紅蘭夫人エンディング

 私と竹蘭は、安全な場所に匿われ、遠くで人と人が争い、立ち回る大きな音を聞いていた。
 ただ2人で抱き合い、震えていた。

 そして、獣の咆哮のような声が聞こえたと思うと、急に静かになった。

 その後の事は、あまり覚えてはいない。
 女将に怪我は無いかと聞かれ、無いと答えると、風呂に入るように言われた。
 先ほど助けてくれた遣り手の小母さんではなく、見知らぬ小母さんが世話をしてくれた。

 私の頭から湯が注がれると、それは真っ赤に染まって滴った。
 私は、「商品」である私たちを、命を懸けて守ってくれた小母さんにお礼も言えなかった。





 あれほど評判となり、驚くほどの花代で知られた私たち姉弟だったが、この事件以降、「血みどろ姉弟」などと陰口を叩かれるようになった。

 物珍しさで宴会に「芸妓」として呼ばれることはあったが、誰も私たちを水揚げしたいとは言わなくなった。

 そして、1年後の15歳になった正月に、私たちは遠い広斉島の妓楼へと売り飛ばされたのだった。

 さすがに広斉までは「血みどろ姉弟」の噂は届いて居なかったのか、私たちは再び、人気の双子「芸妓」となった。そして半年後、私は涼国の王族に買われて水揚げされた。

 初めての行為に、もっと怯えるものかと自分でも思っていたが、さすがにあれほどの惨事を目の当たりにした後では、何事も動じるものでは無かった。

 あの時の商人よりも、もっとずっと年上の王族・順親王という人は、穏やかで優しい人だった。幼い頃の記憶はすでに消えてしまっていたが、「父親」というのはこういう人なのかもしれない、と思った。

 私を気に入ったという順親王が、身請けしたいと言い出したのは、それから1年後の事で、寛容な順親王は、竹蘭も共に身請けしてくれると約束してくれた。
 その頃、竹蘭もすでに水揚げを終え、幾人かの常連客に大切にされていたが、それでも稚児趣味の客からはそろそろ飽きられ、これからは体を売るよりも、琵琶の名手として身を立てるよう、妓楼の主から言い含められていた。
 順親王は、私を愛妾に、竹蘭を琵琶の楽師として身請けすることになり、私たちのために別荘まで用意してくれた。

 私たち姉弟は、妓楼から私の小間使いとして一緒に買われた子たちに、辺鄙な場所だと嫌がられた別荘に移った。
 確かにそこは、鄙びて何も無い土地だったが、それでも私たち姉弟にとっては、静かに暮らせる安寧の場所だった。

 順親王は、私には西の庭園を、竹蘭には東の庭園を与え、いつでも好きなように行き来することが許された。
 順親王は私を溺愛し、小間使いはもちろん、下働きの女中や出入りする男衆まで、厳しく管理した。
 一方で、竹蘭の体を求めることはしなかった順親王は、私の歌も竹蘭の琵琶の伴奏でこそ映えると言って、その琵琶の音を愛したが、竹蘭の使用人たちにはそれほど目を光らせることは無かった。

 だからだろう。
 東の庭園で独りぼっちの夜を過ごすことが多かった竹蘭は、寂しさを紛らわせるように夜毎、心のままに琵琶を奏でた。

 ある夜の事。その見事な琵琶の音に誘われて、近くの騎兵の訓練場に来ていた若い将軍が、東の庭園に入り込んだという。

 満月の明るい夜、月の精かと見まがうような美少年ぶりの竹蘭が弾く、宮廷楽師にも劣らぬ琵琶の演奏に、若き将軍は心を奪われた。
 そして、自分を恋い慕う将軍の熱い眼差しに、人肌を知らぬわけではない竹蘭も、ときめきを覚えたのは致し方が無い事だった。

 2人は一目で惹かれ合い、求め合い、すぐに深い仲になったが、そのことを順親王はもちろん、私でさえ知らなかった。





 秘められた2人の関係は、深まり行くばかりで、特に竹蘭は「一世一愛」の相手とばかりにのめり込み、将軍がいなければ生きていけないというほど思い詰めていた。
 外の世界を知らない、温室育ちの華奢な身で、竹蘭は逞しい将軍の激しい想いを幾度となく受け止め、夜毎の荒淫に少しずつ弱っていった。
 それさえも、暑気あたりだ、寒気のせいだと言い訳をし、その身を犠牲にしてまでも、竹蘭は将軍への愛だけを一途に追い求めていた。

 それほどに将軍を愛した竹蘭であったのに、それを知る者が順親王府内でほとんどいなかったことが、あの悲劇を招いたのだろう。

 若き将軍には、当然だったが結婚話が持ち上がる。しかし、将軍はそれを拒み、その頑なな態度を不思議に思った将軍の家族が、配下を使って調べさせた。
 そして、竹蘭の存在を知ってしまうのだ。

 名門の令嬢との結婚で、将軍の政治的な後ろ盾も盤石になる。そのためには、竹蘭が邪魔だった。
 ある者は、将軍に竹蘭がかつて男娼として身を売っていたことを告げ、ある者は竹蘭に将軍は結婚すればお前を捨てるのだと告げた。
 本来ならば、そのような讒言で引き裂かれるような2人の仲ではなかったが、繰り返し、繰り返し、まるで効き目の遅い毒を盛るように言い聞かせられたことで、少しずつ2人の心に疑心暗鬼が生じた。

 そこへ、最後のとどめとばかりに何者かがはかりごとをした。

 将軍が来るはずの夜。
 その少し前に、身分卑しい下郎が竹蘭のもとに送られた。
 将軍の訪れを待つ竹蘭は、僅か数人の使用人さえも下がらせて、たった1人で将軍を待っていた。
 そこを、下郎に襲われたのだ。可哀想に、体が弱っていた竹蘭には乱暴な男に抵抗する力は無く、捕らえらえ、押し倒され、その身を犯されそうになった時、ようやく手にした琵琶の撥で、竹蘭は自らの喉を突き、将軍への操を立てたのだ。
 その細い喉からは鮮血が吹き出し、飛び散った血で愛用の琵琶も染まった。
 決して殺すつもりでは無かった下郎は慌てふためき、雇い主の許しも得ずに、竹蘭の遺体を隠すため、「竹蘭亭」に火をかけた。

 将軍が異変に気付いて「竹蘭亭」に駆け付けた時には、もうすっかり火の手は回り、誰も竹蘭の安否を確かめることは出来なかった。
 にもかかわらず、将軍は火の中に飛び込み、息も絶え絶えだった竹蘭を見つけ、抱き上げた。
 だが、もう逃げ出すことは出来ない。

 2人はしっかりと抱き合い、互いの想いを確かめながら、業火に焼かれたのだった。

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