ふたたび、文維くんのこいびと

「小敏、叔母さまはいつも言っているはずですよ。自分がされてイヤなことは、決して誰かにしてはいけません。泣いている人を、それ以上泣かせてはいけません。違いますか?」
「…は…い…」

 文維は、このやりとりを見ながら、自分が幼い頃のことを思い出した。
 母は決して声を荒らげたり、手を上げたりする人では無かったが、しつけの厳しい人だった。自分が、いや自分たちがどれほどきちんと育てられてきたのか、改めて文維は両親の聡明さに感謝した。

 そう思いながら文維が小さな小敏を振り返ると、今度は小敏が悔しそうに唇を噛み、目に一杯の涙を浮かべていた。

「確かに、叔母さまは文維お兄さまのお母さまです。でも、小敏が叔母さまと仲良くしている時に、『あれは叔母さまで、小敏の本当お母さまじゃないんだ』って誰かに言われたらどうですか、悲しくなりませんか?」
「…おばしゃま…」

 恭安楽は泣きじゃくる煜瑾の頭を、片手で撫でながら、空いた手で小敏を手招きした。
 その誘いに応じるように小敏は泣きながら、恭安楽の胸に飛び込んだ。

「私は文維のお母さまであり、その文維の大切な人である煜瑾ちゃんのお母さまであり、小敏の叔母さまだけどお母さまの代わりだと思っているの。だから、私はみんなのお母さまよ。煜瑾ちゃんだけじゃない。小敏も大好きなの。でも、小敏が怒ったり、煜瑾ちゃんを苛めたりしたら、とっても悲しいわ」
「煜瑾は、ズルい~。おばしゃまも、文維にいちゃんも独り占めして、おばしゃまに、ヒイキされてズルい~」

 小敏も恭安楽にしっかりと抱き付きながら、涙ながらに苦情を申し立てる。

「まあ小敏。私は煜瑾を贔屓したりしませんよ。小敏が寝ていたから、煜瑾ちゃんと美味しくお食事をしていたの。お母さまは煜瑾ちゃんが大好きだもの。それに小敏も大好きなのよ」
「おかあしゃま~」

 今度は煜瑾が、小敏に「母」を奪われるのではないかと、不安そうにしている。

「さあ、みんなイイ子なのだから、一緒にお食事をしましょう。文維、玄紀ちゃんを起こしてきてあげて」
「あ、はい…」

 事の成り行きを見守ることしか出来なかった文維だが、母に言われてようやく役割に気付いた。急いでベッドルームに駆け込むと、目覚めたばかりの玄紀が独りぼっちであることに気付き、泣きそうになっているところだった。

「玄紀!私がいますよ!さあ、あちらでみんなとサンドイッチを食べましょう」

 慌てて文維が声を掛けると、ホッとしたように玄紀はあどけない笑顔を浮かべた。

「ぶんいにいにい~だっこ~」

 幼い玄紀の要求には逆らえず、文維は小さな体を抱き上げた。
 長身の文維に抱き上げられ、いつもより高い視線に玄紀はご機嫌で声を上げて笑った。それが無邪気であどけなく、ついつい文維の表情も柔らかい。

「ぶんいにいにい~」

 1歳違いでこれほどに幼いのか、玄紀はまだうまくしゃべれないらしい。

「さあ、みんなでサンドイッチを食べようね。私が作ったんだから、美味しいよ」
「ぶんいにいにいの、さんどーぢー」
「いや、サンドイッチだから」

 なんだかよく分かっていないようだが、それでも玄紀は嬉しそうに文維の頬にその丸くて柔らかい頬を寄せた。

 リビングに戻ったそんな2人の姿に、煜瑾がビクリと反応する。

「文維…おにいちゃま…」

 大好きな文維を、玄紀に取られたと思ったのか、煜瑾の幼くとも美しい顔が歪んだ。




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