ふたたび、文維くんのこいびと

 文維は言い知れない不安に、激しく動揺していた。そんな文維を見据えるように、小敏の膝の上に居る子供は文維から目を逸らさない。

(なんだろう…怖すぎる…)

 見つめ合う文維と膝の上の子供に気付いて、小敏が文維を振り返った。

「何?そんな怖い顔をして子供を嚇すなんて、文維らしくないよ」

 小敏が冷やかすように言って、怖い顔をしている小さい「玄紀」の緊張をほぐそうと、その鼻を摘まんだ。

「ほら、キミもそんな顔しないで」

 先ほどまでは、こんな風に小敏に構われただけで大喜びだったはずの玄紀が、表情一つ変えずにひたすらに文維を見ている。

「玄紀?」

 小敏も異様な空気に気付いた。
 その目に見たことも無いような戸惑いを浮かべ、文維がようやく口を開いた。

「君は、一体、誰なんだ?」

***

「もう、文維!この忙しい時にボンヤリしていないでちょうだい!」

 目の前が真っ白になったと思った瞬間、文維の耳に母の声が聞こえた。
 ゆっくりと目を開け、周囲を見回すと、そこはやはり文維の実家である包家のアパートだ。

「え?」

 見慣れた実家の広いリビングの真ん中に立ち尽くしていた文維は、母の方を振り返った。

「あなたが忙しくて疲れているのは分かるけれど、過年の準備だけは手伝ってもらわないと…」

 母の言葉に文維はハッとした。周囲を見渡し、カレンダーと時計を確認する。

「今は、除夕の朝なのですか」
「何を言っているの、だからあなたもここにいるのでしょう?子供たちが起きてきたら、また思うように準備が出来ないわ。あなたは急いで、これを飾ってちょうだい。こういう時、背の高い息子で良かったわって思うの」

 恭安楽は、楽しそうに笑いながら、文維に赤と金の迎春の飾り物を手渡した。

「安楽。子供たちの朝ご飯はどうするね?」

 その時、キッチンから文維の父である包伯言が現れた。

「お父さま…」
「ああ、文維。疲れているだろうが、お母さまのお願いだけは先に聞いてあげなさい」

 文維の明晰な頭脳が混乱していた。

(時間が戻っているのか。これが夢の世界だから有り得るのだろうが…。なぜ、何のために、もう一度除夕の準備をやり直す必要が?)

 その時、奥にある文維の部屋の方から物音がした。

「あら、子供たちが起きたみたいね」

 子供好きの恭安楽は、いそいそと文維の部屋へと駆け込んで行く。

「お父さま、これはどういうことですか。なぜ、時間が戻ってしまったのでしょう」

 文維が思い詰めた表情で父に問うと、包教授は一瞬困惑した顔をしたが、すぐに柔和に微笑んだ。

「疲れているんだな、文維」
「お父さま?」

 文維は、何かが先ほどまでと違うような気がした。

「文維おにいちゃま~」

 子供らしい高い声を上げて、可愛い煜瑾が部屋から駆け出し、文維の長い脚に縋る。

「煜瑾…」

 その変わらぬ愛くるしさ、美しさ、清純さに、文維もホッとする。
 思わず煜瑾を抱き上げた。

「おはよーございましゅ、おにいちゃま」

 抱かれた煜瑾は、嬉しそうに文維の頬におはようのキスをする。それがくすぐったく、甘く、文維を幸せにした。

「煜瑾は、よく眠れましたか?」
「はい!」

 明るい煜瑾の笑顔に癒されていた文維だったが、次の瞬間、言葉を失った。

「文維にいたん~」

 部屋から飛び出してきたのは、なんとまた幼児に戻った小敏だった。

(嘘だろう…何があったんだ…)

 声に出すこともなく、ただ文維はボンヤリと煜瑾を抱いたまま立っていた。

「ボクも~、ボクも抱っこして~」
「ダメでしゅ!文維おにいちゃまは、煜瑾のものなの!」

 珍しく、大人しい煜瑾が大きな声で主張した。

「や~ん。ズルい~。煜瑾ばっかり~」

 不服そうに小さな小敏が、文維の長い脚にしがみ付いた。そのせいで文維は動きを封じられてしまう。

「小敏、文維が困っているわ。放しておあげなさい」
「ヤダ~。ボクも抱っこして欲しいの~」
「ダメでしゅ!」

 周囲の喧騒に、文維は眩暈さえ感じ始めた。








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