恭王殿下エンディング
紅蘭夫人は、顧参緯の一番お気に入りの夫人だったが、その姿を見たものは、ほとんどいない。
それと、なぜか顧参緯がこの別荘を買って紅蘭夫人を連れてきたように思われているが、それは違う。紅蘭夫人が居たから、参緯はこの別荘を買ったのだ。
そうだ。
この別荘を買う前に、参緯はここへ来て、紅蘭夫人と出会い、彼女に恋して、彼女に逢うためにこの別荘を買ったのだ。
なに?彼女は何者かと?
そこから話を始めねばならんのか。
廷振、お前は本当に何も知らずにこの別荘に暮らしておったのか。呆れたものだな。
では、余が知っている限りのことは全て話しておこうか。
「紅蘭夫人」の話は、まずは100年前に遡らねばならない。そう、100年前から、この別荘はあるのだ。
100年前に、最初にこの別荘を建てたのは、当時の王弟・順親王だったのだ。
ある時順親王は、華陽から来たという妓女を2人買い、この別荘を建てて住まわせることにした。
1人は「紅蘭」と言う名で西の庭園の離れに住まわせ、もう1人は「竹蘭」と言う名で東の庭園の離れに住まわせた。
何を驚いておるのだ?
東の庭園に離れがあるのを知らなかった、だと?当たり前だ。余が生れるより前に焼失しておるわ。
2人は、妓楼では姉妹のように仲が良かったからという理由で、順親王に一緒に買われて来たのだが、実際一緒に暮らすようになると、順親王の寵愛は紅蘭の方ばかりに偏ってしまったのだ。
そうなるとまだ若く美しい竹蘭にとっては、寂しい毎日となったことであろう。
そんなある日、近くの練兵場に来た若い兵士と出会ってしまったのだ。これも運命だったのだろうなあ。
あ?またなんだ?この近くに練兵場など無い?
まったく何も知らんやつだ。当時は、今の軍用馬の調教場が、騎兵の練兵場だったのだ。
そう、騎兵の練兵場というのも不味かった。
歩兵より身分も高く、見栄えが良いのが騎兵だと言うのは、今も昔も変わらぬ。
寂しい竹蘭が、歳も近く、姿もいい騎兵と知り合って、恋に落ちぬわけが無い。
だが、相手は仮にも禁軍の兵士、恋に落ちたとて、気安く逢瀬が叶うものではない。孤独な竹蘭は兵士に恋焦がれて、泣き暮らす毎日だったという。
泣いて、泣いて、泣き尽くして、とうとう心の病になった竹蘭は、ある日、自らが暮らす「竹蘭亭」に火をかけたのだ。
そうすれば、あの兵士が救いに来てくれるとでも思ったのだろう。
だが助けが来る前に火が回り、竹蘭は1人で建物と共に焼け尽きたそうだ。
はあ?見てきたようなことを言う、だと?
余は観ておるのだよ。
今でこそ廃れてしまったが、余が子供の頃にはこの事件を脚色した「竹蘭亭」という芝居があったのだ。
芝居の最後に、恋と言う業火に包まれて舞うというのが、風紀上良く無いとして、その後上演禁止になってしまったのだが…。
そこが一番難しく、役者の腕の見せ所であったのに。今の役者であの芝居ができるとなると…。
ああ?芝居じゃなく、「紅蘭夫人」の一件…?。そうだったな。
まあ、そう焦るでない。
あの「紅蘭夫人」の事件も芝居になったようだが、親王家の忌まわしい話であるがゆえに、すぐに取り締まりにあったのだろう、余も舞台では見たことが無い。戯曲が残っていて、何本か目にしたことはあるが、どれも駄作だった。
姉妹同様の竹蘭を喪った紅蘭に同情した順親王は、ますます寵愛するようになり、本宅への足が遠のき、本宅の正妻や側室たちは紅蘭を憎むようになった。
今では考えられぬことだが、当時は正妻たちの恨みが激しくて、本宅の外にいる愛妾を襲わせるということが往々にしてあったというのだ。
そうは言っても、正妻らに命じられた使用人たちが、愛妾宅にて大騒ぎをし、屋敷を荒らして帰ってくる程度のものがほとんどだったらしいのだが…。
この時は違った。
正妻の恨みがよほど深かったのか、唆すような悪い側室がいたのか、その辺りの事情は今や誰にも分からぬが、とてつもないことが、この地で起きたのだ。
順親王が朝議のために本宅に戻っていた、ある夜のこと。
この別荘を、「盗賊」が襲ったのだ…。少なくとも、そういうことになっておる。
と、いうのも、騎兵の練兵場が近いというのに、使用人の誰一人として禁軍に助けを求めに行ったという記録がないのだ。実際、誰も救いを求めに行かなかったのか。行けなかったのか…。それとも、助けを求めて練兵場に駆け込んだものの…何か、あったのか。
なに、やけに詳しいと、な?
廷振王子、お前は自分の無知を棚に上げ、よくも余にそんな疑うような目を向け…。
まあ、よい。
実は、これを基にして新しい戯曲を作らせようと、いろいろ調べさせたことがある。当時の禁軍の日誌まで取り寄せてな。
禁軍の記録によると、翌朝、この別荘の静けさに気付いた近所の百姓が、惨い遺体を見つけ、すぐに禁軍に届けたとのことだったが…。生き残った者は誰一人無く、盗賊が何者だったのかはとうとう分からず仕舞い。事件が解決せぬ以上、芝居にも勢いが出ぬ。
余の芝居好きには感心するだと?生意気なことを言うでないわ。
実際、誰一人逃げられなかったのだとしたら、よほど別荘内部の事に詳しい者が「強盗」に通じていたか…。
もしくは…、これは、大きな声では言えぬが…、禁軍の一部が関わっていたとも考えられる。
これこれ、妙な声を上げるな、廷振。
申しておるではないか、これは100年も前のこと。今の禁軍に不備などあろうはずがない。
盗賊たちは紅蘭夫人を始め、使用人たちをも手当たり次第に乱暴に手籠めにし、一人残らず命を奪った。その中にはまだ幼い下働きの少年少女もいたというから残忍な話だ。
特に美しい紅蘭夫人は、まるで貪られるように辱められ、最後は腹を裂かれ、喉を掻き切られ、それは見るも無残な遺体だったと、当時の記録に残っていた。
おや、廷振、顔が歪んでおるぞ。怖いか、この話が。
公子たちは幽霊が恐いと騒いでいたようだが、結局は生きた人間が何より恐いということだ。
盗賊たちは誰一人捕まらなかったというのも、何か裏がありそうな話だな。
その後、紅蘭夫人の最期を聞かされた順親王は、そのまま病床に伏したと言われているが、恐ろしいのはここから先だ。
順親王の看病をするはずの正妻や側室たちが、その後わずか三カ月で全員亡くなったのだ。ある者は、急に原因の分からない病で衰弱し、またある者は、自慢の庭園の池に転落して溺れ死んでしまう。高楼から転落して亡くなったかと思うと、最後は正妻が発狂して首を括ったという。やはり、この正妻が首謀者だったのかもしれぬな。
広大な親王府に独り取り残された順親王は、その後しばらくして寂しく亡くなられたという。
知っておるか、その順親王府が今の曹霍将軍の練兵場だ。あの練兵場からは若い兵士がよく逃げ出すと言うが、決して曹霍将軍の訓練が厳しいというだけではあるまいと、余は思っておるよ。
それと、なぜか顧参緯がこの別荘を買って紅蘭夫人を連れてきたように思われているが、それは違う。紅蘭夫人が居たから、参緯はこの別荘を買ったのだ。
そうだ。
この別荘を買う前に、参緯はここへ来て、紅蘭夫人と出会い、彼女に恋して、彼女に逢うためにこの別荘を買ったのだ。
なに?彼女は何者かと?
そこから話を始めねばならんのか。
廷振、お前は本当に何も知らずにこの別荘に暮らしておったのか。呆れたものだな。
では、余が知っている限りのことは全て話しておこうか。
「紅蘭夫人」の話は、まずは100年前に遡らねばならない。そう、100年前から、この別荘はあるのだ。
100年前に、最初にこの別荘を建てたのは、当時の王弟・順親王だったのだ。
ある時順親王は、華陽から来たという妓女を2人買い、この別荘を建てて住まわせることにした。
1人は「紅蘭」と言う名で西の庭園の離れに住まわせ、もう1人は「竹蘭」と言う名で東の庭園の離れに住まわせた。
何を驚いておるのだ?
東の庭園に離れがあるのを知らなかった、だと?当たり前だ。余が生れるより前に焼失しておるわ。
2人は、妓楼では姉妹のように仲が良かったからという理由で、順親王に一緒に買われて来たのだが、実際一緒に暮らすようになると、順親王の寵愛は紅蘭の方ばかりに偏ってしまったのだ。
そうなるとまだ若く美しい竹蘭にとっては、寂しい毎日となったことであろう。
そんなある日、近くの練兵場に来た若い兵士と出会ってしまったのだ。これも運命だったのだろうなあ。
あ?またなんだ?この近くに練兵場など無い?
まったく何も知らんやつだ。当時は、今の軍用馬の調教場が、騎兵の練兵場だったのだ。
そう、騎兵の練兵場というのも不味かった。
歩兵より身分も高く、見栄えが良いのが騎兵だと言うのは、今も昔も変わらぬ。
寂しい竹蘭が、歳も近く、姿もいい騎兵と知り合って、恋に落ちぬわけが無い。
だが、相手は仮にも禁軍の兵士、恋に落ちたとて、気安く逢瀬が叶うものではない。孤独な竹蘭は兵士に恋焦がれて、泣き暮らす毎日だったという。
泣いて、泣いて、泣き尽くして、とうとう心の病になった竹蘭は、ある日、自らが暮らす「竹蘭亭」に火をかけたのだ。
そうすれば、あの兵士が救いに来てくれるとでも思ったのだろう。
だが助けが来る前に火が回り、竹蘭は1人で建物と共に焼け尽きたそうだ。
はあ?見てきたようなことを言う、だと?
余は観ておるのだよ。
今でこそ廃れてしまったが、余が子供の頃にはこの事件を脚色した「竹蘭亭」という芝居があったのだ。
芝居の最後に、恋と言う業火に包まれて舞うというのが、風紀上良く無いとして、その後上演禁止になってしまったのだが…。
そこが一番難しく、役者の腕の見せ所であったのに。今の役者であの芝居ができるとなると…。
ああ?芝居じゃなく、「紅蘭夫人」の一件…?。そうだったな。
まあ、そう焦るでない。
あの「紅蘭夫人」の事件も芝居になったようだが、親王家の忌まわしい話であるがゆえに、すぐに取り締まりにあったのだろう、余も舞台では見たことが無い。戯曲が残っていて、何本か目にしたことはあるが、どれも駄作だった。
姉妹同様の竹蘭を喪った紅蘭に同情した順親王は、ますます寵愛するようになり、本宅への足が遠のき、本宅の正妻や側室たちは紅蘭を憎むようになった。
今では考えられぬことだが、当時は正妻たちの恨みが激しくて、本宅の外にいる愛妾を襲わせるということが往々にしてあったというのだ。
そうは言っても、正妻らに命じられた使用人たちが、愛妾宅にて大騒ぎをし、屋敷を荒らして帰ってくる程度のものがほとんどだったらしいのだが…。
この時は違った。
正妻の恨みがよほど深かったのか、唆すような悪い側室がいたのか、その辺りの事情は今や誰にも分からぬが、とてつもないことが、この地で起きたのだ。
順親王が朝議のために本宅に戻っていた、ある夜のこと。
この別荘を、「盗賊」が襲ったのだ…。少なくとも、そういうことになっておる。
と、いうのも、騎兵の練兵場が近いというのに、使用人の誰一人として禁軍に助けを求めに行ったという記録がないのだ。実際、誰も救いを求めに行かなかったのか。行けなかったのか…。それとも、助けを求めて練兵場に駆け込んだものの…何か、あったのか。
なに、やけに詳しいと、な?
廷振王子、お前は自分の無知を棚に上げ、よくも余にそんな疑うような目を向け…。
まあ、よい。
実は、これを基にして新しい戯曲を作らせようと、いろいろ調べさせたことがある。当時の禁軍の日誌まで取り寄せてな。
禁軍の記録によると、翌朝、この別荘の静けさに気付いた近所の百姓が、惨い遺体を見つけ、すぐに禁軍に届けたとのことだったが…。生き残った者は誰一人無く、盗賊が何者だったのかはとうとう分からず仕舞い。事件が解決せぬ以上、芝居にも勢いが出ぬ。
余の芝居好きには感心するだと?生意気なことを言うでないわ。
実際、誰一人逃げられなかったのだとしたら、よほど別荘内部の事に詳しい者が「強盗」に通じていたか…。
もしくは…、これは、大きな声では言えぬが…、禁軍の一部が関わっていたとも考えられる。
これこれ、妙な声を上げるな、廷振。
申しておるではないか、これは100年も前のこと。今の禁軍に不備などあろうはずがない。
盗賊たちは紅蘭夫人を始め、使用人たちをも手当たり次第に乱暴に手籠めにし、一人残らず命を奪った。その中にはまだ幼い下働きの少年少女もいたというから残忍な話だ。
特に美しい紅蘭夫人は、まるで貪られるように辱められ、最後は腹を裂かれ、喉を掻き切られ、それは見るも無残な遺体だったと、当時の記録に残っていた。
おや、廷振、顔が歪んでおるぞ。怖いか、この話が。
公子たちは幽霊が恐いと騒いでいたようだが、結局は生きた人間が何より恐いということだ。
盗賊たちは誰一人捕まらなかったというのも、何か裏がありそうな話だな。
その後、紅蘭夫人の最期を聞かされた順親王は、そのまま病床に伏したと言われているが、恐ろしいのはここから先だ。
順親王の看病をするはずの正妻や側室たちが、その後わずか三カ月で全員亡くなったのだ。ある者は、急に原因の分からない病で衰弱し、またある者は、自慢の庭園の池に転落して溺れ死んでしまう。高楼から転落して亡くなったかと思うと、最後は正妻が発狂して首を括ったという。やはり、この正妻が首謀者だったのかもしれぬな。
広大な親王府に独り取り残された順親王は、その後しばらくして寂しく亡くなられたという。
知っておるか、その順親王府が今の曹霍将軍の練兵場だ。あの練兵場からは若い兵士がよく逃げ出すと言うが、決して曹霍将軍の訓練が厳しいというだけではあるまいと、余は思っておるよ。