ふたたび、文維くんのこいびと
13歳の唐煜瓔は、15歳の羽牧に肩を抱かれ、慰められながら寮へ戻った。
今では寮内の部屋こそ違うが、それでも唐煜瓔にとって羽牧は唯一無二の年上の親友だった。
「また友達と揉めたの?」
「違う!私に友達なんていない」
拗ねたように言う唐煜瓔に、羽牧はこの上なく穏やかに、優しく微笑み掛ける。
「分かってるよ。君は唐家の跡取りとして、生まれた時から厳しいルールの中で大きくなった。そのせいで友達選びが難しいことも知ってる。そんな子は、この学内には少なくないしね」
上海だけでなく、中国各地から将来イギリス留学を目指す裕福な名家の子弟たちが集まる、この私立学校で、唐煜瓔のように自意識過剰で、気位が高い子供はたくさんいた。
けれど、羽牧はその中に含まれないことを唐煜瓔は知っている。
羽牧は軍幹部の子弟だったが、謹厳なところはなく、伸びやかで、自由で、誰にでも公平で、そんなところがみんなに好かれていた。
そんな学内でも人気がある、羽牧の一番の仲良しは自分なのだという事実が、唐煜瑾の自意識をくすぐるのも確かである。けれど、そんな他の人間の目など関係なく、唐煜瑾は羽牧と一緒にいることが好きだった。
「でもね、友達はいた方がいい。いつかきっと君の支えになる」
羽牧の言葉に、思わず唐煜瑾の目に涙が浮かぶ。
「私には…兄さまさえ居てくれたら…。羽牧兄さまだけが、私の友達だ」
そんな子供っぽい主張を、羽牧は笑って受け止めた。彼は優しく唐煜瓔の髪を撫で、その手を取るとゆっくりと歩き始めた。
「そうだね、僕がいつまでも君を支えてあげることができれば…」
「羽牧兄さま!」
羽牧は、誰もいない寮の廊下で足を止めた。
「ゴメンね、瓔瓔。大好きなのに…、君を1人にしてしまって…」
「羽牧…兄さま…」
ここから先は、現実には有り得なかったことだ、と唐煜瓔自身、自覚していた。それでも、きっと、もう少し2人に時間があれば、きっと…。
「瓔瓔…」
もう一度、柔らかな声で羽牧が唐煜瓔を呼んだ。
「羽牧兄さま…、私も、兄さまが大好きです」
潤んだ瞳で答えた唐煜瓔の青白い頬に、羽牧は長い指を伸ばして触れた。
そのまま引き寄せられると、羽牧の冷たい唇と、唐煜瓔の震える唇が重なった。
「ゴメンね…」
羽牧はそう言うと、悲しい顔をして唐煜瓔から離れていく。
「待って!…待って下さい、羽牧兄さま!」
またも周囲が明るくなり、白い光に包まれて何も見えなくなる。そんな中で、唐煜瓔には、「あの時」の声が聞こえてくる。
「羽牧さんが!」
「そんな、羽牧さんに限って!」
あの日の朝の混乱が蘇る。
(いやだ…聞きたくない…)
あの時の胸の痛みを思い出し、思わず両手で耳を塞いだ。唐煜瓔には、どうしても聞きたくない、認めたくない「事実」があった。
(だめだ…聞いてしまったら…、あのことが本当になってしまう…)
唐煜瓔は、ギュッと目をつぶって、「事実」から目を逸らそうとする。
「大変です!乗馬部の羽牧さんが、朝の練習中に落馬されて…」
「首の骨を折って、即死だそうです」
「そんな、お気の毒な…」
(いやだ、聞きたくない!聞きたくない!…認めたくない!)
押しつぶされそうな痛みと、哀しみに、もう唐煜瓔は耐え切れなくなった。
「やめてくれ!…羽牧を…、私から羽牧を奪わないでくれ!…返して!私の羽牧兄さまを、返してくれっ!」
振り切れた感情に、唐煜瓔はそのまま意識を失った。
今では寮内の部屋こそ違うが、それでも唐煜瓔にとって羽牧は唯一無二の年上の親友だった。
「また友達と揉めたの?」
「違う!私に友達なんていない」
拗ねたように言う唐煜瓔に、羽牧はこの上なく穏やかに、優しく微笑み掛ける。
「分かってるよ。君は唐家の跡取りとして、生まれた時から厳しいルールの中で大きくなった。そのせいで友達選びが難しいことも知ってる。そんな子は、この学内には少なくないしね」
上海だけでなく、中国各地から将来イギリス留学を目指す裕福な名家の子弟たちが集まる、この私立学校で、唐煜瓔のように自意識過剰で、気位が高い子供はたくさんいた。
けれど、羽牧はその中に含まれないことを唐煜瓔は知っている。
羽牧は軍幹部の子弟だったが、謹厳なところはなく、伸びやかで、自由で、誰にでも公平で、そんなところがみんなに好かれていた。
そんな学内でも人気がある、羽牧の一番の仲良しは自分なのだという事実が、唐煜瑾の自意識をくすぐるのも確かである。けれど、そんな他の人間の目など関係なく、唐煜瑾は羽牧と一緒にいることが好きだった。
「でもね、友達はいた方がいい。いつかきっと君の支えになる」
羽牧の言葉に、思わず唐煜瑾の目に涙が浮かぶ。
「私には…兄さまさえ居てくれたら…。羽牧兄さまだけが、私の友達だ」
そんな子供っぽい主張を、羽牧は笑って受け止めた。彼は優しく唐煜瓔の髪を撫で、その手を取るとゆっくりと歩き始めた。
「そうだね、僕がいつまでも君を支えてあげることができれば…」
「羽牧兄さま!」
羽牧は、誰もいない寮の廊下で足を止めた。
「ゴメンね、瓔瓔。大好きなのに…、君を1人にしてしまって…」
「羽牧…兄さま…」
ここから先は、現実には有り得なかったことだ、と唐煜瓔自身、自覚していた。それでも、きっと、もう少し2人に時間があれば、きっと…。
「瓔瓔…」
もう一度、柔らかな声で羽牧が唐煜瓔を呼んだ。
「羽牧兄さま…、私も、兄さまが大好きです」
潤んだ瞳で答えた唐煜瓔の青白い頬に、羽牧は長い指を伸ばして触れた。
そのまま引き寄せられると、羽牧の冷たい唇と、唐煜瓔の震える唇が重なった。
「ゴメンね…」
羽牧はそう言うと、悲しい顔をして唐煜瓔から離れていく。
「待って!…待って下さい、羽牧兄さま!」
またも周囲が明るくなり、白い光に包まれて何も見えなくなる。そんな中で、唐煜瓔には、「あの時」の声が聞こえてくる。
「羽牧さんが!」
「そんな、羽牧さんに限って!」
あの日の朝の混乱が蘇る。
(いやだ…聞きたくない…)
あの時の胸の痛みを思い出し、思わず両手で耳を塞いだ。唐煜瓔には、どうしても聞きたくない、認めたくない「事実」があった。
(だめだ…聞いてしまったら…、あのことが本当になってしまう…)
唐煜瓔は、ギュッと目をつぶって、「事実」から目を逸らそうとする。
「大変です!乗馬部の羽牧さんが、朝の練習中に落馬されて…」
「首の骨を折って、即死だそうです」
「そんな、お気の毒な…」
(いやだ、聞きたくない!聞きたくない!…認めたくない!)
押しつぶされそうな痛みと、哀しみに、もう唐煜瓔は耐え切れなくなった。
「やめてくれ!…羽牧を…、私から羽牧を奪わないでくれ!…返して!私の羽牧兄さまを、返してくれっ!」
振り切れた感情に、唐煜瓔はそのまま意識を失った。