ふたたび、文維くんのこいびと
:除夕(大晦日)に用意され、年末年始の食卓に並ぶ「:年夜飯(年越し料理)」は、日本で言う「おせち料理」に近いものだが、内容はかなり違う。
日本では元日に火を使うことを:忌(い)むため、事前に作り、冷たくなったおせち料理を食べるのが一般的だが、中国では何よりも「食」と言えば温かいものを:最上(さいじょう)とするため、年夜飯もまた温かいものをいただくことこそ縁起が良いと考えられている。
そのため、何度も温め直して食べやすい煮物などが多く、焼き物、揚げ物などは下拵えを十分な量を用意し、食べるその都度、焼き立て、揚げたてのアツアツ状態で食べたりもする。蒸し物なども繰り返し蒸すことが出来るので良く出される。
:包(ほう)家の年夜飯もまた、同じく、どれも温かい料理で、しかも縁起が良いとされる赤い色の物が多かった。
「これは、エビのチリソースですか」
「いや、子供たちがいるのでね、あまり香辛料の強い物は用意していないのです。エビ団子のトマトケチャップ炒めなのですよ」
:申軒撰(しん・けんせん)が箸を伸ばそうとして質問すると、調理担当の包教授が嬉しそうにそう言った。このエビ団子のケチャップ煮も子供用にたくさん作ってあり、今朝も子供たちが美味しく食べたものだ。
「だから、:玄紀(げんき)くんが食べても大丈夫です。ただ、熱いのは気を付けて下さいね」
包教授のお墨付きを得て、申軒撰は安心して赤いエビ団子を取り皿に取り、息を吹きかけて冷ますと、膝の上で待っている息子の口へと運んだ。
「パパ~、玄紀、このエビしゃん、しゅき~。パパと、まんま、しゅるの、しゅき~」
玄紀は大喜びでエビを頬張り、それを申軒撰は愛しそうに見守っていた。
こんな気持ちになったのは、申軒撰自身、覚えている限り初めてのことだ。
玄紀が生れた時も、妻の身が心配で、出産そのものが恐ろしかった。生まれてきた子供は想像以上に小さすぎて、可愛いというよりも、不気味な生物のように感じたのが正直な印象だ。
今になり、初めて自分の息子である玄紀が可愛い、愛らしい、愛しいと感じ始めた申軒撰だった。
「おかあしゃま。:煜瑾(いくきん)は、:文維(ぶんい)おにいちゃまと、めしあがりたいのでしゅ」
「はいはい。じゃあ煜瑾ちゃんは、文維お兄さまといただきましょうね」
「おいで、煜瑾」
文維が手を出すと、煜瑾は嬉しそうに自分も手を伸ばした。
父親に抱かれる玄紀が羨ましいのか、煜瑾は急に文維に甘え始めた。
「あのね~、煜瑾も赤いエビが食べたいでしゅ」
「じゃあ、取ってあげるね」
「は~い。でも、あっちのお肉も大しゅきなのでしゅよ」
煜瑾は大人になっても、今、指さした先にある、豚肉を甘辛く煮込んだ「:紅焼肉(ホンシャオロー)」が大好きだ。文維は、煜瑾の変わらぬ好みが嬉しかった。
:小敏(しょうびん)はというと、一番美味しいものを知っている叔父にまとわりついていた。
「おじしゃま~、ボクね~お肉巻き巻きして食べるヤツがイイ!」
「:春餅(チュンピン)かい?あれは場所を取るから、また夜に…」
「ヤダ~!巻き巻きして食べる~」
「じゃあ、みんなには内緒で、小敏の分だけ、キッチンで作ってあげようか」
「わ~い」
素直で明るく、色白で可愛い顔立ちの小敏が望めば、叶わぬ事などほとんどない。長年一緒に過ごしてきた叔父の:包伯言(ほう・はくげん)であっても同じことだ。
包教授は、コッソリとキッチンの片隅で、今夜のために用意した薄皮に、:甜麺醤(テンメンジャン)で味付けした細切り牛肉と、千切りにしたニンジンやキュウリや薄焼き卵を載せ、手早く北京ダックのように包んで、小敏に渡した。
「まあ、あなたたちったら!」
飲物を取りに来た:恭安楽(きょう・あんらく)が、2人だけの秘密を共有して楽しそうにしている、夫と甥を見つけた。
「君の分も作ろうか」
「…もちろん!」
夫の優しい一言に、年の離れた包夫人は若々しいチャーミングな笑顔で答えた。
日本では元日に火を使うことを:忌(い)むため、事前に作り、冷たくなったおせち料理を食べるのが一般的だが、中国では何よりも「食」と言えば温かいものを:最上(さいじょう)とするため、年夜飯もまた温かいものをいただくことこそ縁起が良いと考えられている。
そのため、何度も温め直して食べやすい煮物などが多く、焼き物、揚げ物などは下拵えを十分な量を用意し、食べるその都度、焼き立て、揚げたてのアツアツ状態で食べたりもする。蒸し物なども繰り返し蒸すことが出来るので良く出される。
:包(ほう)家の年夜飯もまた、同じく、どれも温かい料理で、しかも縁起が良いとされる赤い色の物が多かった。
「これは、エビのチリソースですか」
「いや、子供たちがいるのでね、あまり香辛料の強い物は用意していないのです。エビ団子のトマトケチャップ炒めなのですよ」
:申軒撰(しん・けんせん)が箸を伸ばそうとして質問すると、調理担当の包教授が嬉しそうにそう言った。このエビ団子のケチャップ煮も子供用にたくさん作ってあり、今朝も子供たちが美味しく食べたものだ。
「だから、:玄紀(げんき)くんが食べても大丈夫です。ただ、熱いのは気を付けて下さいね」
包教授のお墨付きを得て、申軒撰は安心して赤いエビ団子を取り皿に取り、息を吹きかけて冷ますと、膝の上で待っている息子の口へと運んだ。
「パパ~、玄紀、このエビしゃん、しゅき~。パパと、まんま、しゅるの、しゅき~」
玄紀は大喜びでエビを頬張り、それを申軒撰は愛しそうに見守っていた。
こんな気持ちになったのは、申軒撰自身、覚えている限り初めてのことだ。
玄紀が生れた時も、妻の身が心配で、出産そのものが恐ろしかった。生まれてきた子供は想像以上に小さすぎて、可愛いというよりも、不気味な生物のように感じたのが正直な印象だ。
今になり、初めて自分の息子である玄紀が可愛い、愛らしい、愛しいと感じ始めた申軒撰だった。
「おかあしゃま。:煜瑾(いくきん)は、:文維(ぶんい)おにいちゃまと、めしあがりたいのでしゅ」
「はいはい。じゃあ煜瑾ちゃんは、文維お兄さまといただきましょうね」
「おいで、煜瑾」
文維が手を出すと、煜瑾は嬉しそうに自分も手を伸ばした。
父親に抱かれる玄紀が羨ましいのか、煜瑾は急に文維に甘え始めた。
「あのね~、煜瑾も赤いエビが食べたいでしゅ」
「じゃあ、取ってあげるね」
「は~い。でも、あっちのお肉も大しゅきなのでしゅよ」
煜瑾は大人になっても、今、指さした先にある、豚肉を甘辛く煮込んだ「:紅焼肉(ホンシャオロー)」が大好きだ。文維は、煜瑾の変わらぬ好みが嬉しかった。
:小敏(しょうびん)はというと、一番美味しいものを知っている叔父にまとわりついていた。
「おじしゃま~、ボクね~お肉巻き巻きして食べるヤツがイイ!」
「:春餅(チュンピン)かい?あれは場所を取るから、また夜に…」
「ヤダ~!巻き巻きして食べる~」
「じゃあ、みんなには内緒で、小敏の分だけ、キッチンで作ってあげようか」
「わ~い」
素直で明るく、色白で可愛い顔立ちの小敏が望めば、叶わぬ事などほとんどない。長年一緒に過ごしてきた叔父の:包伯言(ほう・はくげん)であっても同じことだ。
包教授は、コッソリとキッチンの片隅で、今夜のために用意した薄皮に、:甜麺醤(テンメンジャン)で味付けした細切り牛肉と、千切りにしたニンジンやキュウリや薄焼き卵を載せ、手早く北京ダックのように包んで、小敏に渡した。
「まあ、あなたたちったら!」
飲物を取りに来た:恭安楽(きょう・あんらく)が、2人だけの秘密を共有して楽しそうにしている、夫と甥を見つけた。
「君の分も作ろうか」
「…もちろん!」
夫の優しい一言に、年の離れた包夫人は若々しいチャーミングな笑顔で答えた。