異国を走れば厄介に当たる
飛行機を乗り継ぎ、二人はアメリカに到着した。空港まで迎えに来ているトーマスの車に乗り込み、郊外にある彼の家まで向かう道中、誰も言葉を発することはなかった。
家に入り、荷物を運びこんだオリヴェールはトーマスの前で封筒を振って見せ、鋭い視線で彼を射抜く。
「……どういうことか、ちゃんと説明してもらわねぇとなァ。俺達はなんで命を狙われるような展開になってんだ!『もしかしたら知られざる少数民族出身者がクレイジーなマラソン大会に出るかもしれないから詳細を知るために忙しい俺の代わりに取材してくれ案件』ってだけじゃあなかったのかよ!」
「……間違ってない、正にそのままだよ、オーリに頼んだのは!」
オリヴェールの怒りを含んだ勢いに押されながらも、トーマスははっきりと言い返す。
「俺に頼んだのは、って事は他にも目的があったのかよ?」
微妙な言い回しに引っかかりを覚え問い詰めると、トーマスは降参という意思を示すよう両手を上げた。このままではヒートアップする一方だと思い、ソファに座るようオリヴェールに言う。言い合う二人から少し離れたところで困った様子のイグナシオにも、ソファへ座ることを促した。怒りのままにソファへどっかりと腰を下ろしたオリヴェールの横に、イグナシオは静かに近付いてきてそっと座る。
トーマスはキッチンでコーヒーを準備し、座っている二人の前にそれぞれ置いていく。
オリヴェールがコーヒーの入ったマグカップを手にしたところで、空いているソファに腰を下ろしたトーマスが詳細を話し始めた。
「……まず、二人には厄介なことに巻き込んでしまって申し訳なかった。実害は及ばないだろうと思っていたんだが……」
「…この際、過ぎたことはいいんだよ、本題だ、本題」
オリヴェールに促され、トーマスはため息をひとつ吐き出してから続ける。
最初は南米系ギャングの資金の流れについて追っていたことを話し出す。その時点で結構ヤバめな案件じゃないか、とオリヴェールが口を挟んでくるが、イグナシオに話の腰は折らないほうがいいのでは、と服を引っ張られて止められていた。
資金調達の調査をする過程で、人間を賭けの対象にしている賭場が立っているという噂を聞きつけた。トーマスはそこに視点を当てることにしたのである。借金で首が回らなくなった者に勝負で勝てば借金がなくなる、と言葉巧みに誘い出していたようだ。そして彼らの行く先は闇の中である。
調査を進めていく内に、借金を抱えている者以外に地方の、これまた僻地にて懸命に家族や集落の生活を支えている若者にも声をかけていることがわかってきた。正にイグナシオのように、自分の住んでいる集落が少しでも豊かになるのなら、と考える勤勉な若者を。
「…そういうの知ったら居ても立ってもいられなくって、どうにか阻止できないモンかと。しかも調査の過程でまだ知られざる少数民族の可能性まで出てきたから、ギャングの資金調達については俺が、少数民族取材はオーリに頼んだんだ」
「……行けなくなって、って言ってきたのはそれが理由だったんだな…!」
詳細を聞けば思った以上に危険と隣り合わせだったことがよくわかる。静かに話を聞いていたイグナシオは、小首をかしげてトーマスを見つめていた。
「……トーマス、サン。違います、トーマスサンじゃないデスよね、最初の人」
「……何、言ってんだ? こいつはトーマス・スミスそのものだぞ?」
「最初のチップと電話番号の人、トーマスサンじゃなかったデス。全く別の人。でも、この手紙くれた人はトーマスサン。……何故デス?」
些か複雑な話を聞き、不信感を纏わせながらイグナシオが問う。何しろ、直接命の危機に直面したため、その全てを信じることができていないようだった。
「…最初にイグナシオに接触してきた男はギャングの下っ端だよ。途中でその男に成り代わって、君と連絡を取っていたんだ。それに現地で君をサポートしていた人間は俺の知り合いで固めた、もし他の参加者がレース中に強硬手段に出てもカバーできるように。……まぁ、強硬手段に出た奴がいたのがレース終わりだったのは予定外だったけれど」
「……そうデシたか。でもそれはそれ、ワタシのホントの心配は別にありマス。ちゃんと学校建設のおカネを得ることです。それが成し遂げられれば、アナタがホントのトーマスサンかどうかは問題じゃないデス」
「資金については心配しないでくれ。それは準備してあるし、落ち着いたら教科書とか、必要な物も揃ってから届けようと思っていたんだ」
本来の目的が成し遂げられる、とわかったイグナシオから警戒心が少し薄れたようだ。その様子にトーマスは軽く微笑みかけ、まぁ本当のトーマスかどうかで言ったら、俺は本当のトーマスだよ、と改めて説明をしている。
