ふたたび、文維くんのこいびと
現実の世界で眠っているはずの「本物」の申玄紀は、こちらの世界では先ほど文維と電話で話し、現実の世界と同じ大人の姿のはずだ。
そして、今、文維の目の前にいる、幼い玄紀こそ「招かれざる客」への糸口だ。
この2人の「玄紀」が、この世界で出会ってしまったらどうなるのだろう。世界は崩壊し、現実の世界へと戻れるのだろうか。
「さあ、玄紀。パパとおうちへ帰って、ねんねしようね」
すっかり子煩悩な父親ぶりが身に付いてきた申軒撰が、息子を抱いたまま立ち上がった。
「玄紀ちゃんのお昼寝が済むまで、いらしたらよろしいのよ」
小さな玄紀を手放すのが惜しいかのように、恭安楽が声を掛ける。
「パパ~、ねんね、しゅる~」
煜瑾や小敏たちと違って、お昼寝好きの玄紀がねだるが、申軒撰は笑って相手にしない。
「いや、早く帰って自分のお部屋で寝るといいよ、玄紀」
「パパ~」
愚図る玄紀を抱きかかえ、申軒撰は玄関の方へ向かおうとした。
「文維おにいちゃま、玄紀は、おじしゃまと帰ってしまうの?」
文維に抱かれた煜瑾が、寂しそうに言った。
「そうですよ。いいですね、お父さまとご一緒で」
「でも…」
心配そうに玄紀を見つめる煜瑾が気になって、文維はその清らかで愛らしい顔を覗き込んだ。
「『でも』、何ですか?ん?」
文維が優しく問いかけると、煜瑾はその純粋で聡明な瞳を煌めかせて言った。
「でも、おうちに帰っても、玄紀はひとりぼっちでしゅよ?」
「え?」
煜瑾の一言に、大人たちは全員驚いて声も出ない。
「玄紀は、申家のお屋敷に帰ったら、ひとりぼっちになるの」
「何を言っているの、煜瑾ちゃん?こうして玄紀ちゃんは、お父さまとご一緒にお帰りになるのよ?独りぼっちになんてならないわ。心配しなくていいのよ?」
何の迷いもなく、曇りのない澄んだ瞳で言い切る煜瑾が不安になった恭安楽が、宥めるようにそう言った。
「だって、ここにいる玄紀と申家のおじしゃまは、同じお屋敷には帰れましぇんよ?」
煜瑾の言葉に驚いて、申軒撰は、煜瑾の顔を見て、そのままゆっくりと自分が抱いている幼い子供の顔を改めて見つめた。
「…おじしゃまの『玄紀』は、もうお屋敷にいましゅよ」
「何を言っているのですか、煜瑾?」
文維がもう一度、煜瑾に聞き質そうとした時だった。
「お前は…、やはり、私の玄紀ではないの…か」
絶望したように、申軒撰がつぶやいた。
「お前は、一体、誰なんだ」
その瞬間、またしても周囲が眩い光に包まれ、文維は目の前が真っ白になり、腕に抱いていたはずの煜瑾の重さも消えてしまった。
(…煜瑾!)
***
「きゃ~っ」
まさに絹を裂くような悲鳴が上がり、ハッとした文維は振り返った。確かにその声は母・恭安楽の物である。
「お母さま!」
母に何かあったのかと、反射的に警戒した文維の前にいた恭安楽の表情には、ハッキリと恐怖の色が浮かんでいる。
その意味が、文維には一瞬分からなかった。
「だ、誰なの?ど、どうして私を『お母さま』だなんて…」
恭安楽は震えながらも、気丈に「不審者」に立ち向かう。だが、それがどういうことなのか、まだ文維には理解できず、思わず母の方へと一歩踏み出した。
「は、はあ?お母さま、一体なんの冗談ですか」
迫りくる「不審者」に、恭安楽の恐怖も限界になり、またも悲鳴を上げた。
「きゃ~っ!来ないで!」
「どうした、安楽…!」
愛妻のただならぬ声に、包伯言も慌ててキッチンから飛び出してくる。
夫の姿に安心したのか、恭安楽はすぐに駆け寄り胸に縋り、文維の方を指さした。
「あ、あなた!知らない人が、リビングに!」
母の言葉に、文維は愕然として言葉も出ず、動くことすら忘れたようだった。
そして、今、文維の目の前にいる、幼い玄紀こそ「招かれざる客」への糸口だ。
この2人の「玄紀」が、この世界で出会ってしまったらどうなるのだろう。世界は崩壊し、現実の世界へと戻れるのだろうか。
「さあ、玄紀。パパとおうちへ帰って、ねんねしようね」
すっかり子煩悩な父親ぶりが身に付いてきた申軒撰が、息子を抱いたまま立ち上がった。
「玄紀ちゃんのお昼寝が済むまで、いらしたらよろしいのよ」
小さな玄紀を手放すのが惜しいかのように、恭安楽が声を掛ける。
「パパ~、ねんね、しゅる~」
煜瑾や小敏たちと違って、お昼寝好きの玄紀がねだるが、申軒撰は笑って相手にしない。
「いや、早く帰って自分のお部屋で寝るといいよ、玄紀」
「パパ~」
愚図る玄紀を抱きかかえ、申軒撰は玄関の方へ向かおうとした。
「文維おにいちゃま、玄紀は、おじしゃまと帰ってしまうの?」
文維に抱かれた煜瑾が、寂しそうに言った。
「そうですよ。いいですね、お父さまとご一緒で」
「でも…」
心配そうに玄紀を見つめる煜瑾が気になって、文維はその清らかで愛らしい顔を覗き込んだ。
「『でも』、何ですか?ん?」
文維が優しく問いかけると、煜瑾はその純粋で聡明な瞳を煌めかせて言った。
「でも、おうちに帰っても、玄紀はひとりぼっちでしゅよ?」
「え?」
煜瑾の一言に、大人たちは全員驚いて声も出ない。
「玄紀は、申家のお屋敷に帰ったら、ひとりぼっちになるの」
「何を言っているの、煜瑾ちゃん?こうして玄紀ちゃんは、お父さまとご一緒にお帰りになるのよ?独りぼっちになんてならないわ。心配しなくていいのよ?」
何の迷いもなく、曇りのない澄んだ瞳で言い切る煜瑾が不安になった恭安楽が、宥めるようにそう言った。
「だって、ここにいる玄紀と申家のおじしゃまは、同じお屋敷には帰れましぇんよ?」
煜瑾の言葉に驚いて、申軒撰は、煜瑾の顔を見て、そのままゆっくりと自分が抱いている幼い子供の顔を改めて見つめた。
「…おじしゃまの『玄紀』は、もうお屋敷にいましゅよ」
「何を言っているのですか、煜瑾?」
文維がもう一度、煜瑾に聞き質そうとした時だった。
「お前は…、やはり、私の玄紀ではないの…か」
絶望したように、申軒撰がつぶやいた。
「お前は、一体、誰なんだ」
その瞬間、またしても周囲が眩い光に包まれ、文維は目の前が真っ白になり、腕に抱いていたはずの煜瑾の重さも消えてしまった。
(…煜瑾!)
***
「きゃ~っ」
まさに絹を裂くような悲鳴が上がり、ハッとした文維は振り返った。確かにその声は母・恭安楽の物である。
「お母さま!」
母に何かあったのかと、反射的に警戒した文維の前にいた恭安楽の表情には、ハッキリと恐怖の色が浮かんでいる。
その意味が、文維には一瞬分からなかった。
「だ、誰なの?ど、どうして私を『お母さま』だなんて…」
恭安楽は震えながらも、気丈に「不審者」に立ち向かう。だが、それがどういうことなのか、まだ文維には理解できず、思わず母の方へと一歩踏み出した。
「は、はあ?お母さま、一体なんの冗談ですか」
迫りくる「不審者」に、恭安楽の恐怖も限界になり、またも悲鳴を上げた。
「きゃ~っ!来ないで!」
「どうした、安楽…!」
愛妻のただならぬ声に、包伯言も慌ててキッチンから飛び出してくる。
夫の姿に安心したのか、恭安楽はすぐに駆け寄り胸に縋り、文維の方を指さした。
「あ、あなた!知らない人が、リビングに!」
母の言葉に、文維は愕然として言葉も出ず、動くことすら忘れたようだった。