包文維&唐煜瑾エンディング   ※【オマケ】ストーリー付

 煜瑾の突然の行動に、文維も反応が出来ずに呆然としていたが、ハッと我に返ると、不安そうな顔をした煜瑾に優しく微笑みかけた。

「ごめんなさい。私は呪術も巫術も使えないから、魔よけにはならないかもしれないけれど…」
「いいえ。煜瑾のお気持ちだけで悪いモノは去っていきますよ」

 文維にそう言われると、煜瑾も嬉しくて、ほんのりと頬を染めた。

「私は、本当に何もできないのです」

 文維に手を引かれ、その腕の中に戻りながら煜瑾は悲しそうに言った。

「梁寧侯爵の弟として、誰もが高貴だ、優秀だと言ってくれるのですが、私は何事も兄上には及びません」

 温かな文維の胸に体を凭れさせ、疲れた煜瑾はホッとする。

「私塾でも、学問では文維に適わないし、小敏や玄紀のように乗馬や馬球も出来ない。私は、ただ兄上に守られているだけの、何も出来ない、役立たずなのです」

 あの気位の高い、負けず嫌いの煜瑾の言葉とは思えなかった。それほど、この深夜の暗闇に心弱くなっているのだろう。

「今も、文維に守られるばかりで、何も出来ずに足手まといになっていますね」

 怯えるように小声で言って、それでも不安を紛らわせるように文維の服をギュッと握った。

「どうして、そんな風に思うのですか?私は、煜瑾が一緒に居てくれて、本当に良かったと思っていますよ」
「本当に?」

 文維の言葉に、胸の中の煜瑾がそっと見上げる。
 聡明な文維の顔立ちは、いつも穏やかで優しい。それが嬉しくて、煜瑾もそっと微笑んだ。
 その時、雲が晴れたかのように、真っ暗だった雑木林に月の光が差した。その柔らかい光が、煜瑾の白い頬にかかり、明るく輝く。

(ああ、本当に美しい子だなあ)

 兄の梁寧侯爵と共に「才色兼備の貴公子兄弟」と噂されるだけあって、品の良い、端正な顔立ちの唐煜瑾に、月光が降り注ぐと、眩いほどに美しく、神々しささえ感じた。
 その美貌に、文維も素直に感心した。
 その上、身分に乗じて気位が高く、気難しい子供だと思っていたが、根は優しい、繊細な少年だと分かるようになった。以前より、ずっと好感が持てるようになった文維は、心からこの子を守ってやりたいと思った。

「もちろんです。煜瑾は、本当に心がおキレイで、お優しい。羽小敏も子供のようにキレイな心を持っていて、優しいところもありますが、どうもまだまだ子供で、ぞんざいなところがあります」

 文維がそんな風に冗談めかして言うと、煜瑾はクスクスと笑って、同じように口を開いた。

「申玄紀など、ぞんざいなところしかありませんよ」

 2人は互いの幼馴染をネタにして、楽しそうに話しを続けた。

「小敏ときたら…」
「玄紀など…」

 2人はいつしか疲れも忘れ、声を上げて笑うほどに話を弾ませていた。

「2人に比べたら、煜瑾はずっと大人で、繊細でイイ子ですよ」

 そう言って文維が煜瑾の頭を撫でると、煜瑾は嬉しそうに笑っていた。

「こんなイイ子に悪いことをするモノなんていません。安心して、少しおやすみなさい。朝までには誰かが探しに来てくれるでしょう」

「はい…」

 貴公子らしく、小さく上品な欠伸を1つして、煜瑾は文維の胸の中で目を閉じた。



 煜瑾が目を覚ますと、そこは見慣れた宿舎の個室だった。
 ゆっくりと周囲を見回すと、侍従の阿暁が恐い顔をして煜瑾を見詰めていた。

「文維は?」

 開口一番の言葉に、阿暁は驚いた。煜瑾のような、甘やかされて育った、気位だけが高い子供が、最初に自分以外の人間の心配をするとは。

「文維公子は、眠っている煜瑾侯弟を抱いて、ここまで連れ帰って下さいました」

 作り付けの大きく寝心地の良い寝台の上に、身を起こそうとする煜瑾に手を貸して、阿暁は続けた。

「もうお部屋でお休みですよ。ご安心ください」
「ん…」

 阿暁に背中を支えられながら、煜瑾は白湯を一口飲み、ホッと一息ついた。それから改めて阿暁の方に向き直った。

「心配を掛けて、ごめんなさい…」

 またも阿暁は意外に思うが、顔には出さない。
 真夜中に抜け出して、たくさんの大人たちに迷惑を掛けるなどと、侯爵家の貴公子として浅はかだと、とことん言い聞かせねばと思っていた阿暁だったが、こんな風に煜瑾が自分から謝罪の言葉を言えるようになっていたのは意外だった。
 歳の近い学友たちとの交流が、こんな風に煜瑾を成長させたのかと思うと、阿暁の厳しい顔も、少しだけ緩んだ。

「煜瑾さまがご無事でなによりでした。話は明日にしましょう。今夜はもうお休みなさいませ」
「…兄上にも、謝らないといけないよね」

 寂しそうに煜瑾が呟く。最愛の兄からの期待を裏切るのが何より辛いのだ。

「侯爵には…、私も一緒に謝罪しますよ」

 阿暁はそう言って優しく労わるように微笑み、それに安堵して煜瑾は横になり、おとなしく目を閉じた。



 あれほど禍々しかった雑木林の中であったのに、月が差し、煜瑾が眠ってしまうと、空気が変わったように文維は感じた。
 煜瑾は疲れ切ったのかすっかり眠り込んでいる。
 その寝顔を見ながら、一瞬逡巡したのだが、文維は白い手巾を取り出した。

「仕方ないか…」

 難しい顔で何かを決意すると、文維は心地よさそうに眠る煜瑾を抱いたまま、先ほどの白い手巾を拡げた。それには飛燕の図案が刺繍されている。
 そして、次に右の人差し指の先を噛むと、その先から赤い血が流れた。その血を、白い手巾の上にポタポタと落とし、眼を閉じると、口の中でブツブツと呪文を唱える。

 すると、不思議なことに手巾がフワリと浮かんだ。スーッと文維の目の前まで浮き上がると、まるで命があるように、手巾はヒラヒラと文維の周囲を舞い始めた。

「賛洋王子ではありませんね?」

 不思議なことに、手巾から声がする。

「恵嬪さまでございますね。私は賛洋こと恭王の孫・包文維と申します」

 ヒラヒラと舞っていた手巾が、まるで美人の指先のように文維の頬に触れた。

「ほう、あの賛洋王子に、もうこのような可愛らしいお孫さまが」

 手巾は可憐な声でコロコロと笑った。

「恭王から、この手巾を持つものは恵嬪さまにお守りいただけると聞いております。どうか、私たちを宿舎にまで帰していただきたい」

 真面目な文維をからかうように、その知的な顔を手巾はくすぐった。それを嫌がる素振りも見せずに、文維はグッと耐えた。

「ご下賜いただいた手巾を意地の悪い后妃に奪われ、紛失したと罪に問われ、ついに自害に追い込まれ、行き場を失くしてしまったわたくしに、賛洋王子は手巾を下さった」

 手巾は急に真面目な声になり、文維に触れるのをやめた。

「この白い飛燕の手巾を持つものは、わたくしの恩人。願いは叶えて差し上げます」

 そう言うと、手巾は着いて来いとでも言うように、文維の前をヒラヒラと飛び始めた。
 それに気付くと文維は煜瑾を抱き上げ、手巾の後を追った。

 周囲の暗闇も何も気にならなかった。ただ目の前を蝶のように飛ぶ、白い手巾だけを見詰めて、文維はひたすら足を動かす。腕に抱く煜瑾の重さも感じない。

 あれほど歩いても抜け出せなかった木立なのに、手巾に導かれると、もうすぐそこに馬場が見えた。

(助かった…)

 文維がホッとして木立から抜け出した途端、白い手巾はそのままフワフワと地面に落ちて動かなくなった。

「恵嬪さま、お祖父さま、ありがとうございました」

 文維はそう口に出して言い、煜瑾を起こさぬよう気を付けながら、手巾を拾い上げた。





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