ふたたび、文維くんのこいびと

 包教授が、子供たちの口にも合うように用意した朝食は、刻んだ野菜をたっぷりと混ぜ込んだ肉まんと、エビ団子のケチャップ炒め、そして中華風のコーンクリームスープだ。

「ボクねえ、エビが大しゅき!」
「煜瑾も!」

 2人はすっかり仲良しの様子で、食卓に並んでいた。

「肉まんは、熱いから気を付けるんだよ」
「は~い」「はい」

 とてもお利口さんなお返事で、包夫妻も満足そうに微笑む。

「文維も食べなさい」
「はい」

 父に言われて、文維も温かい肉まんに手を伸ばした。
 美味しい朝食。家族団欒。温かく、幸せな光景だ。

 こんな穏やかな世界は、煜瑾の夢に間違いない。小敏が子供なのも、煜瑾の望み通りなのかもしれない、と文維は思った。

「今日は:除夕(おおみそか)で、忙しいからね。煜瑾も小敏も、お手伝いをしてくれないと困るよ」

 包教授がそう言うと、子供たちはむしろ嬉しそうに笑う。子供は、大人の仕事をするのが大好きなのだ。

「まずはお掃除のお手伝いよ。それから、お父さまの餃子のお手伝いをしてね」

 恭安楽の言葉に、煜瑾と小敏は顔を見合わせ、責任を感じて真剣な表情で大きく頷いた。

 そんな真っ直ぐな子供の心を感じ取り、文維は正直、感動していた。北京の医学部で、その後はアメリカの大学院で、精神医学を学んだ文維にとって、児童心理学の講義も取ったはずだが、実際に幼い子供たちの行動や、育児経験のある母の言動には、学ぶことが多いと感じる。

「文維は後で、お買い物をお願いするわね」
「はい」

 父のコーンスープの味に子供の頃を思い出した文維は、感傷的になりかけていたが、母からのお願いに我に返った。

「お買い物~?」

 口の周りを赤くして、エビ団子のケチャップ炒めを堪能していた煜瑾が手を止めた。

「お買い物、ボクも行きたい!」

 小敏もまた、手にした肉まんを放り出してまで声を上げた。

「小敏、お行儀が悪いよ」

 包教授にたしなめられ、小敏は悪戯っ子っぽく舌を出して笑うが、それがチャーミングで、誰もそれ以上文句を言わない。

「文維おにいちゃま~。煜瑾もお買い物に行きたいでしゅ~」

 切実な顔をして、煜瑾がお願いをして来る。こんな可愛らしい子からのお願いを、クールな文維でも断れそうにない。

「まあまあ、あなたたち2人を連れて、文維お兄さまに1人でお買い物は無理よ」
「や~ん、ボクも行く~」
「煜瑾も、行きたいでしゅ~」

 可愛い2人のお願いに、恭安楽も折れるしかない。

「では、お買い物はお母さまも一緒に行くわね。2人とも、お利口さんにするって、お約束できる?」
「「は~い!」」

 2人は声を揃えて返事をし、顔を見合わせてクスクスと笑った。

「こういうことになったから、お父さまはお1人でお留守番ですよ」
「はいはい、分かりました。その前に、朝ご飯はちゃんと食べなさい」

 小さな2人は、素直に目の前の美味しい食事を片付け始めた。

 ご機嫌な小さな2人を見守りながら、文維は先ほどまでいた除夕の世界との違いに気付いた。

(もしかして…夢の持ち主が入れ替わっている?)

 煜瑾の夢には、同じく子供の小敏や玄紀が現れ楽しそうなのだが、途中で「誰か」が煜瑾の夢を乗っ取ってしまい、小敏は大人に、玄紀は2人になってしまったのだ。そして、今、その「誰か」は…。

(目覚めた…のか?)

 夢を支配する煜瑾が目覚めない限り、この世界からは抜け出せないのだと文維は信じていた。だが、その正体は分からないが、「誰か」が消えたのだ。それは、「誰か」が目覚めて、この世界から逸脱したということなのか。

 文維はそこまで考え、やはりその「誰か」を突き止める鍵は申玄紀かもしれないと思った。






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