ふたたび、文維くんのこいびと

「さあ、オヤツをいただいて、ミルクを飲んだら、お昼寝の時間ですよ」

 恭安楽が優しい笑顔でそう言うと、小敏と煜瑾は、その可愛らしい顔を歪めた。1つ年下の玄紀は、まだよく分かっていないのか、ニコニコして食べ残したクッキーを振りまわしている。

「ねんね~ねんね、しゅる~」

 けれど、あとの2人は明らかに不満そうだ。

「しない!おひるねはしない!」

 そう言うと、勝ち気な小敏は、食べかけのブラウニーを無理やりに口の中いっぱいに詰め込み、いきなり立ち上がって逃げ出した。

「あ!小敏!」

 慌てて文維が追いかけるが、相手はすばしっこく、文維に追いかけられることで、また鬼ごっこが始まったというようにはしゃいでいる。

「まあまあ…。さあ、玄紀ちゃんと煜瑾ちゃんは大人しく、お母さまと寝室へ行きましょうね」
「煜瑾も…、おひるねは、したくないのでしゅ…」

 どこか悲しそうに唇を噛み、煜瑾は俯いてしまう。そんな憂い顔を柔らかな眼差しで見つめていた恭安楽は、最後までミルクを飲み干して、ぼんやりしている玄紀を抱き上げた。

「じゃあ、煜瑾ちゃん。玄紀ちゃんがベッドでお昼寝をするのを手伝ってちょうだい。玄紀ちゃんがねんねしたら、寝室でお母さまと一緒に遊びましょうね」
「おかあしゃまと?」

 恭安楽の一言に、煜瑾はその目をキラキラさせながら顔を上げた。

「そうですよ。玄紀ちゃんは、もうお眠(ねむ)さんですからね。あちらで寝(ね)んねさせてあげましょうね」
「は~い。玄紀、あちらでねんねしましょうね」

 玄紀を抱き上げ、煜瑾の手を繋ぎ、恭安楽は寝室へと向かった。

「よ~し!捕まえたっ!」

 思わず文維も声を上げ、小さな小敏は長身の文維の小脇に抱えられバタバタした。

「や~!やだ~!おひるね、ぜ~ったい、しない!」

 抜け出そうと暴れる従弟(いとこ)をしっかりと抱え込み、文維は寝室に入った。

「静かにしなさい、小敏。玄紀が寝られないじゃないか」

 文維に叱られて、小敏はムッとして唇を突き出した。けれど可愛らしいふっくらした唇なだけに、膨れっ面をしても、どこか愛嬌がある。

「さあ、小敏もここへ来て、煜瑾ちゃんと一緒に静かに遊びましょう」
「おばしゃま~」

 文維に下ろされて、小敏は急いで恭安楽の元に駆け付けた。
 恭安楽は、普段、文維と煜瑾が眠るキングサイズのベッドの隅に座り、駆け寄る小敏を抱き留めた。

「ほら、もう玄紀ちゃんはねんねしたわよ。静かにしてあげましょうね」
「うん」

 広いベッドの上にあがって、恭安楽にベタベタしていた煜瑾は、抱き付いた小敏を少し羨ましい目をして見ていた。

「おばしゃま~、だっこして~」

 さっきまでの膨れっ面を忘れたように、無邪気で愛らしい笑顔で、小敏は母親代わりの叔母にまとわりついた。

「…おかあしゃま…」

 心細そうに煜瑾は恭安楽に声を掛け、ギュッと身を寄せた。

「はいはい。じゃあ、小敏はこちら、煜瑾はこちらにいらっしゃい。静かにするために、ベッドに上がって…、お母さまのお膝の上に頭を乗せて…」

 小敏と煜瑾は上手く恭安楽に誘導されて、ベッドの上に寝転がり、クスクス笑っていた。

「昔むかしのお話をしましょうか」
「うん」「はい」

 低いトーンで、安楽は寝物語を始め、文維にチラリと視線を送り出て行かせた。

 子供たちを母に任せ、ホッと一息ついた文維は、リビングに戻り、食べ散らかしたものを片付け始めた。
 だが次の瞬間、気配を感じて振り返ると、そこには母が立っていた。

「はい、みんな寝ましたよ」
「え?もう!」

 母の高いスキルに驚き、文維は精神科医として何か学ぶべきなのではないか、と、真剣に考え始めていた。





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