ふたたび、文維くんのこいびと
「玄紀、泣いてはダメでしゅよ…」
煜瑾は、恭安楽の膝の上で愚図る玄紀に優しくそう言った。
「や~!パパ~抱っこ~」
大きな声で泣くばかりの玄紀に、煜瑾はその愛らしい柳眉を寄せて、今度は小敏の方を振り返った。
「小敏も、玄紀のパパなのでしゅから、泣かせちゃいけましぇんよ」
「違うってば!」
そんなやり取りを、少し離れた所から微笑ましく見ていた文維だったが、ふと気付いた。
「なぜ玄紀は、あれほど『父親』にこだわるのでしょう」
「それは、現実世界でも父親の愛情に飢えているからだろう?」
包教授は、そんなありきたりな答えを出すが、なんとなく文維はそれだけでは腑に落ちない。
「玄紀は、確かに両親の愛情には恵まれていない環境でしたが、父親の愛情に飢えているというのには、少し違っているような…。いや、もちろん、父親に認められたいという意識は働いていましたが…」
そこまで言って考え込んでしまった息子の顔を、ジッと見つめていた包教授だったが、不意に頬を緩めた。
「ま、そこは専門家に任せますよ」
「お父さま…」
「君は、人の心と頭の中の専門家だろう、文維?」
父の言葉に文維はますます考え込んでしまう。だが、思い切って、父に打ち明けることにした。
「私は、この夢が誰のものなのか分からないのです。煜瑾の夢であれば、煜瑾を目覚めさせることで、現実の世界に戻れました。けれど、今は、夢の中だと分かっているのに、どうやって目覚めるのかが分かりません」
実直な顔をした息子をしばらく見ているだけの包教授だったが、やがて深く頷いた。
「私は、これが煜瑾の夢だと確信しているよ」
「え?そうなのですか、お父さま」
温柔敦厚そのままの知性的な父親の態度に、文維は尊敬の念を隠せない。
「幼い頃に満たされなかった両親への思い、それに加えて大好きな文維お兄さままで一緒だ。これが煜瑾の『夢』でなくて、誰のものだと?」
確かに、煜瑾は幼くして実の両親を喪った。代わりに兄からの大きな愛情に包まれて育ったが、やはり文維の両親への敬慕は日頃から強かった。その「両親」に、子供の頃には出来なかった分、たっぷりと甘え、また最愛の文維までもそばに置くというのは、煜瑾らしいと言える。そこまでは、文維も納得できる。
「だがね、ここに居る人間は、同時に自分の夢も見ているのだろう?これが自分の夢だと思っていても不思議ではないのでは?」
「自分の…夢?」
文維は、自分が思いもよらなかった単純な可能性を指摘されて驚いた。
確かに、これを煜瑾の夢に招かれたのだと知らない人間が、自分の夢だと思い込み、煜瑾の邪魔をしているのかもしれない。煜瑾の夢に誰かの夢が複雑に入り混じる、そんな簡単な可能性を、文維は今まで考えもしなかった。夢の中だからなのか、いつものように頭が明晰に働かないような気がする。
「私だって、事前に聞いていなければ、きっと混乱していただろう」
その言葉に、文維は母が、父には前回の体験を話していたのだと知った。
「つまり、この世界が、もともと煜瑾の夢だと知っている人間は外していい。しかし、もしかすると…」
「なんですか、お父さま?」
急に深刻な表情になった父に、文維は不安になる。
「もし、この夢の中に、私たちがまだ知らない『招かれざる者』が居たとしたら?」
思いもよらない包教授の仮説に、文維は言葉に出来ない焦りを感じた。
煜瑾は、恭安楽の膝の上で愚図る玄紀に優しくそう言った。
「や~!パパ~抱っこ~」
大きな声で泣くばかりの玄紀に、煜瑾はその愛らしい柳眉を寄せて、今度は小敏の方を振り返った。
「小敏も、玄紀のパパなのでしゅから、泣かせちゃいけましぇんよ」
「違うってば!」
そんなやり取りを、少し離れた所から微笑ましく見ていた文維だったが、ふと気付いた。
「なぜ玄紀は、あれほど『父親』にこだわるのでしょう」
「それは、現実世界でも父親の愛情に飢えているからだろう?」
包教授は、そんなありきたりな答えを出すが、なんとなく文維はそれだけでは腑に落ちない。
「玄紀は、確かに両親の愛情には恵まれていない環境でしたが、父親の愛情に飢えているというのには、少し違っているような…。いや、もちろん、父親に認められたいという意識は働いていましたが…」
そこまで言って考え込んでしまった息子の顔を、ジッと見つめていた包教授だったが、不意に頬を緩めた。
「ま、そこは専門家に任せますよ」
「お父さま…」
「君は、人の心と頭の中の専門家だろう、文維?」
父の言葉に文維はますます考え込んでしまう。だが、思い切って、父に打ち明けることにした。
「私は、この夢が誰のものなのか分からないのです。煜瑾の夢であれば、煜瑾を目覚めさせることで、現実の世界に戻れました。けれど、今は、夢の中だと分かっているのに、どうやって目覚めるのかが分かりません」
実直な顔をした息子をしばらく見ているだけの包教授だったが、やがて深く頷いた。
「私は、これが煜瑾の夢だと確信しているよ」
「え?そうなのですか、お父さま」
温柔敦厚そのままの知性的な父親の態度に、文維は尊敬の念を隠せない。
「幼い頃に満たされなかった両親への思い、それに加えて大好きな文維お兄さままで一緒だ。これが煜瑾の『夢』でなくて、誰のものだと?」
確かに、煜瑾は幼くして実の両親を喪った。代わりに兄からの大きな愛情に包まれて育ったが、やはり文維の両親への敬慕は日頃から強かった。その「両親」に、子供の頃には出来なかった分、たっぷりと甘え、また最愛の文維までもそばに置くというのは、煜瑾らしいと言える。そこまでは、文維も納得できる。
「だがね、ここに居る人間は、同時に自分の夢も見ているのだろう?これが自分の夢だと思っていても不思議ではないのでは?」
「自分の…夢?」
文維は、自分が思いもよらなかった単純な可能性を指摘されて驚いた。
確かに、これを煜瑾の夢に招かれたのだと知らない人間が、自分の夢だと思い込み、煜瑾の邪魔をしているのかもしれない。煜瑾の夢に誰かの夢が複雑に入り混じる、そんな簡単な可能性を、文維は今まで考えもしなかった。夢の中だからなのか、いつものように頭が明晰に働かないような気がする。
「私だって、事前に聞いていなければ、きっと混乱していただろう」
その言葉に、文維は母が、父には前回の体験を話していたのだと知った。
「つまり、この世界が、もともと煜瑾の夢だと知っている人間は外していい。しかし、もしかすると…」
「なんですか、お父さま?」
急に深刻な表情になった父に、文維は不安になる。
「もし、この夢の中に、私たちがまだ知らない『招かれざる者』が居たとしたら?」
思いもよらない包教授の仮説に、文維は言葉に出来ない焦りを感じた。