ふたたび、文維くんのこいびと

 テーブルには、他にも唐家の名シェフによる、甘酸っぱいイチゴクッキーやイチゴが載ったショートケーキ、一口サイズのミニロールケーキ、イチゴのババロアに、イチゴのサンドイッチまである。

「坊ちゃま、こちらはイチゴのミルクセーキですよ」

 茅執事が差し出したグラスを、煜瑾は嬉しそうに受け取った。

「あのね、おかあしゃま」

 美味しいミルクセーキを一口飲んで、煜瑾は恭安楽を見る。

「なんですか、煜瑾ちゃん?」
「煜瑾は、イチゴと、おかあしゃまと、文維おにいちゃまが大しゅき!」

 至福の表情で周囲を幸せにする煜瑾を、誰もが温かい目で見守っている。

「ううん。煜瑾は、みんなしゅき!煜瑾のことしゅきなら、みんなしゅきなのでしゅ!」

 この世界は、煜瑾の愛に満ちていた。
 そこには、煜瑾が愛するものが溢れてして、煜瑾を愛するものだけが揃っていた。
 無邪気で、平和的で、穏やかで、優しい世界だ。

 こんな理想的で美しい世界を、誰もが憧れ、誰もが求めるだろう。
 だが、これは「夢」なのだ。所詮は、人が作った儚い夢に過ぎない。
 いつまでも、人は夢の中では生きられない。

「十分に楽しみましたか、煜瑾ちゃん」

 大好きな母に言われて、煜瑾は素直に大きく頷いた。

「そう、それは良かったわ。じゃあ…」

 恭安楽は、そう言って慈愛に満ちた優しい笑顔で、煜瑾の髪を何度も撫でた。

「じゃあ、そろそろ夢から覚めましょうか」
「夢?」

 柔和な母の笑顔を見上げ、イチゴのデザートでお腹がいっぱいになった煜瑾は、小さなお口を開けて、可愛らしい欠伸をした。
 それを見て、恭安楽と包文維の親子は顔を見合わせて微笑んだ。

「そうですよ。そろそろ元の世界に戻らないと、楽しい春節の準備が出来ないわ」
「春節…準備…?」

 もう煜瑾は、目を開けてられないのか、瞼をパチパチさせ、指で擦り、グズグズと身を捩り始める。そんな様子に、恭安楽はソッと腕を伸ばした。

「さあ、煜瑾ちゃん。お母さまが抱っこして差し上げましょうね」
「おかあしゃま~」

 煜瑾は嬉しそうに母に抱かれ、ギュッとしがみついた。眠くなった子供らしく、体温が高い煜瑾が愛しくて、恭安楽も優しく幼子を抱き締める。

「本当に、煜瑾ちゃんはイイ子。お母さまは、煜瑾ちゃんが大好きよ」
「煜瑾も…、おかあしゃまが~大しゅき~」

 ギュッと抱き合う煜瑾と恭安楽だが、煜瑾はもう半分は夢見心地で、大きくて黒い瞳は瞼に隠されてしまっている。今度は小さな欠伸をして、煜瑾は寝言のように呟いた。

「煜瑾は~、文維おにいちゃまも~…大しゅき~」
「ありがとう。私も、煜瑾が大好きですよ」

 その答えが耳に届くより前に、小さな煜瑾は、健やかで、穏やかな眠りへと落ちた。

***

「!…ん?」

 包文維は、額に温かい感触を感じて目を覚ました。

「おはようございます、文維」

 すぐ目の前には、大きく黒い瞳が印象的な、高貴な美貌が微笑んでいた。
 ただ端正で、清純で、美しいだけの顔ではなく、文維を心から愛し、慕い、求めている視線が堪らなく文維を幸せにする。

「おはよう、煜瑾。今朝も美しいですね」
「もう、文維ったら、朝からそんな冗談ばかり…」

 クスクスと笑いながら身を起こした煜瑾は、すでに身支度を整えていた。

「ねえ文維、今朝は私が朝食の支度をしましたよ。早く起きて召し上がって下さいね」
「それは嬉しいですね」

 最愛の人に手を引かれ、ベッドの上で起きた文維は、何も身に着けてはいなかった。
 目の前に現れた、鍛えられた逞しい胸筋と上腕筋に、まだまだ初心な煜瑾は頬を染めてしまう。
 昨夜は、この腕に抱かれ、胸に縋り、うっとりするような「夢」を見たのだ。
 それは甘く、優しく、そして激しい、幸せな交歓だった。






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