ふたたび、文維くんのこいびと

「おかあしゃま~。煜瑾は、おリンゴのジュースが飲みたいでしゅ~」

 恭安楽の膝の上で、安心しきった煜瑾がそうやって甘えると、小敏もアッという顔をした。

「ボクも!ボクも、喉が渇いたから、ジュース飲みたい!玄紀も?」
「じゅーちゅ、じゅーちゅ!」

 小敏と玄紀が騒ぎ出したので、仕方なく文維はキッチンに向かった。
 粉まみれの手を洗い、グラスを出し、冷蔵庫を開け、リンゴジュースを探す。
 煜瑾の分、小敏の分、玄紀の分…とグラスにジュースを注いでいた時、ハッと文維に閃くものがあった。

「なんで、玄紀がうちで年越しをしているんだ?」

 小さくなったとは言え、文維の恋人である煜瑾は包家の家族の一員に間違いない。小敏は従弟で、ほぼ毎年一緒に春節を迎えている。
 だが、玄紀には帰るべき家が、一緒に過ごすべき家族がいるのではなかったか?

「良ければ、お父さまも、お母さまも休憩して下さい」

 2人にも声を掛け、文維は5つのグラスをリビングのテーブルに置いた。

「文維おにいちゃまは?」

 心優しい煜瑾が、グラスの数が1つ足りないことに気付いた。

「私は、甘いジュースは飲まないのですよ」

 文維が笑顔でそう言うと、煜瑾は素直に納得して笑った。その笑顔の清純さに誰もが魅了される。

「ところで、玄紀はここに居ても良いのですか?」

 文維は玄紀だけでなく、その場にいる全員の顔色を見ながら、慎重に玄紀に声を掛けた。

「どういう意味?」

 キョトンとする玄紀に代わって、小敏が問い返す。

「玄紀には、自宅で待っている家族がいるのではありませんか?」

 玄紀の表情を見ながら、文維はニッコリとしてそう言った。

「!そうですよ!玄紀ちゃんのお父さまやお母さまが、玄紀ちゃんが居なくて心配されているのではなくて?」

 そんな当たり前のことにようやく気付いた恭安楽も、慌てて玄紀を見つめ直した。

「パパ…、ママ…」

 文維や恭安楽の言葉に、それまでご機嫌だった玄紀の顔色が変わった。

「あのね、おかあしゃま…」

 その時、煜瑾が遠慮がちに恭安楽に告げた。

「玄紀のおとうしゃまも、おかあしゃまも、いらっしゃらないの」
「え?どういうことなの、煜瑾ちゃん?」

 驚いた恭安楽は、膝の上の煜瑾の顔を覗き込んだ。
 煜瑾は手にしたジュースのグラスを、一旦テーブルに戻し、改めて恭安楽を振り仰ぐようにして答えた。

「玄紀のおとうしゃまも、おかあしゃまも、お仕事でおうちにいらっしゃらないのでしゅよ」

 煜瑾の言葉に、恭安楽は息を呑んだ。

「そんな、まさか。こんな小さな子がいるのに、両親揃って除夕おおみそかに仕事だなんて、ありえないわ!」

 何よりも家族を大事にする恭安楽は悲鳴のような声を上げた。
 すっかり同情した母の眼差しを掠めるように、文維は煜瑾にジュースのグラスを渡しながらそっと訊ねた。

「独りぼっちの玄紀が可哀想だから、煜瑾がここへ連れてきたのですか?」
「?煜瑾は、何もしていましぇんよ?」

 文維の質問の意図が分からないと言った様子で、煜瑾は不思議そうに言った。文維はそれには応えず、ただ温和な笑みだけを浮かべで頷いた。

「きっと何かの間違いですよ。私が申家に電話してみるわ」
「おかあしゃま~」

 自分のスマホを取りに行こうとして、恭安楽が煜瑾を膝から下ろそうとした。それが嫌で煜瑾がギュッとしがみ付く。

「ああ、煜瑾ちゃん…。ねえ、文維。あなたが申家に電話をしてみたらどうかしら」
「そうですね…」

 文維はそう言いながら、チラリと包教授の方を見た。もしかしたら、先ほど言っていた「招かれざる者」がいよいよ現れるかもしれない、文維はふとそんな気がした。






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