異国を走れば厄介に当たる
イグナシオは店を飛び出してから、人のいない裏路地を選んで走り続ける。動いていれば男の射撃など怖くない。当たるわけない、と確信しているからだ。走るのを止めなければ逃げ切るチャンスは出てくるハズだ、と。
しかし土地勘などない場所で、ぐるぐると似たような裏路地を走っていると、自分がどの方角を向いているのかわからなくなってしまう。確認する余裕もない。
不意に角を曲がって別の道に走り込んだところで、屈強そうな男とぶつかってしまった。
「!!」
「……ってぇな! 何だ、このガキ!」
イグナシオが見上げた先には、筋骨隆々とした男が立っている。イグナシオはまずい、と思って後ずさるが、腕を掴まれてしまった。その握力はとても抜け出せるものではない。
「……なんだぁ? ネイティブアメリカンのガキか?」
ぐい、と上に引き上げられ、簡単に地面から足が離れる。余程、珍しかったのか男はまじまじとイグナシオを観察している。彼としてもこんなところで捕まっている場合ではなく、逃げ出そうとジタバタ暴れてみるが全く歯が立たない。
しかも後ろには追いかけてきた男の気配が近付いてきたことを感じる。こんな状態ではただの的だ。いよいよまずい、と焦った時、銃声が数発響いた。そしてその内の一発が、イグナシオを掴んでいる男の足に命中する。男は大きく呻き、よろめくがイグナシオを掴む手の力は緩まなかった。むしろ痛みに耐えようと、手にはより力が込められていく。これでは右腕が握り潰されてしまいそうだ。
「ゴメンくださいね……!」
ケガ人に手を上げるのは気が進まないが、イグナシオは左手を握りしめると男の顎めがけて振り抜いた。衝撃にによろめき、壁に寄り掛かる巨漢の手がようやく緩んだ。掴まれていた箇所は疼くし痣が残るが、動かすことはできる。手を握ったり開いたりしながら再び走り出した。
(……本当にしつこい男だな……)
この執着心の強さは尋常ではない、と走りながら思う。
今、イグナシオを追う男は今回の出来レースで9位になった選手をサポートしていた。イグナシオが現れなければ入賞していたチームである。それが余程、許せなかったとしても、銃を振り回してまで追うのはそれはそれで異常でしかない。
(……もとよりこの男が狂っているのか、金が男を狂わせたのか)
どちらにせよ、きっとこの疑問の答えは期待できない。
裏路地をずっと進み続け、走り抜けた先は大通りに面していた。人通りが多く、この中に紛れてしまえばきっとあの男のことは撒けるだろう。
でもだめだ、とイグナシオは踏み留まる。この狂った男を人の多いところに放ってはならない、この裏路地に留めなければならない、と考えた。
ここからもう一歩踏み出せば、逃げ切れるかもしれないが、それ以上に見知らぬ誰かが犠牲になるようなことはあってはならないという思いにより、再び彼は裏路地へ向き直る。逆に追ってきた男に向かって歩を進めた。ここまできたら、どうせ死ぬことになるなら一発でも自分の拳を叩きこんでやらなければ気が済まなくなっていた。
銃を乱射していた男は、銃弾を撃ち切ったのか、銃の引き金を引いて、カチン、カチン、と鳴らしている。イグナシオの接近に気が付き、それはそれは嬉しそうに笑って見せた。
「……バカめ、予備の弾倉はいくらでも準備してあるんだよ…! 死ね! 突然出てきて人の稼ぎを邪魔しやがって!」
男が銃に銃弾を装填し、イグナシオに銃口を向けた。これは無事じゃ済まないかもしれない、と恐怖が沸き起こるが歯を食いしばり、イグナシオは足を前に出した。男は引き金に指をかけている。一か八か、大きく踏み込んで男めがけて走り出そうとしたとき、目の前の男が変な声を出して横に飛んで行った。
「……!?」
思わず目で追い、壁に叩きつけられて力なく座り込む男を見てから、先程まで男が立っていた方へ目を向ける。そこには長身の人間が立っていた。大きく肩で息をしながら、デッキブラシを握りしめているオリヴェールだった。
ずっと走り続けていたため、急に止まったら吐き気が込み上げてくる。不快感を無理に飲み込み、イグナシオの無事を確認してからオリヴェールは力なく壁に寄り掛かった。
「……オリヴェール、サン!」
「……あー、無事で、良かった……。……ていうか、めっちゃ走った……苦しい……すーげぇ苦しい……」
間に合ってマジで良かった、と持っていたデッキブラシを道に落とした。先程、銃を振り回していた男が変な横跳びをしたのは、オリヴェールが男の後ろから力いっぱいのフルスイングを側頭部に直撃させたからである。
「…これは、ドコから持ってきたものデスか?」
「……裏路地ってのは、なぁ……何でも、あるんだ、よ」
脇腹を押さえながら壁から身を離すと、イグナシオにここから出るように促す。これ以上のトラブルはごめんだ。
しかし土地勘などない場所で、ぐるぐると似たような裏路地を走っていると、自分がどの方角を向いているのかわからなくなってしまう。確認する余裕もない。
不意に角を曲がって別の道に走り込んだところで、屈強そうな男とぶつかってしまった。
「!!」
「……ってぇな! 何だ、このガキ!」
イグナシオが見上げた先には、筋骨隆々とした男が立っている。イグナシオはまずい、と思って後ずさるが、腕を掴まれてしまった。その握力はとても抜け出せるものではない。
「……なんだぁ? ネイティブアメリカンのガキか?」
ぐい、と上に引き上げられ、簡単に地面から足が離れる。余程、珍しかったのか男はまじまじとイグナシオを観察している。彼としてもこんなところで捕まっている場合ではなく、逃げ出そうとジタバタ暴れてみるが全く歯が立たない。
しかも後ろには追いかけてきた男の気配が近付いてきたことを感じる。こんな状態ではただの的だ。いよいよまずい、と焦った時、銃声が数発響いた。そしてその内の一発が、イグナシオを掴んでいる男の足に命中する。男は大きく呻き、よろめくがイグナシオを掴む手の力は緩まなかった。むしろ痛みに耐えようと、手にはより力が込められていく。これでは右腕が握り潰されてしまいそうだ。
「ゴメンくださいね……!」
ケガ人に手を上げるのは気が進まないが、イグナシオは左手を握りしめると男の顎めがけて振り抜いた。衝撃にによろめき、壁に寄り掛かる巨漢の手がようやく緩んだ。掴まれていた箇所は疼くし痣が残るが、動かすことはできる。手を握ったり開いたりしながら再び走り出した。
(……本当にしつこい男だな……)
この執着心の強さは尋常ではない、と走りながら思う。
今、イグナシオを追う男は今回の出来レースで9位になった選手をサポートしていた。イグナシオが現れなければ入賞していたチームである。それが余程、許せなかったとしても、銃を振り回してまで追うのはそれはそれで異常でしかない。
(……もとよりこの男が狂っているのか、金が男を狂わせたのか)
どちらにせよ、きっとこの疑問の答えは期待できない。
裏路地をずっと進み続け、走り抜けた先は大通りに面していた。人通りが多く、この中に紛れてしまえばきっとあの男のことは撒けるだろう。
でもだめだ、とイグナシオは踏み留まる。この狂った男を人の多いところに放ってはならない、この裏路地に留めなければならない、と考えた。
ここからもう一歩踏み出せば、逃げ切れるかもしれないが、それ以上に見知らぬ誰かが犠牲になるようなことはあってはならないという思いにより、再び彼は裏路地へ向き直る。逆に追ってきた男に向かって歩を進めた。ここまできたら、どうせ死ぬことになるなら一発でも自分の拳を叩きこんでやらなければ気が済まなくなっていた。
銃を乱射していた男は、銃弾を撃ち切ったのか、銃の引き金を引いて、カチン、カチン、と鳴らしている。イグナシオの接近に気が付き、それはそれは嬉しそうに笑って見せた。
「……バカめ、予備の弾倉はいくらでも準備してあるんだよ…! 死ね! 突然出てきて人の稼ぎを邪魔しやがって!」
男が銃に銃弾を装填し、イグナシオに銃口を向けた。これは無事じゃ済まないかもしれない、と恐怖が沸き起こるが歯を食いしばり、イグナシオは足を前に出した。男は引き金に指をかけている。一か八か、大きく踏み込んで男めがけて走り出そうとしたとき、目の前の男が変な声を出して横に飛んで行った。
「……!?」
思わず目で追い、壁に叩きつけられて力なく座り込む男を見てから、先程まで男が立っていた方へ目を向ける。そこには長身の人間が立っていた。大きく肩で息をしながら、デッキブラシを握りしめているオリヴェールだった。
ずっと走り続けていたため、急に止まったら吐き気が込み上げてくる。不快感を無理に飲み込み、イグナシオの無事を確認してからオリヴェールは力なく壁に寄り掛かった。
「……オリヴェール、サン!」
「……あー、無事で、良かった……。……ていうか、めっちゃ走った……苦しい……すーげぇ苦しい……」
間に合ってマジで良かった、と持っていたデッキブラシを道に落とした。先程、銃を振り回していた男が変な横跳びをしたのは、オリヴェールが男の後ろから力いっぱいのフルスイングを側頭部に直撃させたからである。
「…これは、ドコから持ってきたものデスか?」
「……裏路地ってのは、なぁ……何でも、あるんだ、よ」
脇腹を押さえながら壁から身を離すと、イグナシオにここから出るように促す。これ以上のトラブルはごめんだ。
