言葉に、文維はハッとした。

「お母さま!小敏がいるのですか!」
「…そりゃあいますよ。お正月なんだから」

 あまりにも当然のことに、さすがに恭安楽もそう言うと笑い出してしまった。


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