恭王殿下エンディング 

 盗賊が金目の物を持ち去り、順親王も病に倒れ、この別荘はそのまま荒れるに任せていたという。
 たくさんの遺体は西の庭園に埋められ、高名な僧侶が手厚く葬ったと言うが、さて、どうだか。

 それから50年ほど経って、すっかりこの別荘もただの荒れ地となり、人々も陰惨な事件を忘れてしまっていた。

 その頃は、もう騎兵の練兵場は別の地に移り、後の広大な土地は白洛から送られる野生馬の訓練場となったのだ。

 顧参緯は、その訓練場から新しい馬を購入するためにこの地へ来たと言う。

 言っておくが、ここから先は、余が直々に顧参緯から聞いた話だ。
 多少は参緯が自分に都合が良いように脚色しているかもしれぬが、な。

 訓練場の宿舎に泊まっていた顧参緯だったが、真夜中に目が覚めてしまい、月に誘われるように散歩に出たというのだ。
 そして、気が付くと西の庭園に迷い込んだという。

 月明かりが注ぐ「紅蘭亭」が、幻想的で、それは美しく心が奪われたと、顧参緯は言っていた。
 すると、その「紅蘭亭」から、聴いたことも無いような美しい音楽と歌声が流れて来たと言う。その音に導かれるようにして、顧参緯は「紅蘭亭」に近付いた。

 そこに居たのは、眼にも艶やかな美しい女性で、彼女を取り囲むように華やかな楽師や侍女が並んでいたという。
 顧参緯は、一目で彼女に夢中になった。彼女も、まんざらでは無かったらしい。そのまま2人は「紅蘭亭」で一夜を明かしたのだ。

 …お前のようにな、廷振。
 何を驚いておる。お前のしていることなど、余が気付かぬと思うのか。全く…。
 だがな、お前の素行の悪さには目を瞑ろう。その上で、大事な孫たちを預けるほど信用はしておる。余の信頼は裏切らぬ方がよいぞ。

 さて、すっかり紅蘭夫人の幽霊と懇ろになった顧参緯は、荒れ地と化していたこの土地を買い取り、新しく別荘を立て直したのだ。
 残酷な事件があったことも忘れるほどの、瀟洒で上品な別荘だった。
 余も何度もここへ遊びに来たものだ。今の公子たちと同じくらいの年頃で、何もかもが楽しかった。
 競馬をしたり、馬球をしたり、花見や芝居や管弦の宴…まことに華やかで、艶やかで、美しい日々だった…。

 だが、見事な別荘の母屋があるというのに、顧参緯はいつも西の庭園の小さな離れで休んだ。
 まだ幼かった余は不思議に思って訊ねたのだ、あの離れに何があるのだ、と。
 その時に、余は「紅蘭亭」や「紅蘭夫人」の事を聞いたのだ。

 余は、「紅蘭亭」に行くことを望んだが、顧参緯は許してはくれなかった。いや、本当は紅蘭夫人が拒んだのだと思う。

 廷振、何を面妖な顔をしておる。
 はあ?顧参緯が幽霊を妻としたことか?そう珍しい事ではあるまい。古来の書物に幽霊との結婚話は山ほどあるではないか。

 そうそう、そう言えばお前の「お相手」は、間違いなく生きた人間なのか?
 ふっふっふ。そんな顔をするな、お前が相当な浮名を流したのは知っておる。
 一時は、何かから逃げるように「秘め事」にのめり込んでいたようだが、今の「お相手」に定まって以来、大人しくなったではないか。
 いや、「お相手」が誰かは本当に知らぬ。知っていたとしても、余は何も言わぬよ。

 この別荘で…いや、「紅蘭亭」で暮らす顧参緯は実に幸せそうだった。

 なれど、余も成長し、この別荘にはそうそう気軽に来れぬようになった。それと同じくして、顧参緯も年々老いていく。
 生きた人と言うのはそういうものだ。しかし、幽霊は…、いつまでも姿を変えることはないのだ。

 顧参緯と紅蘭夫人は、睦まじく、穏やかに暮らしていたのだが、老いていく顧参緯と、いつまでも年を取らず、美しいままの紅蘭夫人は、一生を添い遂げることは出来ない身の上だった。

 やがて年老いて、本宅から動けなくなった顧参緯は、この別荘に戻って来ることが出来なくなった。

 その頃、余が顧参緯の病床へ呼ばれたのだ。
 そして、紅蘭夫人への手紙を託された。顧参緯がどれほど彼女を愛していたか、彼女を残してこの世を去ることがどれほどつらいか、そんな思いを綿々と綴った、本当に胸が締め付けられるような、切なく、美しい手紙だった。

 余は、その手紙を持ってこの別荘に来た。そして、初めて「紅蘭亭」に行ったのだ。

 それは昼間のことでな。余は、暗くなるのが恐ろしくなって、手紙を置いて「紅蘭亭」を出てしまったのだ。
 紅蘭夫人には、会えずじまいだった。

 実は…、顧参緯は、余に手紙を託した時にこう言ったのだ。

「手紙は紅蘭に手渡して欲しい、どれほど恋しく思っているか伝えて欲しい、あの世でまた会いたい」

 それなのに、まだ子供だった余は、その約束を守ることが出来なかった。外が暗くなり、幽霊と顔を合わせるなどというのが恐ろしくなった。それだけの理由で、顧参緯の真心が込められた大切手紙を、非礼なことに、余は牀台の上に置き捨てて、紅蘭夫人に一言も無く去ってしまった…。
 だから、紅蘭夫人は余を怒っているのだ。

 いや、もしかすると、余が紅蘭夫人に会い、顧参緯の死を告げることを拒んでいるのかもしれぬ。
 紅蘭夫人は顧参緯の死を認められず、いつかまた、顧参緯が「紅蘭亭」を訪れ、あの夢のように美しい日々が再開することを待っているのかもしれぬ。

 だから、紅蘭夫人は子供をからかったり、お前たちの「秘め事」を覗いたりという悪戯程度はするだろうが、人を連れ去ったり、苦しめたり、そんなことをする人…いや、幽霊ではない。

 ん?顔色が悪いぞ、廷振。
 お前たちの「お楽しみ」を、紅蘭夫人たちに見られているとは知らなかったからか?
 ふっふっふ。ま、紅蘭夫人で良かったと思うのだな。
 公子たちが「幽霊」の正体がお前だと知ったら、困ったことになるところだったぞ。

 とにかく、西の庭園は紅蘭夫人の夢の住処だ。むやみに踏み込まず、静かに過ごさせてあげなさい。

 お前たちの「お楽しみ」の場所は、他に探すと良い。いい場所が見つかればよいなあ。はっはっはっ。





~「恭王殿下 ED」 完結~

→「紅蘭夫人」改め「恭王殿下」のエンディングをお読みいただきありがとうございました。
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