ふたたび、文維くんのこいびと
先ほどからの煜瑾の様子に、文維は何か引っかかるものを感じた。
(主人公のはずの煜瑾の思い通りになっていない?)
アラサーの青年たちが、3歳児になるという、この異様な事象は、実は全て煜瑾の特殊な「夢」だった。
前回、同じ経験をして、文維も驚いたものの、それ以外に説明がつかないという事実に、受け入れざるを得なかった。
しかも、自分や、この夢に登場する人間たちもまた、同じ夢を見ているのだという。
現実ではなく、「煜瑾の夢」と言う世界の中で、全員がまた「夢」と言う手段で繋がっているのだ。
つまり、ここは、煜瑾が主人公として存在する、煜瑾主体の楽しいだけの世界であるはずだった。
それなのに、先ほどから、煜瑾はどうも楽しくない目に遭っていると、文維は気付いた。
当の煜瑾は、その大きな黒い瞳を不安そうに揺るがせながら、ピタリと恭安楽に寄り添っている。
「おかあしゃま~」
急に煜瑾が恭安楽を呼んだ。
「なあに、煜瑾ちゃん?」
優しく、柔らかく、慈愛深い母の笑みで恭安楽が答えると、煜瑾もようやく天使の笑顔で応えた。
「あのね、おかあしゃまって、言いたかったのでしゅ」
「あらあら、可愛らしいことを言うのね、煜瑾ちゃん。いつでも、どこでもお母さまって呼んでいいのよ」
サンドイッチに夢中な小敏は、もう煜瑾が恭安楽を独り占めしていようが気にも留めていない。
「文維にいたん、この赤いの、なあに?」
「ああ、それはスモークサーモンですよ。クリームチーズも入っています」
「ボク、チーズはきらいなの」
小敏は小敏で、今度は恭安楽ではなく、文維に我儘を言って甘えることで、満足しているようだ。
「ちーず、ちーず」
小敏の真似をしたがる玄紀だが、幼すぎて、結局これと言って何もできず、小敏から受け取ったサンドイッチを嬉しそうに食べるだけだった。
「さあ、煜瑾ちゃん、サブレをどうぞ」
恭安楽が差し出した、バターたっぷりのサブレを、煜瑾はサクサクと美味しそうに食べた。
この満ち足りた幸せそうな笑顔は、何物にも代えられない清らかさだ。
「美味しいですか?」
恭安楽が、残りのバナナミルクが入ったグラスを差し出すと、煜瑾は、愛くるしい笑顔を輝かせて、嬉しそうに受け取った。そのまま、ワクワクした表情で煜瑾が文維を振り返ると、いつの間にか、文維と小敏の姿が無かった。
「文維おにいちゃま…」
急に不安になり、煜瑾は恭安楽の腕を掴んだまま、キョロキョロと周囲を見回す。だが、リビングに2人の姿はなく、キッチンの方から声がするでもない。
「おかあしゃま~、文維おにいちゃまは?文維おにいちゃまは、どちらに行かれたの?」
泣きそうな煜瑾に、恭安楽も心配になるが、それよりも、玄紀がテーブルに手を掛けて、上に乗っているサンドイッチのお皿をひっくり返そうとしているのに気付いた。
「ま、待って、玄紀ちゃん!」
「さんどーちー。まんま~」
よほど文維の作ったサンドイッチが気に入ったのか、玄紀は届きそうもないサンドイッチを取ろうとして、自分がテーブルに乗り上げようとしていた。
「危ない!」
素早く恭安楽が手を伸ばして玄紀を抱き止めるが、妨害を受けた玄紀のほうは、気に入らないと愚図りだした。
「や~、まんま~!さんどーちー」
「あげますから!ちゃんと、サンドイッチは玄紀ちゃんにあげるから、お願いだから、そんなに暴れないで」
文維や小敏という男児を育て上げた恭安楽ではあるが、どちらの子も聞き分けが良く、こんな風に暴れて愚図るというようなことが無かった。全身で抵抗するような玄紀に、さすがの恭安楽も手を焼いていた。
そんな様子を目の当たりにした煜瑾は、今は「母」を頼りにしてはいけないと思ったのか、1人で大好きな文維を探すことにした。
煜瑾はリビングのソファから離れ、文維が居そうな書斎のドアをソッと開けた。
「文維おにいちゃま?」
(主人公のはずの煜瑾の思い通りになっていない?)
アラサーの青年たちが、3歳児になるという、この異様な事象は、実は全て煜瑾の特殊な「夢」だった。
前回、同じ経験をして、文維も驚いたものの、それ以外に説明がつかないという事実に、受け入れざるを得なかった。
しかも、自分や、この夢に登場する人間たちもまた、同じ夢を見ているのだという。
現実ではなく、「煜瑾の夢」と言う世界の中で、全員がまた「夢」と言う手段で繋がっているのだ。
つまり、ここは、煜瑾が主人公として存在する、煜瑾主体の楽しいだけの世界であるはずだった。
それなのに、先ほどから、煜瑾はどうも楽しくない目に遭っていると、文維は気付いた。
当の煜瑾は、その大きな黒い瞳を不安そうに揺るがせながら、ピタリと恭安楽に寄り添っている。
「おかあしゃま~」
急に煜瑾が恭安楽を呼んだ。
「なあに、煜瑾ちゃん?」
優しく、柔らかく、慈愛深い母の笑みで恭安楽が答えると、煜瑾もようやく天使の笑顔で応えた。
「あのね、おかあしゃまって、言いたかったのでしゅ」
「あらあら、可愛らしいことを言うのね、煜瑾ちゃん。いつでも、どこでもお母さまって呼んでいいのよ」
サンドイッチに夢中な小敏は、もう煜瑾が恭安楽を独り占めしていようが気にも留めていない。
「文維にいたん、この赤いの、なあに?」
「ああ、それはスモークサーモンですよ。クリームチーズも入っています」
「ボク、チーズはきらいなの」
小敏は小敏で、今度は恭安楽ではなく、文維に我儘を言って甘えることで、満足しているようだ。
「ちーず、ちーず」
小敏の真似をしたがる玄紀だが、幼すぎて、結局これと言って何もできず、小敏から受け取ったサンドイッチを嬉しそうに食べるだけだった。
「さあ、煜瑾ちゃん、サブレをどうぞ」
恭安楽が差し出した、バターたっぷりのサブレを、煜瑾はサクサクと美味しそうに食べた。
この満ち足りた幸せそうな笑顔は、何物にも代えられない清らかさだ。
「美味しいですか?」
恭安楽が、残りのバナナミルクが入ったグラスを差し出すと、煜瑾は、愛くるしい笑顔を輝かせて、嬉しそうに受け取った。そのまま、ワクワクした表情で煜瑾が文維を振り返ると、いつの間にか、文維と小敏の姿が無かった。
「文維おにいちゃま…」
急に不安になり、煜瑾は恭安楽の腕を掴んだまま、キョロキョロと周囲を見回す。だが、リビングに2人の姿はなく、キッチンの方から声がするでもない。
「おかあしゃま~、文維おにいちゃまは?文維おにいちゃまは、どちらに行かれたの?」
泣きそうな煜瑾に、恭安楽も心配になるが、それよりも、玄紀がテーブルに手を掛けて、上に乗っているサンドイッチのお皿をひっくり返そうとしているのに気付いた。
「ま、待って、玄紀ちゃん!」
「さんどーちー。まんま~」
よほど文維の作ったサンドイッチが気に入ったのか、玄紀は届きそうもないサンドイッチを取ろうとして、自分がテーブルに乗り上げようとしていた。
「危ない!」
素早く恭安楽が手を伸ばして玄紀を抱き止めるが、妨害を受けた玄紀のほうは、気に入らないと愚図りだした。
「や~、まんま~!さんどーちー」
「あげますから!ちゃんと、サンドイッチは玄紀ちゃんにあげるから、お願いだから、そんなに暴れないで」
文維や小敏という男児を育て上げた恭安楽ではあるが、どちらの子も聞き分けが良く、こんな風に暴れて愚図るというようなことが無かった。全身で抵抗するような玄紀に、さすがの恭安楽も手を焼いていた。
そんな様子を目の当たりにした煜瑾は、今は「母」を頼りにしてはいけないと思ったのか、1人で大好きな文維を探すことにした。
煜瑾はリビングのソファから離れ、文維が居そうな書斎のドアをソッと開けた。
「文維おにいちゃま?」