ふたたび、文維くんのこいびと

 包教授は、文維が居たことも無いような厳しい顔で睨みつけていた。

「君は誰だ。どうやってここに入ったんだ」

 茶目っ気のある母とは違い、こういう冗談を決して言わない父であると知っているだけに、文維は慌てた。

「い、いや、お父さままで、どうなさったのです?こんな冗談は…」
「『お父さま』?何を言っているんだ、君は!私たちは君など知らないぞ!」

 きつい口調で言い放った言葉に、文維は大いに動揺し、傷付いた。

「何をおっしゃっているんですか?私は、あなたたちの息子の包文維ですよ?」

 愕然とし、真剣な顔で文維は両親の表情を見つめる。確かに2人にふざけた様子は無い。あるのはむしろ、怒りと恐怖だ。文維はこの現状が理解できず、何を言えばいいのか分からなくなった。

「言っていることが分からないわ。私たちに、こんな大きな息子なんて居るわけがありません」

 怯えながらも、頼もしい夫に守られながら恭安楽は文維を非難した。

「お母さま!」

 最も信頼できるはずの両親からの拒絶に、文維はショックを隠せない。
 煜瑾と出会うまでは、文維にとって3人だけの「家族」だった。互いに信じあい、敬愛し合い、慈愛に満ちた温かな家庭だった。その両親にこんな風に見捨てられては、文維は足元が崩れ落ちるような思いがした。
 その時、文維の部屋だった方から声がした。

「おかあしゃま~」
「出て来ちゃダメよ、煜瑾ちゃん!」

 反射的に、子を守ろうとする母性から恭安楽が叫び、自分の身を省みずに夫の腕の中から飛び出した。急いで小さな煜瑾に駆けよると、膝を折り、床に跪いてギュッと煜瑾を抱きすくめる。

「おかあしゃま?」

 目覚めたばかりらしい煜瑾は、尋常ではない母の様子にキョトンとしている。

「煜瑾!」

 愛する煜瑾の無事を確かめ、文維は安堵しながらも、不安を抱きながら恋人の名を呼んだ。
 そんな文維の煜瑾を見つめる眼差しで、包教授は何かに気付いた。

「そうか、貴様、うちの煜瑾を狙う変態だな。決して煜瑾には近寄らせないぞ!」

 思わぬ疑いを掛けられ、文維は慌てて弁明をしようとする。

「ま、待って下さい、お父さま」

 煜瑾をしっかりと抱きしめた恭安楽は、憎しみさえこもった目で文維を睨みつけてくる。

「なんて恥知らずな。うちの煜瑾ちゃんがあまりに可愛いからと言って付きまとうなんて!」
「違います、お母さま!」

 だが、文維自身、何をどう説明すればよいのか分からず、両親からの冷ややかな視線に動転したままだった。

「…文維、おにいちゃま?」
「煜瑾!」

 けれど、その小さな声に文維は救われた。煜瑾の声も、眼差しも、文維に対していつもと変わらぬ親愛があった。両親は文維の事を忘れてしまい、他人であるだけでなく、犯罪者であるかのように思い込んでいるが、煜瑾だけは違っていた。

「煜瑾ちゃん!あなた、この人を知っているというの?」

 そのことが、恭安楽には意外だったようだ。この愛らしく、清らかな天使が、このような不法侵入者で、小児性愛者の、不審者を知っているなどという汚らわしいことを認めたくは無かった。

「だって、おかあしゃま…。文維おにいちゃまでしゅよ?」

 しかし、煜瑾のほうは、文維をしっかりと覚えていて、昨日まで優しかった両親が文維をこれほど嫌っている姿にすっかり戸惑ってしまうのだった。







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