ふたたび、文維くんのこいびと
「そんなに、…1人になるのが怖いんだね」
誰も入れるなと、執事にはくれぐれも言い含めていたはずなのに、:唐煜瓔(とう・いくえい)のすぐ後ろで声がした。
「!」
驚いて唐煜瓔が振り返ると、それは思わぬ人物だった。
「:羽小敏(う・しょうびん)…どうして君は…」
そこにいたのは、大切な弟の親友だった。彼の姿に、唐煜瓔は困惑気味に笑った。
「なぜ、この世界で君だけは制御できないんだろうな」
初めは煜瑾と同じく幼い姿で現れることを、唐煜瓔は望んだ。それなのに、なぜか羽小敏は、その暗示から抜け出し、自分の意志の力で大人の姿に戻ってしまうのだ。
「やはり…、この夢を操っていたのは、唐煜瓔、君、だったんだね」
いきなり現れた彼はそう言うと、唐煜瓔の背後から近づき、そっとその肩に手を置いた。
「煜瓔…君は、1人ではないよ」
その声に、唐煜瓔はハッとした。目の前にいる青年を、てっきり煜瑾の親友だと思いこんでいたが、声も、顔立ちも、何かが少しずつ違っていた。
「羽小敏?…いや、君は…」
唐煜瓔が何かを言いかけた瞬間、周囲が白い光に包まれ、目が眩んだ。
光の中で、遠くから声が聞こえた。
「煜瓔、君は誤解されやすい子ではあるけれど、本質はとても優しい、思いやりの深い子だよ」
その優しく、穏やかで、落ち着いた声に、唐煜瓔は聞き覚えがあった。
「:羽(う)…:牧(ぼく)?」
***
唐煜瓔が小さく呟くと、彼を包み込んでいた白い光は消え、気が付くと、唐煜瓔は弟・煜瑾の寝室ではなく、自身が中学まで通った私立学校の教室に居た。
「どうして…?」
茫然とする唐煜瓔だったが、自分の体の異変に気付いた。
夕方の教室の窓ガラスが、鏡のように室内を映し出す。そこにいた唐煜瓔は、まだ13歳の中学1年生だった。
「一緒に帰ろうか、:瓔瓔(インイン)」
「羽牧…兄さま…?」
廊下から声を掛けてくれたのは、煜瓔の2つ年上の羽牧だった。
この私立学校では、早くからイギリスのハウスシステムも導入しており、授業のある月曜から金曜までは、学内の寮で暮らすことになっていた。ただ、週末や日、夏休みなどの長期休暇中は自宅に帰ることが出来た。
そのハウスシシステムで決定的なのが、ハウス・シブリングス(siblings・兄弟姉妹)という制度だった。寮生活における、疑似的な兄弟姉妹関係だ。
それは小学校の入学式で、新入生1人1人を2つ年上の3年生が手を引いて入場することから始まる。彼ら彼女らは同じ寮の先輩であり、最初の寮の同室者でもある。3年生は1年生に兄姉として、自宅を離れて不安な新入生の面倒を見ることになっていた。
唐煜瓔担当のシブリングスとなったのが、同じ上海出身の羽牧だった。唐家の長男である煜瓔に初めて出来た「兄」だった。
2人の関係はそこから今に至る。羽牧にも「兄」がいて、煜瓔にも「弟」ができたが、誰よりも2人は性格が合うのか、仲が良かった。
「どうしたの、瓔瓔」
その呼び方が柔らかく、懐かしく、煜瓔の心を掻き乱す。
「煜瓔」の幼い愛称である「瓔瓔」という呼び方は、両親以外、この羽牧兄にしか許していなかった。いや両親ですら、今や学校に行くようになった大事な跡取り息子を、そんな幼稚な呼び方をしなかった。
唐煜瓔は、唐家の後継者として生まれた時から帝王学を叩きこまれてきた、本物の御曹司なのだ。
「羽牧兄さま…、どうして…」
「おいで、瓔瓔」
戸惑う唐煜瓔に、羽牧がその手を差し出した。
2才しか違わないが、まだまだ子供らしい白くふっくらした煜瓔の手に比べて、羽牧の手は大きく日に焼けて逞しい。それは彼が幼い頃から乗馬が好きで、今も学内の乗馬部に所属しているからだ。
「また独りぼっちになってしまったのかい、瓔瓔」
おずおずと煜瓔が手を伸ばすと、品のある、優しい笑顔で羽牧が手を取り、引き寄せてくれた。
「君は誤解されやすい子ではあるけれど、本質はとても優しい、思いやりの深い子だよ。僕はそれを知っているから」
15歳の羽牧はそう言って、13歳の心細い唐煜瓔を腕に抱き止め、優しく髪に触れて慰めた。
誰も入れるなと、執事にはくれぐれも言い含めていたはずなのに、:唐煜瓔(とう・いくえい)のすぐ後ろで声がした。
「!」
驚いて唐煜瓔が振り返ると、それは思わぬ人物だった。
「:羽小敏(う・しょうびん)…どうして君は…」
そこにいたのは、大切な弟の親友だった。彼の姿に、唐煜瓔は困惑気味に笑った。
「なぜ、この世界で君だけは制御できないんだろうな」
初めは煜瑾と同じく幼い姿で現れることを、唐煜瓔は望んだ。それなのに、なぜか羽小敏は、その暗示から抜け出し、自分の意志の力で大人の姿に戻ってしまうのだ。
「やはり…、この夢を操っていたのは、唐煜瓔、君、だったんだね」
いきなり現れた彼はそう言うと、唐煜瓔の背後から近づき、そっとその肩に手を置いた。
「煜瓔…君は、1人ではないよ」
その声に、唐煜瓔はハッとした。目の前にいる青年を、てっきり煜瑾の親友だと思いこんでいたが、声も、顔立ちも、何かが少しずつ違っていた。
「羽小敏?…いや、君は…」
唐煜瓔が何かを言いかけた瞬間、周囲が白い光に包まれ、目が眩んだ。
光の中で、遠くから声が聞こえた。
「煜瓔、君は誤解されやすい子ではあるけれど、本質はとても優しい、思いやりの深い子だよ」
その優しく、穏やかで、落ち着いた声に、唐煜瓔は聞き覚えがあった。
「:羽(う)…:牧(ぼく)?」
***
唐煜瓔が小さく呟くと、彼を包み込んでいた白い光は消え、気が付くと、唐煜瓔は弟・煜瑾の寝室ではなく、自身が中学まで通った私立学校の教室に居た。
「どうして…?」
茫然とする唐煜瓔だったが、自分の体の異変に気付いた。
夕方の教室の窓ガラスが、鏡のように室内を映し出す。そこにいた唐煜瓔は、まだ13歳の中学1年生だった。
「一緒に帰ろうか、:瓔瓔(インイン)」
「羽牧…兄さま…?」
廊下から声を掛けてくれたのは、煜瓔の2つ年上の羽牧だった。
この私立学校では、早くからイギリスのハウスシステムも導入しており、授業のある月曜から金曜までは、学内の寮で暮らすことになっていた。ただ、週末や日、夏休みなどの長期休暇中は自宅に帰ることが出来た。
そのハウスシシステムで決定的なのが、ハウス・シブリングス(siblings・兄弟姉妹)という制度だった。寮生活における、疑似的な兄弟姉妹関係だ。
それは小学校の入学式で、新入生1人1人を2つ年上の3年生が手を引いて入場することから始まる。彼ら彼女らは同じ寮の先輩であり、最初の寮の同室者でもある。3年生は1年生に兄姉として、自宅を離れて不安な新入生の面倒を見ることになっていた。
唐煜瓔担当のシブリングスとなったのが、同じ上海出身の羽牧だった。唐家の長男である煜瓔に初めて出来た「兄」だった。
2人の関係はそこから今に至る。羽牧にも「兄」がいて、煜瓔にも「弟」ができたが、誰よりも2人は性格が合うのか、仲が良かった。
「どうしたの、瓔瓔」
その呼び方が柔らかく、懐かしく、煜瓔の心を掻き乱す。
「煜瓔」の幼い愛称である「瓔瓔」という呼び方は、両親以外、この羽牧兄にしか許していなかった。いや両親ですら、今や学校に行くようになった大事な跡取り息子を、そんな幼稚な呼び方をしなかった。
唐煜瓔は、唐家の後継者として生まれた時から帝王学を叩きこまれてきた、本物の御曹司なのだ。
「羽牧兄さま…、どうして…」
「おいで、瓔瓔」
戸惑う唐煜瓔に、羽牧がその手を差し出した。
2才しか違わないが、まだまだ子供らしい白くふっくらした煜瓔の手に比べて、羽牧の手は大きく日に焼けて逞しい。それは彼が幼い頃から乗馬が好きで、今も学内の乗馬部に所属しているからだ。
「また独りぼっちになってしまったのかい、瓔瓔」
おずおずと煜瓔が手を伸ばすと、品のある、優しい笑顔で羽牧が手を取り、引き寄せてくれた。
「君は誤解されやすい子ではあるけれど、本質はとても優しい、思いやりの深い子だよ。僕はそれを知っているから」
15歳の羽牧はそう言って、13歳の心細い唐煜瓔を腕に抱き止め、優しく髪に触れて慰めた。