ふたたび、文維くんのこいびと
ハウス・シブリングス(寮内兄弟)として出会った、唐煜瓔と羽牧の2人は、幼いながらに互いに惹かれ合っていた。
だが、それはまだ恋や愛と呼べるようなものでは無く、友情では足りないと言える程度の思いだった。そんな気持ちをお互いに抱きながら、少しずつ大人になり、恋愛感情を育んでいくはずだった。
それがあの日の朝、何もかも変わってしまったのだ
物心つく頃から馬が好きで、この学校に入学してからは乗馬部に所属し、その才能に「オリンピックも夢ではない」と呼ばれた羽牧だった。唐煜瓔もまた、そんな羽牧に憧れ、誇りにも思っていた。
羽牧自身、オリンピックはじめ国際大会での優勝を夢見て、毎朝の練習を欠かさなかった。
その日の朝も、羽牧は早朝から1人で寮を出て、学校付属の乗馬練習場へ向かった。
羽牧の愛馬とされているのが、白蘭琪(ブランシェ)だった。フランス語で「白」を意味する名前の通り、大人しい牝馬の白馬で、登録上は学校の備品扱いにはなっているが、実質は羽牧専用とすることが許されていた。それだけ羽牧は将来を嘱望されていたのである。
羽牧は、白蘭琪が待つ厩舎へ行くと、掃除をし、馬体にもブラシをかけ、飼葉を与える。そして、仲良く馬場に出てくると、颯爽と羽牧が乗馬するのだ。
まさにおとぎ話の白馬に乗った王子さまのようだと、女学生たちが早朝にも関わらず大勢集まって遠くから見守るのも常だった。
事故は、その目の前で起きた。
華麗に風を切り、優雅に駆ける羽牧が御す白蘭琪が、突然に脚をもたつかせた。何事かと馬場に巡らされた柵の外から、女子学生たちが身を乗り出すようにして見つめていた。
「キャ~っ!」
白蘭琪が、いきなり前足をあげ、棹立ちになったかと思うと、その勢いに、体重の軽い羽牧が飛ばされた。
そのまま地面に叩きつけられるように落ちた。
そこへ、白蘭琪が…。
唐煜瓔が「親友」の事故を目撃せずに済んだのは幸いだった。
それは、見るも無残な最期だったという。
ある朝、目覚めた唐煜瓔は、今日も羽牧と寮の食堂で朝食を摂り、一緒に登校し、放課後には羽牧の乗馬の練習を見て、その後は一緒に宿題をして、お喋りをして…。
そんな、いつもと変わらない一日を過ごすのだと思っていた。
それなのに、何も言わず、何も言えず、羽牧は唐突に唐煜瓔の前から消えてしまったのだ。
たった1人、唐煜瓔が心から信じられる「兄弟」であり、「親友」であり、そして、淡い初恋の相手だった。
(どうして、どうして逝ってしまったんだ、羽牧…。どうして私を1人にしたのだ…)
誰にも答えられない問いを、唐煜瓔は、ずっと胸に抱き続けてきた。
その後、両親をも喪い、唐煜瓔に残された「希望」は、幼い弟・煜瑾たった1人だけとなった。
***
ハッと唐煜瓔が顔を上げると、そこは小さな弟が眠るベッドだった。
眠りから覚めない煜瑾の手を握りしめたまま、唐煜瓔もまた眠っていたのだろうか。
「羽牧…。煜瑾…」
これ以上、大切な者を失うことに怯えて、唐煜瓔は泣いた。
そんな弱り切った主人を見かねて、控えていた執事が煜瑾の寝室のドアを開いて現れた。
「旦那様…」
「茅執事、煜瑾が目覚めないのだ…。この私が呼んでいるというのに…」
ガックリと肩を落とす唐煜瓔に近付くと、忠実な執事は恭しく声を掛けた。
「旦那様も、もはやお分かりのはずです。煜瑾ぼっちゃまに届くお声は、もうあの方しかない、と」
執事の言葉に、さすがの唐煜瓔も力なく頷いた。
「すぐに、包文維を呼びなさい…」
だが、それはまだ恋や愛と呼べるようなものでは無く、友情では足りないと言える程度の思いだった。そんな気持ちをお互いに抱きながら、少しずつ大人になり、恋愛感情を育んでいくはずだった。
それがあの日の朝、何もかも変わってしまったのだ
物心つく頃から馬が好きで、この学校に入学してからは乗馬部に所属し、その才能に「オリンピックも夢ではない」と呼ばれた羽牧だった。唐煜瓔もまた、そんな羽牧に憧れ、誇りにも思っていた。
羽牧自身、オリンピックはじめ国際大会での優勝を夢見て、毎朝の練習を欠かさなかった。
その日の朝も、羽牧は早朝から1人で寮を出て、学校付属の乗馬練習場へ向かった。
羽牧の愛馬とされているのが、白蘭琪(ブランシェ)だった。フランス語で「白」を意味する名前の通り、大人しい牝馬の白馬で、登録上は学校の備品扱いにはなっているが、実質は羽牧専用とすることが許されていた。それだけ羽牧は将来を嘱望されていたのである。
羽牧は、白蘭琪が待つ厩舎へ行くと、掃除をし、馬体にもブラシをかけ、飼葉を与える。そして、仲良く馬場に出てくると、颯爽と羽牧が乗馬するのだ。
まさにおとぎ話の白馬に乗った王子さまのようだと、女学生たちが早朝にも関わらず大勢集まって遠くから見守るのも常だった。
事故は、その目の前で起きた。
華麗に風を切り、優雅に駆ける羽牧が御す白蘭琪が、突然に脚をもたつかせた。何事かと馬場に巡らされた柵の外から、女子学生たちが身を乗り出すようにして見つめていた。
「キャ~っ!」
白蘭琪が、いきなり前足をあげ、棹立ちになったかと思うと、その勢いに、体重の軽い羽牧が飛ばされた。
そのまま地面に叩きつけられるように落ちた。
そこへ、白蘭琪が…。
唐煜瓔が「親友」の事故を目撃せずに済んだのは幸いだった。
それは、見るも無残な最期だったという。
ある朝、目覚めた唐煜瓔は、今日も羽牧と寮の食堂で朝食を摂り、一緒に登校し、放課後には羽牧の乗馬の練習を見て、その後は一緒に宿題をして、お喋りをして…。
そんな、いつもと変わらない一日を過ごすのだと思っていた。
それなのに、何も言わず、何も言えず、羽牧は唐突に唐煜瓔の前から消えてしまったのだ。
たった1人、唐煜瓔が心から信じられる「兄弟」であり、「親友」であり、そして、淡い初恋の相手だった。
(どうして、どうして逝ってしまったんだ、羽牧…。どうして私を1人にしたのだ…)
誰にも答えられない問いを、唐煜瓔は、ずっと胸に抱き続けてきた。
その後、両親をも喪い、唐煜瓔に残された「希望」は、幼い弟・煜瑾たった1人だけとなった。
***
ハッと唐煜瓔が顔を上げると、そこは小さな弟が眠るベッドだった。
眠りから覚めない煜瑾の手を握りしめたまま、唐煜瓔もまた眠っていたのだろうか。
「羽牧…。煜瑾…」
これ以上、大切な者を失うことに怯えて、唐煜瓔は泣いた。
そんな弱り切った主人を見かねて、控えていた執事が煜瑾の寝室のドアを開いて現れた。
「旦那様…」
「茅執事、煜瑾が目覚めないのだ…。この私が呼んでいるというのに…」
ガックリと肩を落とす唐煜瓔に近付くと、忠実な執事は恭しく声を掛けた。
「旦那様も、もはやお分かりのはずです。煜瑾ぼっちゃまに届くお声は、もうあの方しかない、と」
執事の言葉に、さすがの唐煜瓔も力なく頷いた。
「すぐに、包文維を呼びなさい…」