ふたたび、文維くんのこいびと

 恭安楽の声掛けで、一同は笑顔で10人掛けのダイニングテーブルを囲んだ。

「麺棒が足りないから、先に私とお母さまと小敏が麺を伸ばすから、文維と煜瑾で包んで下さい」
「はい」
「お父さま、あとで、煜瑾にも麺の伸ばし方を教えてあげて下さいね」

 文維の気遣いに、煜瑾は嬉しそうにした。

 煜瑾が見守る中、まるで魔法のように、次々と白くて丸い包み皮が積み上がっていく。先に手慣れた3人が麺を伸ばす担当した意味を、煜瑾はすぐに理解した。

「え~っと、こうして…」

 以前に一度唐家の厨房で体験した餃子作りを思い出しつつ、隣に座る文維の手元を参考にして、煜瑾もなんとか餃子を包み始める。
 煜瑾がぎこちない様子で餃子を1つ包む間に、白くて丸く伸ばされた麺はあっと言う間に何10枚にも増えていた。

「さあ、そろそろ私も包むほうに回ろうか」

 包教授はそう言って煜瑾の隣に座り直した。

「おとうさま、包み方を教えて下さるのですね」

 煜瑾がウキウキしながら包教授に寄り添う。

「難しいことじゃない。煜瑾は器用だし、賢いから、すぐに慣れるよ」
「はい!」

 素直で熱心な煜瑾に、包教授も丁寧に教える。その親密な「親子」の様子に、恭安楽や文維、小敏は微笑ましく見守った。
 家族団欒の、明るく、楽しく、温かい風景だった。

「:除夕(大晦日)に家族揃って餃子作りなんて、本当にいい:過年(年越し)だわね」
「絵に描いたように、完璧な:春節(お正月)だよ」

 満足そうな恭安楽と小敏の言葉に、煜瑾と文維も見つめ合った。煜瑾の、幸せそうな天使の笑顔も添えられる。

「夢みたいに、ステキなお正月です!」

 煜瑾の朗らかな声に、全員が笑顔になり、文維も家族揃って迎える新年の幸福を感じていた。

***

 文維の耳を、遠慮がちな囁きがくすぐるように掠めた。

「文維…、文維。そろそろ起きて下さい」

 優しく、柔らかく、愛情のこもった声に、文維は目を覚ました。

「…え?煜瑾?」

 目の前の笑顔に、文維は幸せを感じる一方で、言い知れない戸惑いを覚えた。

「おはようございます、文維。クリニックに遅れますよ」
「クリニック?今日は、休みでは?」

 キョトンとした文維に、煜瑾も一瞬、意外に思って目を見張るが、すぐに天使の笑顔を浮かべる。

「うふふ。文維ったら、ニューイヤーのせいで、おサボり癖が付いたのですか?」
「ニューイヤー?」
「もう、まだ寝ぼけているのですか、文維」

 半ば冗談だと思っていた煜瑾だったが、煜瑾は呆れたようにクスクス笑う。

「煜瑾?」
「はい?」
「春節ではなく?」

 唐突な文維のオトボケに、煜瑾は優雅に首を傾げた。

「春節までまだ2週間ありますよ。春節になれば、1週間のお休みですから、頑張ってクリニックに行って下さいね」
「あ、ああ、そうですね」

 いつも明晰で余裕を感じさせる文維が、あまりにも放心していることに、煜瑾は急に不安になった

「文維…?もしかして、本当にどこか悪いのですか?熱でもありますか?」

 ベッドの傍に立っていた煜瑾だったが、心配そうな顔をしてベッドに上がり、文維の額に手を伸ばした。

「ああ、いえ、大丈夫です。まだ夢と現実の区別がつかなかったようです」
「珍しいですね、こんなにボンヤリした文維なんて…」

 ホッとしたように微笑んだ煜瑾は、ベッドの上に座り愛する人の端整な顔を見下ろして言った。

「カワイイです…」

 それだけを言って、煜瑾は文維の唇に軽いキスをした。

「煜瑾…」
「はい。なんですか、文維」

 煜瑾は少し恥ずかしそうに笑いながら応えた。

「これは、夢ですか、現実ですか?」

 真剣な表情をした文維を、煜瑾は不思議そうに見る。しばらく困惑した様子だったが、やがて、崇高で純真な天使の笑みを浮かべて言った。

「毎日そこに文維が居て、私を愛してくれているなんて夢のようです。でも、これが夢なら覚めるのが怖いです」

 体を起こした文維に、煜瑾はそっと身を寄せた。それを受け止めるように文維もしっかりと抱き締めた。

「ずっと文維と一緒に居られるのは、覚めない夢であって欲しいです」

 2人は何も言わずに抱き合った。









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