紅蘭夫人エンディング
西の庭園の上空に飛ばされた私は、そこに浮遊する少年を見つけた。
「何者か!無礼であるぞ」
仮にも私は、王家の順親王の側女であり、顧参緯の夫人である。幽鬼になったとはいえ、こんな非礼を受ける立場ではない。
よく見ると、夜空に浮かび、月の光に照らされた少年は、青い兵装を身に着けている。若くとも、一端の武官ということか。
少年の手首には、先ほどの白い細蛇が巻き付いていた。なるほど、この白蛇はこの少年武官の使い魔だったのか。
「誰に言われて、私の邪魔をしに来た!」
私は天命を受けた神仙が動いていることに気付いた。
「私は、石蒜 鎮の山月廟 にある袁参 将軍が麾下、青衿君 。訳あって、幽鬼より羽小敏を守りに来た」
張りのある雄々しい声で名乗りを上げる青衿君は、少年だと思っていたが、もはや凛々とした頼もしい青年だった。それでいて若く、艶やかで美しい。
この美貌で神仙に召し上げられたのか、と見た目だけの青衿君を私は侮っていた。
「羽小敏は、私と顧参緯の愛し児である。我が子をこの手に取り戻すことを、誰に邪魔することが出来ようか!」
私は、長年「紅蘭亭」の天井に描かれた百花図の中に住まいしていた。そのせいで、蜘蛛の力を操ることができるようになっていた。
「退 がれ、下郎!」
私は怒りに任せ、山月廟の青衿君に蜘蛛の糸を放った。この糸に巻き取られ、動きを封じられてしまえばよい。
石蒜鎮と言えば、この別荘よりもう少し北東にある村で、何故かしら正義感のつよい、勇猛果敢で正直な人柄が多い事で有名だ。石蒜鎮出身の兵士で出世した者は多い。
その石蒜鎮の山月廟には、近くの山に出た人食い虎を、通りがかりにたった1人で倒し、村人たちを守ったことで知られる袁参将軍が祀られている。
その将軍の配下の者となると、決して油断してはならぬはずであったのに、私は頭に血が上り、そんなことまで考えに及ばなかった。
「幽鬼の分際で、抵抗しようというか!」
怒気の込められた強い声で、青衿君が細身の剣を抜いた。ハッと瞬きをする間もなく、私の蜘蛛の糸は断絶された。
私は、ますますカッとなり、これでもかと蜘蛛の糸を放ち、毒蜘蛛に青衿君を襲わせた。
だが、糸は次々と青衿君の剣に断たれ、毒蜘蛛は白蛇が振り払い、噛み、終いには呑み込んでしまう。
「紅蘭夫人、おやめください!天帝の意を汲む神仙に敵うはずがございません」
「紅蘭亭」のほうから、侍女の声が聞こえた。
それでも、私は小敏が惜しかった。
あの暖かい陽の気を持つ、素直で優しいあの子を、どうしても我が子として手元に置きたかった。
それを邪魔するものは、誰であろうと許すつもりは無かった。
「白秋!」
青衿君が命じると、蛇は鞭のように撓 り、私を打とうとする。囚われまいとして私は身をかわし、「紅蘭亭」へ逃げ込もうとした。
「ひっ!」
突如として、私の目の前に大きな神獣の白虎が現れた。白虎の一睨みで私は動けなくなった。
「随分と、手こずっているようではないか」
からかうような声が響き、私はハッとして頭上を見上げた。
すると、ちょうど天界から降臨するかのように舞い降りてきたのは、雄々しい美丈夫の武将だった。これが山月廟の主、袁参将軍だと察した。
神仙の見た目はあてにならないが、30歳半ばの精悍な美男子だ。
「わざわざのお出まし、恐縮でございます」
上官を迎えて、青衿君は口惜しそうに面を下げた。
「そなたが噂に聞く、紅蘭夫人か。確かに鄙には稀な美女であるな」
神仙とは言え、男らしい武官にそのように言われて悪い気はしない。私は少し落ち着いた。
「あなたが、山月廟の袁参将軍ですか」
私が少し姿 を作って訊ねると、将軍は嬉しそうに目を細めた。
「おお、俺も少しは名が知られておるぞ」
愉快そうに言う袁参将軍を、青衿君は冷ややかな眼差しで見詰めている。
「では、悪いが紅蘭夫人。あるべき所へ行ってもらおうか」
ニコニコと話し掛ける袁参将軍に、私も釣られるように笑顔で応えた。
「どこへ行けとおっしゃるので?」
「地獄だよ!」
その瞬間、白虎が私に襲い掛かり、同時にまるで芝居に使うように美しく装飾された戟が私の目の前を掠めた。
「ちっ、外したか」
ギリギリのところで躱した私は激しく動揺していた。
「年甲斐もなく、ご無理なさいますな!」
将軍に向かって青衿君はそう言うと、私に向かって来る。
冗談ではない。ここで、この神仙たちに捕らえられては、私の小敏はどうなるのか。
私は、この神仙たちを敵に回し、彼奴らを殺してでも、小敏を手に入れようと心に決めていた。
私は空中を舞い、次々と蜘蛛の糸を放ち、毒蜘蛛を送った。
対する青衿君は、それらを次々と切り捨て、隙を見ては白蛇を私に襲わせようとする。
「自分だけ、イイ所を持って行くなよ」
それをさらに軽口を叩く袁参将軍が援護する。
2人掛かりで、このか弱い私を捕えようなどと、何たる卑劣。
私は怒りに我を忘れ、蜘蛛ばかりでなく、私の手の物である幽鬼や、さらに力のない邪鬼や妖魔などを呼び寄せ、袁参将軍と青衿君を襲わせた。
「うっ」
さしもの青衿君も、蜘蛛の糸に阻まれ、動きが鈍った。
私は、今こそと急いで西の庭園で蹲る小敏の許へと急いだ。
「誰?」
だが、私の小敏はすでに見知らぬ女に抱きかかえられ、守られていた。
「離れよ!私の愛し児から、離れよ!」
私は小敏を奪われた怒りに、青い衣をまとった女に力一杯の攻撃を仕掛けた。
「何者か!無礼であるぞ」
仮にも私は、王家の順親王の側女であり、顧参緯の夫人である。幽鬼になったとはいえ、こんな非礼を受ける立場ではない。
よく見ると、夜空に浮かび、月の光に照らされた少年は、青い兵装を身に着けている。若くとも、一端の武官ということか。
少年の手首には、先ほどの白い細蛇が巻き付いていた。なるほど、この白蛇はこの少年武官の使い魔だったのか。
「誰に言われて、私の邪魔をしに来た!」
私は天命を受けた神仙が動いていることに気付いた。
「私は、
張りのある雄々しい声で名乗りを上げる青衿君は、少年だと思っていたが、もはや凛々とした頼もしい青年だった。それでいて若く、艶やかで美しい。
この美貌で神仙に召し上げられたのか、と見た目だけの青衿君を私は侮っていた。
「羽小敏は、私と顧参緯の愛し児である。我が子をこの手に取り戻すことを、誰に邪魔することが出来ようか!」
私は、長年「紅蘭亭」の天井に描かれた百花図の中に住まいしていた。そのせいで、蜘蛛の力を操ることができるようになっていた。
「
私は怒りに任せ、山月廟の青衿君に蜘蛛の糸を放った。この糸に巻き取られ、動きを封じられてしまえばよい。
石蒜鎮と言えば、この別荘よりもう少し北東にある村で、何故かしら正義感のつよい、勇猛果敢で正直な人柄が多い事で有名だ。石蒜鎮出身の兵士で出世した者は多い。
その石蒜鎮の山月廟には、近くの山に出た人食い虎を、通りがかりにたった1人で倒し、村人たちを守ったことで知られる袁参将軍が祀られている。
その将軍の配下の者となると、決して油断してはならぬはずであったのに、私は頭に血が上り、そんなことまで考えに及ばなかった。
「幽鬼の分際で、抵抗しようというか!」
怒気の込められた強い声で、青衿君が細身の剣を抜いた。ハッと瞬きをする間もなく、私の蜘蛛の糸は断絶された。
私は、ますますカッとなり、これでもかと蜘蛛の糸を放ち、毒蜘蛛に青衿君を襲わせた。
だが、糸は次々と青衿君の剣に断たれ、毒蜘蛛は白蛇が振り払い、噛み、終いには呑み込んでしまう。
「紅蘭夫人、おやめください!天帝の意を汲む神仙に敵うはずがございません」
「紅蘭亭」のほうから、侍女の声が聞こえた。
それでも、私は小敏が惜しかった。
あの暖かい陽の気を持つ、素直で優しいあの子を、どうしても我が子として手元に置きたかった。
それを邪魔するものは、誰であろうと許すつもりは無かった。
「白秋!」
青衿君が命じると、蛇は鞭のように
「ひっ!」
突如として、私の目の前に大きな神獣の白虎が現れた。白虎の一睨みで私は動けなくなった。
「随分と、手こずっているようではないか」
からかうような声が響き、私はハッとして頭上を見上げた。
すると、ちょうど天界から降臨するかのように舞い降りてきたのは、雄々しい美丈夫の武将だった。これが山月廟の主、袁参将軍だと察した。
神仙の見た目はあてにならないが、30歳半ばの精悍な美男子だ。
「わざわざのお出まし、恐縮でございます」
上官を迎えて、青衿君は口惜しそうに面を下げた。
「そなたが噂に聞く、紅蘭夫人か。確かに鄙には稀な美女であるな」
神仙とは言え、男らしい武官にそのように言われて悪い気はしない。私は少し落ち着いた。
「あなたが、山月廟の袁参将軍ですか」
私が少し
「おお、俺も少しは名が知られておるぞ」
愉快そうに言う袁参将軍を、青衿君は冷ややかな眼差しで見詰めている。
「では、悪いが紅蘭夫人。あるべき所へ行ってもらおうか」
ニコニコと話し掛ける袁参将軍に、私も釣られるように笑顔で応えた。
「どこへ行けとおっしゃるので?」
「地獄だよ!」
その瞬間、白虎が私に襲い掛かり、同時にまるで芝居に使うように美しく装飾された戟が私の目の前を掠めた。
「ちっ、外したか」
ギリギリのところで躱した私は激しく動揺していた。
「年甲斐もなく、ご無理なさいますな!」
将軍に向かって青衿君はそう言うと、私に向かって来る。
冗談ではない。ここで、この神仙たちに捕らえられては、私の小敏はどうなるのか。
私は、この神仙たちを敵に回し、彼奴らを殺してでも、小敏を手に入れようと心に決めていた。
私は空中を舞い、次々と蜘蛛の糸を放ち、毒蜘蛛を送った。
対する青衿君は、それらを次々と切り捨て、隙を見ては白蛇を私に襲わせようとする。
「自分だけ、イイ所を持って行くなよ」
それをさらに軽口を叩く袁参将軍が援護する。
2人掛かりで、このか弱い私を捕えようなどと、何たる卑劣。
私は怒りに我を忘れ、蜘蛛ばかりでなく、私の手の物である幽鬼や、さらに力のない邪鬼や妖魔などを呼び寄せ、袁参将軍と青衿君を襲わせた。
「うっ」
さしもの青衿君も、蜘蛛の糸に阻まれ、動きが鈍った。
私は、今こそと急いで西の庭園で蹲る小敏の許へと急いだ。
「誰?」
だが、私の小敏はすでに見知らぬ女に抱きかかえられ、守られていた。
「離れよ!私の愛し児から、離れよ!」
私は小敏を奪われた怒りに、青い衣をまとった女に力一杯の攻撃を仕掛けた。