【申玄紀】ルート
「あ~あ」
申玄紀の大きなため息に、帰り支度をしていた羽小敏は振り返った。
「小敏兄様~、私はもうダメです~」
「何を言ってるんですか、玄紀公子?」
心配そうに小敏は近付き、申玄紀の元気のない顔を覗き込んだ。
「イヤだなあ。こんなにたくさんの文字を2日で写して、全部覚えなさいなんて…。蘇老師は意地悪です」
「う~ん」
確かに、申玄紀が蘇三涛老師から与えられた課題は少なくはないが、2日もあれば十分書き写せるだろうと羽小敏は思う。
「こんなに書写したら、私の腕は壊れてしまいます」
「泣き言を言うな。お前は自分に甘すぎる」
横から冷ややかに言う唐煜瑾に、慌てて羽小敏の後ろに隠れ、申玄紀は見えないように舌を出した。
「イヤだなあ。馬球大会を前に、腕が壊れてしまったら…」
「お前はいつも、イヤだ、イヤだ、ばかりで、向上心がない」
唐煜瑾は、幼い頃から良く知る、成長の無い申玄紀に厳しくそう言い放ち、庇うような小敏にも蔑むような視線を送り、教室である講堂から、侍従の青年と共に出て行った。
(何だよ、アレ)
さすがにムッとした小敏だが、相手はこの私塾を開く侯爵の弟君だ。ここでケンカになっても得にはならない。
それよりも…。
「ねえ、玄紀公子。あんなことを言われて悔しくないのですか?」
「悔しいですよ、そりゃ。…でも煜瑾侯弟は、いつもあんな風に意地悪なことを言うんです。イヤだなあ、いつもバカにされてばっかり…」
朝はあれほど元気な少年だった申玄紀が、これほどに萎れている様子に、小敏は可哀想になった。
そして、ふいに思い付いて、満面の笑顔で申玄紀に申し出た。
「じゃあ、見返してやろうよ?」
「どうやって?」
小敏は少年らしい茶目っ気たっぷりの表情で、申玄紀に顔を近づけた。
それは2人で秘密を共有するようで、申玄紀もワクワク、ドキドキする。
「もちろん、この課題を今日中に終わらせ、明日、みんなの前で老師に褒められればいい」
「そんなの…私には無理です…」
期待を裏切られたように、申玄紀はガッカリして肩を落とした。そんな申玄紀に、小敏は慰めるようにポンポンと背中を叩いた。
「そんなこと無い。ボクが手伝うよ」
「本当に?」
思わぬ申し出に、申玄紀の大きな目がパッと見開いた。
「うん。ちゃんと課題を終え、次に馬球大会で優勝すれば、いくら侯爵の弟でも、もう玄紀公子をバカにしたりできないよ」
「え?馬球大会で優勝?」
きょとんと見つめる申玄紀に、小敏は大きく頷いた。
「うん、ボクと玄紀公子なら他に並ぶ者はないよ。優勝は間違いない」
「小敏兄様が、私と組んで恭王殿下の馬球大会に出て下さるの?」
「ああ、もちろん。君さえよければね」
見る見るうちに申玄紀は目を輝かせ、勢いで小敏の両手を取って握りしめた。
「イヤだなあ、断るはず、無いですよ。嬉しいな~、羽小敏兄様と馬球大会に出られる~」
申玄紀は大はしゃぎで立ち上がった。そしてハッと思い付いて小敏を振り返る。
「小敏兄様!課題はうちでやりましょう」
「伯爵家で?」
高名な安承伯爵家にいきなり招かれるとこになり、小敏は驚いた。
「ボクなんかがお邪魔してもいいのかなあ」
「イヤだなあ、羽厳将軍家の小敏兄様ともあろう方が、何の遠慮がいるというのです」
申玄紀は無邪気にそう言うが、小敏は安承伯爵家と聞いただけでも緊張する。
今の安承伯爵と言えば、名門伯爵家の当主となる前に科挙試験にも合格し、名実ともに備え持つ、国王陛下の信任も厚い方だ。
「ボク…」
戸惑う羽小敏に、申玄紀は可愛い顔に似合わぬ、馬球で鍛えた硬い手で小敏の手を引いた。
「父上も、羽厳将軍の事は尊敬されておられます。そのご子息の小敏兄様が私の学友となったと知れば、きっと父上も喜んで下さいます。ぜひ、来て下さいよ~」
甘えるように腕に縋り、申玄紀は小敏を誘った。そんなひたむきな申玄紀の目に、羽小敏も断りにくくなる。
「じゃあ、課題を一緒にやるだけ、ね」
「嬉しい~!」
大喜びの申玄紀は、羽小敏の手を取り、急いで教室を出ようとした。
申玄紀の大きなため息に、帰り支度をしていた羽小敏は振り返った。
「小敏兄様~、私はもうダメです~」
「何を言ってるんですか、玄紀公子?」
心配そうに小敏は近付き、申玄紀の元気のない顔を覗き込んだ。
「イヤだなあ。こんなにたくさんの文字を2日で写して、全部覚えなさいなんて…。蘇老師は意地悪です」
「う~ん」
確かに、申玄紀が蘇三涛老師から与えられた課題は少なくはないが、2日もあれば十分書き写せるだろうと羽小敏は思う。
「こんなに書写したら、私の腕は壊れてしまいます」
「泣き言を言うな。お前は自分に甘すぎる」
横から冷ややかに言う唐煜瑾に、慌てて羽小敏の後ろに隠れ、申玄紀は見えないように舌を出した。
「イヤだなあ。馬球大会を前に、腕が壊れてしまったら…」
「お前はいつも、イヤだ、イヤだ、ばかりで、向上心がない」
唐煜瑾は、幼い頃から良く知る、成長の無い申玄紀に厳しくそう言い放ち、庇うような小敏にも蔑むような視線を送り、教室である講堂から、侍従の青年と共に出て行った。
(何だよ、アレ)
さすがにムッとした小敏だが、相手はこの私塾を開く侯爵の弟君だ。ここでケンカになっても得にはならない。
それよりも…。
「ねえ、玄紀公子。あんなことを言われて悔しくないのですか?」
「悔しいですよ、そりゃ。…でも煜瑾侯弟は、いつもあんな風に意地悪なことを言うんです。イヤだなあ、いつもバカにされてばっかり…」
朝はあれほど元気な少年だった申玄紀が、これほどに萎れている様子に、小敏は可哀想になった。
そして、ふいに思い付いて、満面の笑顔で申玄紀に申し出た。
「じゃあ、見返してやろうよ?」
「どうやって?」
小敏は少年らしい茶目っ気たっぷりの表情で、申玄紀に顔を近づけた。
それは2人で秘密を共有するようで、申玄紀もワクワク、ドキドキする。
「もちろん、この課題を今日中に終わらせ、明日、みんなの前で老師に褒められればいい」
「そんなの…私には無理です…」
期待を裏切られたように、申玄紀はガッカリして肩を落とした。そんな申玄紀に、小敏は慰めるようにポンポンと背中を叩いた。
「そんなこと無い。ボクが手伝うよ」
「本当に?」
思わぬ申し出に、申玄紀の大きな目がパッと見開いた。
「うん。ちゃんと課題を終え、次に馬球大会で優勝すれば、いくら侯爵の弟でも、もう玄紀公子をバカにしたりできないよ」
「え?馬球大会で優勝?」
きょとんと見つめる申玄紀に、小敏は大きく頷いた。
「うん、ボクと玄紀公子なら他に並ぶ者はないよ。優勝は間違いない」
「小敏兄様が、私と組んで恭王殿下の馬球大会に出て下さるの?」
「ああ、もちろん。君さえよければね」
見る見るうちに申玄紀は目を輝かせ、勢いで小敏の両手を取って握りしめた。
「イヤだなあ、断るはず、無いですよ。嬉しいな~、羽小敏兄様と馬球大会に出られる~」
申玄紀は大はしゃぎで立ち上がった。そしてハッと思い付いて小敏を振り返る。
「小敏兄様!課題はうちでやりましょう」
「伯爵家で?」
高名な安承伯爵家にいきなり招かれるとこになり、小敏は驚いた。
「ボクなんかがお邪魔してもいいのかなあ」
「イヤだなあ、羽厳将軍家の小敏兄様ともあろう方が、何の遠慮がいるというのです」
申玄紀は無邪気にそう言うが、小敏は安承伯爵家と聞いただけでも緊張する。
今の安承伯爵と言えば、名門伯爵家の当主となる前に科挙試験にも合格し、名実ともに備え持つ、国王陛下の信任も厚い方だ。
「ボク…」
戸惑う羽小敏に、申玄紀は可愛い顔に似合わぬ、馬球で鍛えた硬い手で小敏の手を引いた。
「父上も、羽厳将軍の事は尊敬されておられます。そのご子息の小敏兄様が私の学友となったと知れば、きっと父上も喜んで下さいます。ぜひ、来て下さいよ~」
甘えるように腕に縋り、申玄紀は小敏を誘った。そんなひたむきな申玄紀の目に、羽小敏も断りにくくなる。
「じゃあ、課題を一緒にやるだけ、ね」
「嬉しい~!」
大喜びの申玄紀は、羽小敏の手を取り、急いで教室を出ようとした。
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