紅蘭夫人エンディング
「竹蘭亭」から火が出たという知らせを、私は西の庭園の「紅蘭亭」で聞いた。その夜は順親王も本宅に戻っていて、別荘を采配するには私は経験不足だった。
急ぎ「竹蘭亭」に駆け付けたものの、ただ騒ぐばかりの使用人たちに、早く火を消して、竹蘭を救うように命じようにも、誰にどう指示したらよいのか、私には分からなかった。
母屋に仕える執事が来て、ようやくまともな指示にて使用人たちが消火した頃には、「竹蘭亭」は全焼し、その中に誰のものとも分からぬほど燃え尽きた2人の遺体が見つかった。
ひしと抱き合い、炭化したことで引き離すことも出来ない2人に、私は初めて竹蘭に、命を懸けるほどの想い人がいたことを知ったのだ。
茫然自失となった私は、焼け焦げた遺体が竹蘭だと察すると、その場で失神し、「紅蘭亭」に運ばれ、そのまま寝付いてしまった。
竹蘭の最期を知った順親王は、私の事を心配し、本宅から急いで駆け付けてくれた。順親王に抱き締められ、ようやく私はホッとして、泣くことが出来た。
その後、竹蘭の数少ない使用人たちや、将軍を探しに来た騎兵の配下たちが、順親王に、あの黒焦げの遺体が竹蘭と将軍だと確信する理由を告げた。
それを隣で聞きながら、所詮は結ばれぬ定めとこの世を儚んだ2人の心中事件だという順親王の結論に、私は泣くしか出来なかった。
けれどその夜、竹蘭が私の夢枕に立ったのだ。
偶然に将軍と出会い、惹かれ合い、愛し合って、幸せだったこと。
辛いこと、悲しいことが多い人生だと思っていた竹蘭が、生まれてきて良かったと将軍に出会って初めて心から感じたこと。
そして、将軍を裏切り、辱めを受けるくらいなら死を選んで悔いはないとまで言ったのだった。
私は、こうして竹蘭に何が起きたか、そして竹蘭は今、愛し合う将軍と2人で永遠に共にあることを知った。
そう、同じ年、同じ日に生まれ落ちた私たちであったけれど、竹蘭は命を懸けて人を愛し、愛された。その生き方は私とはまるで違うもので、私はそんな熱く激しい想いを抱いて命を散らした弟を、幸せだったのだなと心から思った。
その後、たった1人の身内である竹蘭を喪った私を、順親王は労わってくれた。
そして、その無邪気な思いやりこそが、あの悪夢を呼び込んだのだ。
順親王が本宅へ足が遠のき、これまで以上に別荘で私と過ごす時間が長くなると、本宅の正妻たちは私を憎むようになっていった。
私自身は、なぜ自分がそこまで憎まれるのか、理由が全く分からぬほど、順親王相手に男女の情を感じていなかった。
なのに正妻の恨みは日に日に深まり、側室らまでもが正妻を唆した。当時、正妻にも側室にも男児がおらず、親王家の後継ぎを、この私が生むことを恐れていたのだ。
順親王が朝議のために本宅に戻っていた、ある夜のこと。
この別荘を、「盗賊」が襲った…。
実際は、「強盗」とは言えない。本宅の順親王府から、正妻たちから命令を受けた男の使用人が何人かが別荘に送り込まれ、彼らが荒々しい仕事をする者たちを雇ったのだ。
突然、見知らぬ男たちが「紅蘭亭」を襲った。
それはただの盗賊ではなく、それ以上の「悪意」を確かに有していた。
優美な紅蘭亭の飾り扉は叩き割られ、家具や飾り物は金目のものを漁るために乱暴に扱われ、高価な着物や宝石は、侍女たちが身に着けたものまで奪われた。
「あれだ!あの女が紅蘭だ!」
誰かが私を見つけて指さした。
日頃から私や順親王に恩を受けていた侍女たちは私を守ろうと庇ってくれたが、所詮は非力な女ばかりだ。侍女たちも次々と引き立てられ、装飾品や衣類を奪われ、そして…その場に引き倒されては薄汚い男たちに繰り返し強姦された。若くして私に仕え、未通女も多かったというのに、彼女らは悲痛な悲鳴を上げ、母親に助けを求めた。だが、事が終わると男たちは彼女らを手に掛けて死に至らしめた。
ついに、私の番が来た。
大きな手で掴まれ、逃げることも出来ず、どれほど叫んでも助けは来ず、私には絶望しかなかった。
それでも竹蘭のように、この身を穢されるくらいなら命を絶つ、という覚悟が私には無かった。
それに、身分低い侍女や下働きの子供たちとは違い、私は曲がりなりにも王族・順親王の「夫人」と呼ばれる側女だ。大人しく男たちの言いなりになり、金品さえ渡せば、命ばかりは助かるものだと思っていた。
だが、彼らはただの「盗賊」ではなかったのだ。
押さえつけられた私は、次々と下卑た男たちに挑まれ、同時に複数の男たちが伸し掛かることさえあった。大金を払う妓楼でさえ、これほど残酷な行為は行われない、というようなことが我が身に起きていた。
私の体内は傷つけられ、出血し、押さえつけられた腕や肋骨も何か所か骨折していた。
ああ、もう死ぬのだと自覚した時、私は、竹蘭が愛する者を想い、そして愛され、どれほど幸せに死んでいったかと羨むことしか出来なかった。
そして、指の一本すら動かせなくなった私に、誰かが言った。
「お前のような卑しい娼婦の腹から、親王家の子供が生まれてなるものか」
その一言で、これはただの盗賊ではなく、親王府の本宅から送り込まれた者たちなのだと私はようやく悟ることができた。
その時、私の下腹部に激痛が走った。何者かが、鋭い刀剣を突き立てたのだ。
順親王の子供を孕むことが無いようにと、私の腹は引き裂かれた。
「この声で、親王殿下をたぶらかせよって!」
忌々し気に聞こえたそれは、女声だったような気がした。ただ、次の瞬間、喉を真横に切りつけられ、パックリと割れた首筋から血が飛び散った瞬間には、私はこと切れていた。
急ぎ「竹蘭亭」に駆け付けたものの、ただ騒ぐばかりの使用人たちに、早く火を消して、竹蘭を救うように命じようにも、誰にどう指示したらよいのか、私には分からなかった。
母屋に仕える執事が来て、ようやくまともな指示にて使用人たちが消火した頃には、「竹蘭亭」は全焼し、その中に誰のものとも分からぬほど燃え尽きた2人の遺体が見つかった。
ひしと抱き合い、炭化したことで引き離すことも出来ない2人に、私は初めて竹蘭に、命を懸けるほどの想い人がいたことを知ったのだ。
茫然自失となった私は、焼け焦げた遺体が竹蘭だと察すると、その場で失神し、「紅蘭亭」に運ばれ、そのまま寝付いてしまった。
竹蘭の最期を知った順親王は、私の事を心配し、本宅から急いで駆け付けてくれた。順親王に抱き締められ、ようやく私はホッとして、泣くことが出来た。
その後、竹蘭の数少ない使用人たちや、将軍を探しに来た騎兵の配下たちが、順親王に、あの黒焦げの遺体が竹蘭と将軍だと確信する理由を告げた。
それを隣で聞きながら、所詮は結ばれぬ定めとこの世を儚んだ2人の心中事件だという順親王の結論に、私は泣くしか出来なかった。
けれどその夜、竹蘭が私の夢枕に立ったのだ。
偶然に将軍と出会い、惹かれ合い、愛し合って、幸せだったこと。
辛いこと、悲しいことが多い人生だと思っていた竹蘭が、生まれてきて良かったと将軍に出会って初めて心から感じたこと。
そして、将軍を裏切り、辱めを受けるくらいなら死を選んで悔いはないとまで言ったのだった。
私は、こうして竹蘭に何が起きたか、そして竹蘭は今、愛し合う将軍と2人で永遠に共にあることを知った。
そう、同じ年、同じ日に生まれ落ちた私たちであったけれど、竹蘭は命を懸けて人を愛し、愛された。その生き方は私とはまるで違うもので、私はそんな熱く激しい想いを抱いて命を散らした弟を、幸せだったのだなと心から思った。
その後、たった1人の身内である竹蘭を喪った私を、順親王は労わってくれた。
そして、その無邪気な思いやりこそが、あの悪夢を呼び込んだのだ。
順親王が本宅へ足が遠のき、これまで以上に別荘で私と過ごす時間が長くなると、本宅の正妻たちは私を憎むようになっていった。
私自身は、なぜ自分がそこまで憎まれるのか、理由が全く分からぬほど、順親王相手に男女の情を感じていなかった。
なのに正妻の恨みは日に日に深まり、側室らまでもが正妻を唆した。当時、正妻にも側室にも男児がおらず、親王家の後継ぎを、この私が生むことを恐れていたのだ。
順親王が朝議のために本宅に戻っていた、ある夜のこと。
この別荘を、「盗賊」が襲った…。
実際は、「強盗」とは言えない。本宅の順親王府から、正妻たちから命令を受けた男の使用人が何人かが別荘に送り込まれ、彼らが荒々しい仕事をする者たちを雇ったのだ。
突然、見知らぬ男たちが「紅蘭亭」を襲った。
それはただの盗賊ではなく、それ以上の「悪意」を確かに有していた。
優美な紅蘭亭の飾り扉は叩き割られ、家具や飾り物は金目のものを漁るために乱暴に扱われ、高価な着物や宝石は、侍女たちが身に着けたものまで奪われた。
「あれだ!あの女が紅蘭だ!」
誰かが私を見つけて指さした。
日頃から私や順親王に恩を受けていた侍女たちは私を守ろうと庇ってくれたが、所詮は非力な女ばかりだ。侍女たちも次々と引き立てられ、装飾品や衣類を奪われ、そして…その場に引き倒されては薄汚い男たちに繰り返し強姦された。若くして私に仕え、未通女も多かったというのに、彼女らは悲痛な悲鳴を上げ、母親に助けを求めた。だが、事が終わると男たちは彼女らを手に掛けて死に至らしめた。
ついに、私の番が来た。
大きな手で掴まれ、逃げることも出来ず、どれほど叫んでも助けは来ず、私には絶望しかなかった。
それでも竹蘭のように、この身を穢されるくらいなら命を絶つ、という覚悟が私には無かった。
それに、身分低い侍女や下働きの子供たちとは違い、私は曲がりなりにも王族・順親王の「夫人」と呼ばれる側女だ。大人しく男たちの言いなりになり、金品さえ渡せば、命ばかりは助かるものだと思っていた。
だが、彼らはただの「盗賊」ではなかったのだ。
押さえつけられた私は、次々と下卑た男たちに挑まれ、同時に複数の男たちが伸し掛かることさえあった。大金を払う妓楼でさえ、これほど残酷な行為は行われない、というようなことが我が身に起きていた。
私の体内は傷つけられ、出血し、押さえつけられた腕や肋骨も何か所か骨折していた。
ああ、もう死ぬのだと自覚した時、私は、竹蘭が愛する者を想い、そして愛され、どれほど幸せに死んでいったかと羨むことしか出来なかった。
そして、指の一本すら動かせなくなった私に、誰かが言った。
「お前のような卑しい娼婦の腹から、親王家の子供が生まれてなるものか」
その一言で、これはただの盗賊ではなく、親王府の本宅から送り込まれた者たちなのだと私はようやく悟ることができた。
その時、私の下腹部に激痛が走った。何者かが、鋭い刀剣を突き立てたのだ。
順親王の子供を孕むことが無いようにと、私の腹は引き裂かれた。
「この声で、親王殿下をたぶらかせよって!」
忌々し気に聞こえたそれは、女声だったような気がした。ただ、次の瞬間、喉を真横に切りつけられ、パックリと割れた首筋から血が飛び散った瞬間には、私はこと切れていた。