这个夏天我们并肩走~この夏ボクらは並んで歩こう~

「……」「……」

 一番盛り上がるはずの夕食の時間になった。
 いつもはたくさん並ぶご馳走に大はしゃぎする羽小敏や申玄紀が黙り込み、疲れも含めて顔色が悪い煜瑾も口を開かず、元々物静かな文維が黙々と箸を進めるだけで、合宿が始まって以来の静かな夕食となった。

「ねえ…小敏兄様…」

 重い口調で、唐突に玄紀が口を開いた。

「なあに?」

 いつもニコニコしている小敏も、なんとなく情けない顔をしている。

「今夜、同じお部屋で寝てはいけませんか?今夜、1人で寝るのはイヤだなあ」

 心許ない声で玄紀が言うと、煜瑾もハッとした表情になった。

「煜瑾侯弟も、お1人では不安ですか?」

 その顔色に気付いた文維が優しく声を掛けると、煜瑾はギュッと唇を噛んで俯いてしまった。

「大体、みんな李豊さんにからかわれているのに気付かないのですか」

 呆れたように文維は言って、珍しく声を出して笑った。

「え?文維兄上、どういう意味ですか?」

 驚いた小敏が聞き返すと、玄紀や煜瑾が身を乗り出した。

「この別荘の前の持ち主が、顧参緯さまだというのは本当だと思うけど…」
「けど?」
「そんな幽霊話は聞いたこともない」

 そこまで言って、文維は食事を終えて箸を置き、食後に侯爵からの差し入れの果物と、羽家の梅汁が供されるのを待った。

「それは、文維公子が知らないだけなのでは?」

 恐る恐るといった感じで煜瑾が言うと、文維は穏やかに微笑んで首を横に振った。

「顧参緯さまのお父上が戴王殿下だと、李豊さんが言っていたでしょう?」

 文維が言うと3人はコクコクと素直に頷いた。

「安瑶の戴王府は、今は有りませんが、その場所は恭王府となっているのを知っていますか?」
「え?」

 そこへ、侍女が食後にと切ったスイカと冷えた梅汁を運んできた。

「はあ、羽家の梅汁は、本当に疲れが取れる」

 文維は小敏を慰めるように微笑んだ。だが年下の3人は続きが気になるようで、仔犬のような目で何も言わずに話を待っている。
 それを承知した文維は、梅汁をもうひと口飲んで、一度、食膳の上に置いた。

「つまり、私のお祖父さまである恭王殿下は、戴王殿下とお付き合いがあり、顧参緯さまをよくご存じなのです」
「へえ~」

 意外な繋がりに、3人は素直に感嘆した。

「だから、私がこのたびこちらへ来ることになったとお聞きになった恭王殿下が、懐かしく思われて、事前にお話に来られてね。この別荘のこともご存じで…。でも幽霊話なんてされなかった。あの芝居好きの恭王殿下が、そんな物語を御存じなら黙っておられるはずが無いよ」

 クスクスと笑いながら文維は年下の3人に西瓜を手渡し、食べるように促した。

「けれど、幽霊話は李豊さんの作り話だとしても、あの西の庭園に行ってはいけない理由があるのでしょう。子供騙しな手だが、私たちを危険から守ろうという李豊さんの配慮でしょうから、みんなは騙されたふりをしておきなさい」

 文維が大人びた様子でそう言うと、玄紀と煜瑾はホッとした表情になり、小敏はまた違う疑問に好奇心が隠せない。

「ねえねえ、文維兄上。西の庭園の危険ってなんですか?」
「小敏…また…」

 無邪気な小敏に文維は頭を抱える。

「例えば、危険な動物がいるとか、古い枯れ井戸があるとか、とにかく近寄らないほうがいいんですよ」

 玄紀と煜瑾は、安心した途端にお腹が空いたのか、慌てて残りの食事を平らげている。
 小敏も、なんとなく納得できない顔をしているが、箸を持ち直し、自宅では食べられないご馳走を片付け始めた。

「確かに、お祖父さまも『紅蘭亭』のことをおっしゃっていましたが、それは参緯さまの奥方の名前にちなんだものだと伺っていますよ。参緯さまが最愛の奥方と過ごされるために小さな離れを作り、そこに奥方の名前を付けたのだ、と」

 確かに、紅蘭とは女性の名前だ。

「な~んだ。じゃあ幽霊なんていないんですね」

 心からガッカリしたように小敏は言い、煜瑾の顔色は随分と良くなった。

「この別荘に幽霊はいないと思うけど…」

 それまで穏やかで優しかった文維の声が、ふと真剣なものに変わった。

「?」
「幽霊は、本当に存在するよ」

 真面目な文維の言葉に、またも煜瑾の顔は青ざめ、玄紀は泣きそうな顔をして、いそいそと小敏の隣に寄り添う。

「本当なの、文維兄上?」

 相変わらず目を輝かせているのは小敏1人だ。

「ぶ、文維公子…『子は怪力乱神を語らず』と論語にもありますよ」
「イヤだなあ。才子は、怪談なんかしちゃいけないんでしょう?」

 煜瑾と玄紀は小敏に縋りつくようにして、文維に訴えるが、その眼はすっかり怯えていた。

「これは恭王殿下に伺ったので、本当にあったことですよ」

 文維は、ここで、ニヤリと意地悪く笑った。それがもう恐ろしく、煜瑾は小敏に身を摺り寄せたまま、両手で耳を塞いでしまった。
 玄紀も恐ろしいのは恐ろしいのだが、煜瑾よりは怖いもの見たさの好奇心が勝るようだ。それでも、平然としている小敏にピタリと寄り添っているのは同じだった。

「…これは、私のお祖父さまである恭王殿下が、まだ王宮にお暮らしの頃のお話なんだけどね…」

 食後、寝入るまでの時間は少年たちの自由時間だ。
 今夜はその時間は、文維の語る怪談を聞く時間となってしまったのだった…。





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