その時、煜瑾がハッとして顔を上げた。

「おかあしゃま…。文維おにいちゃまは？」

　可愛い煜瑾の問いかけに、恭安楽は愛情深い笑顔で答える。

「文維おにいさまは、お買い物に行って下さっているのよ」
「おかいもの？」

　真剣な顔つきだった煜瑾の、幼いながらに端整な美貌が、くしゃりと歪んだ。

「煜瑾も～、煜瑾も、お買い物行きたかったのでしゅ～」

　悲しそうに言って、煜瑾は俯いて唇を噛んでいた。

「まあまあ、煜瑾ちゃん、泣かないでね」

　ご機嫌を悪くした煜瑾をしっかりと抱き寄せ、恭安楽は母親らしく甘やかせるように言った。

「文維お兄さまは、煜瑾ちゃんがお昼寝している間に、お買い物を済ませるはずだったのよ。遅くなっているのは、お母さまがたくさんのお買い物をお願いしたからだわ。ごめんなさいね」
「違うの～。おかあしゃまは悪くないの～。煜瑾が、お買い物に行きたかったの～」

　そう言って恭安楽に身を寄せる煜瑾に、包教授と楽しく遊んでいた玄紀は目を止めた。
　仲良しの煜瑾が悲しそうな顔をしていることが、玄紀にも伝わったらしい。共感したのか玄紀も泣きそうになる。

「ああ、玄紀くんも悲しくなったのだね。では、みんなで美味しいものを食べようか」

　様子を見た包教授は、そう言って小さな玄紀を抱き上げて立ち上がった。息子の文維と同じく長身で、年齢の割にスラリとしている。

「たかい、たか～い」

　玄紀は視線が高くなって、嬉しくて仕方が無いというようにはしゃぎだした。

「うふふ」
「ふふふ」

　煜瑾と恭安楽も、そんな無邪気な玄紀に、思わず笑ってしまった。

「ねえ、美味しいものですって。お父さまが作って下さったのかしら。それとも、お母さまが作っておいたケーキかな？」

　恭安楽はそう言って、煜瑾のお腹をくすぐった。

「きゃ～っ。おかあしゃま～」

　2人の子供たちはすっかり機嫌を直して、楽しそうに文維の寝室を出て、リビングに向かった。

＊＊＊

　文維は、もう一度、母から預かった買い物メモを確認した。
　どう見ても、母に頼まれた迎春準備の品物よりも、小敏が好きなように買い込んだお菓子やおもちゃの方が多いように思う。

「あとは…お花だけだね。叔母さまの好きそうなお花は売ってるかな～」

　呑気そうな小敏の後から、いつからかカートを押してついて歩く文維だ。

「本当に、このまま春節を迎えてしまうんだろうか」

　なんとなく不安になった文維が、思わず弱音を吐く。

「今夜が除夕なら、明日は春節だねえ」

　飄々と何でもない事のように言って、小敏は来年の干支であるウサギの真っ赤なぬいぐるみを手に取った。

「私たちは、誰のためにこんな準備をしているんだろう…」
「は？」

　深刻そうな文維に驚いて小敏は振り返った。

「これは誰かの…誰かにとって都合のいい『夢』なんだ…。それは、誰にとってなのか、今は分からない」
「…う～ん。煜瑾でいいんじゃないの？」

　無責任な従弟の言葉に、文維は眉を寄せ、赤いぬいぐるみまで含めた支払いを済ませると、ギッと小敏を睨みつけた。

「煜瑾の夢じゃないのは分かっているだろう？誰の夢か突き止めない限り、私たちはここから出られない」
「オトナの煜瑾と楽しい年越しも出来ないしね」

　ふざけた言い方で図星を突かれた文維は、もう一度小敏を睨みつけた。