ふたたび、文維くんのこいびと

 分厚いカーテンが開かれ、眩い朝陽が差し込んで、唐煜瓔は目を覚ました。

「お寝坊さんね、いつまで寝ているのよ」

 肩までの緩やかなウェーブの栗色の髪。色白で、目鼻立ちはハッキリしていて、明らかに西欧の血が流れている。意志の強い光を放つカラメル色の瞳に、切れ長の知的な眼差しだ。小柄な女性であるが、華奢というよりは、引き締まってはいるが、アングロサクソン系の骨太の頑丈な印象を受ける。
 彼女はとても美しい菫色のワンピースを着ていた。

「今日は:除夕(大晦日)で、せっかくの休みなんだ。少しぐらい寝坊したっていいだろう?」

 子供のように眼をこすりながら、情けない男の甘えを見せる唐煜瓔に、精悍な彼女はきっぱりと言い切った。

「いいわけないじゃない!私がいるっていうのに!」

 ハッキリと意思表示をする彼女の小気味よさに、唐煜瑾は心から笑う。彼女に悪意の欠片も無いことは分かっていたし、本当に体調を崩して寝ていたいと思えば、彼女自らが率先して看病してくれることも予想できる。
 そういう、自由で、自立していて、それでいて思いやりのあるこの女性に、唐煜瓔はプロポーズをしたばかりだ。

「オリビア、こっちへ」

 起き上がった唐煜瓔が手を伸ばすと、屈託なくオリビアはポンとお転婆な動作でベッドの上に飛び乗った。
 イギリスで成功した唐家本家の紹介で、分家である香港唐家の流れを汲む、オリビア・リーと知り合ったのは半年ほど前。イギリスの大学で学び、世界中を旅して、好奇心旺盛で、冒険心豊かな才女であるオリビアに、唐煜瓔は感心した。
 コロコロと良く笑い、話題も豊富で、自分の考えも持っており、ハッキリと主張できた。唐煜瓔は、彼女といると退屈することは無いな、と思ったのだ。

「オリビア、昨晩はいい夢を見たよ」
「夢?聞かせてちょうだい。私が夢占いしてあげる」

 香港生まれのせいなのか、それともイギリス育ちが影響しているのか、彼女は占いが好きだ。

「弟の煜瑾が、まだ小さくて、天使のように清らかで、愛らしい、とても幸せな夢だった」

 唐煜瓔が満足そうな笑みを浮かべて回想している様子に、オリビア・リーは一瞬フッと皮肉な目をして、すぐに澄ました顔で宣託を下した。

「分かりやすい夢占いね」
「え?」
「あなたがブラコンだってことよ」

 そう言ってからかいながら、オリビアは唐煜瓔の高い鼻をキュッと摘まんだ。

「痛いよ、オリーブ」
「お黙りなさい。文句があるなら、早くそのご自慢の弟君に会わせなさいよ」

 もちろん、唐煜瓔も最愛の弟に自分の結婚相手を紹介しようとは思っている。だがそれは、春節が終わり、ひと段落した頃に、煜瑾を連れてイギリスに行こうか、と考えていたところだった。
 それをいきなり昨晩遅くに、「今、浦東空港に着いたから迎えを寄越して」などと劇的な登場をしたのがオリビア・リーなのだ。
 何事かと、唐家の執事を始め使用人たちは大騒ぎとなったが、唐煜瓔はオリビアらしいと苦笑するだけだった。

「中国らしい春節を楽しみたいわ。香港のそれとも、ロンドンのチャイナ・タウンのともまた違うんでしょう?」

 昨夜の彼女は、一方的に言いたいことだけを言うと、さっさと執事に案内させて客用寝室へと消えてしまったのだ。

「煜瑾にも、都合というものが…」
「どんな都合も、私以上に優先すべきものでは無いわ」

 真剣な表情で迫るオリビアに、さすがの唐煜瓔もタジタジとなる。

「いいわね。今夜の除夕は譲ってもいいわ。でも、新年最初の夕食は、必ず弟も同席させてちょうだいね」

 強引だが、どこか憎めないオリビアに、唐煜瓔はクスリと笑い、素早くそのサクランボのような唇を掠めた。

「我が家は王子を失ったが、女王様を迎えることになったようだね」

 そう言って笑う唐煜瓔を、さらに深い慈愛の目で見つめ、オリビア・リーは自分から想いのこもったキスを与えた。





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