你是唯一 ~Still The One~

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 上海・浦東プートン新区のとあるオフィスビルの5階と6階に、日系企業の桜花企画活動公司サクラ・イベントオフィスはある。

 社名はイベント会社となっているが、業務内容は上海を足掛かりに中国市場へ進出する日本企業の支援が中心で、中国ビジネスへの経営コンサルもおこなっていた。

 営業部はそのビルの5階にあり、今日月曜の午前中は、部長と5人の各班の主任との業務分担や現状報告のミーティングが恒例だ。

 もちろん主任が顔を出せねばならない特別なイベントや重要な案件を抱えるチームの主任は欠席となる。今朝は、第1班の折田おりた主任が欠席だった。

「ほな、能見のうみ3班、馬宏マー・ホン4班は先週からの案件を引き続き進めて下さい。深井ふかい2班は今日の午後から大阪のクライアントと杭州のイベントへ向かって下さい。連絡係で残るのは?」

 関西弁を使う、人好きのする部長に確認されると、5人の主任のうち唯一の女性である深井麻衣子ふかい・まいこが、柔らかい笑顔で答える。

孫安麗スン・アンリーさんがオフィスでの待機要員です」

 主任まで務める有能な深井女史だが、いつもフワフワとした笑顔で優しい印象でクライアントからの人気も高い。

「分かりました。で、折田1班は明後日まで広州の国際見本市に全員が当たっているので、何かあれば各班の手の空いている人がフォローしてください。で、ラン主任の5班は…」



 ミーティングを終えると、それぞれ主任たちは自分のチームへと戻り、今週の仕事の割り振りなどをメンバーに伝える。

 会議室に残ったのは、加瀬志津真かせ・しづま部長と、5班の郎威軍ラン・ウェイジュン主任だった。

 今週末、台北タイペイでは文房具の見本市が行われることになっている。主に台湾ブランドの出品だが、次回から台湾でも人気のある海外ブランドのブースも出店することができるようになったのだ。そうなると今後、海外ブランドとして自社のクライアントも出店する可能性もあると、桜花活動企画公司からも現地調査として社員を出張させることになった。

 そして、今回、担当として選ばれたのは、営業部長の加瀬志津真と、営業部第5班の主任である郎威軍である。

 会議室に残った2人はその台北出張のための「打ち合わせ」をしているはずだった。

「なあ、見本市が終わった日曜日にすぐ上海へ帰るんやなくて、もう1泊せえへんか?」

 甘えたように、魅力的な猫撫で声で加瀬部長が言うと、ノートパソコンで出張用の書類作りをしていた郎威軍主任は、その柳眉を寄せた。

 艶めかしいほどの長い睫毛に縁取られた大きな目や、スッと通った細く高い鼻梁や、薄く引き締まった唇など、左右対称の精緻な顔立ちで、まるで少女マンガから抜け出してきた気品のある王子様のような完璧な容姿の郎威軍は、その卓越した能力と相まって「アンドロイド」と渾名あだなされている。

 その美貌をうっとりとした目で見詰めながら、ミーティング用に持ち込んだ、冷めた甘いコーヒーを加瀬部長は一口飲んだ。

 元は日本の経済産業省の官僚出身で、エリートでありながら柔らかい関西弁で人当たりが良い、部下にも人気の部長だ。清潔で整った容姿ながら決してカッコ良すぎないところに、甘く色気のある声や人懐っこいチャーミングな笑顔で、人たらしと呼ばれるほど人心を把握するのが巧みだった。

 そんな2人は、実はカラダの関係もある恋人同士なのだ。

「今、なんと?」

 加瀬部長の提案に、郎主任はあからさまに呆れかえった表情で上司の顔を見返す。

「せっかくの台湾やしな~。温泉で1泊して、のんびりしたいな~」

 チラチラと、部下の反応を窺いながら、加瀬部長はねだるように言ってみる。

「また有休を取るっていうんですか?管理職のくせに、安易に有休使い過ぎです」

 ゆっくりとノートパソコンを閉じながら、郎主任は上司をたしなめる。

「けど、『まだ半分』残ってるし…」

 しっかりと残りの有休を確認しているあたり、加瀬部長の周到さがうかがえる。本気で有休を取得するつもりらしい。

「そう言うのは、『もう半分』も使ったと言うんですよ」


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 2人きりだという安心感からか、少しリラックスした態度でデスクに肘をついて流し目を送りながら一家言与える郎主任だったが、その何気ない仕草が、妙に艶めかしい。

「お前かて…」

 ここが職場であることを何とか忘れずにいた加瀬部長は、さすがに郎主任の妖艶さにも煩悩を抑え、生唾を呑み込むついでに、小さな声で呟いた。

 確かに2人の有休は、ほぼ重複していて、同じ日に休むことが多い。

「何か、言いました?」

 冷ややかな声の郎主任を、これ以上不機嫌にさせるのはさすがにマズイと察した加瀬部長は、お得意の人たらしならではの魅惑的な笑顔を浮かべて、媚びるように恋人に言った。

「台北、楽しみやな」

 人の心を瞬時に掴む、恋人の笑顔と甘い声に、冷淡な態度を取っていた郎主任もとうとう破顔した。

「宿泊先の部屋は別ですからね」

 しょうがないと苦笑しながらも、それでも生真面目な郎主任は公私の区別をつけるべく、きちんと釘を刺した。

「分かってるって」

 例え視察の仕事とは言え、最愛の人との宿泊旅行だ。部長の頬は緩みっぱなしになる。

 どうしても宿泊したいホテルがあるからと、今回の飛行機とホテルの手配は部長自らがすると言って聞かなかった。

 だが、2人の関係を考えると、悪ふざけの好きな加瀬部長のことだ、郎主任との出張ともなればツインルームかダブルルームを、わざと1室しか予約しないこともあり得る。それをよく承知している郎主任は、わざわざ「別室に」、と念を押したのだ。

「土日は忙しいし、ロクに観光もできひん。2人きりでの台北は初めてやろ?ちょっとは楽しんでも…」
「考えておきますね」

 部長でさえ黙らせるような、恋人にしか見せない綺麗な笑顔を浮かべて、郎主任は軽くいなした。

「では、今日の仕事に戻ります」

 そう言って主任は立ち上がった。今週はチームに連日のクライアント対応が待っている。主任がうまく割り振りする必要があり、みんなそれを待っているのだ。

「じゃ、また後で、な」
「はい」

 楽しい打ち合わせを終え、軽いキスを1つ交わして、2人は会議室を出て仕事へと戻っていった。

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