異国を走れば厄介に当たる
ところ変わって、ここはフィンランドのある田舎町、薄暗く古びた一軒家に住むフリーランスの記者であるオリヴェール・マケラの携帯電話に珍しく着信があった。彼の携帯電話の鳴らす者など限られている。
「……久しぶりだな」
『オーリ、元気か? 元・同期だし、定期的に生存確認はしておかないといけないな、って思って電話してみたが…何だ、意外に元気そうだな』
「……おーおー、元気だよ元気元気」
投げやりにそう応えると、電話相手は良かったな、と返してくる。何の用かと問えば、本題が別にあるんだと言われ、詳細を言うよう促すと、相手は声のトーンを少し落として話し出す。
『……ひとつ、取材に行かないか?』
「……取材?」
『あぁ、俺が個人的に気になってたネタがあるんだけど、チャンス到来したっていうのに肝心の俺が行けないんだ…! そこで、信頼と実績のフリーランス、オーリに俺の代わりに行ってきて欲しいんだよ。頼むよー報酬はちゃんと出るからさー』
「そりゃあいいけどよ、お前が追ってたのに急に俺が代わって務まるか?」
『大丈夫だと思うぞ、思う。うん多分、いけるハズ』
そのはっきりしない態度に些か不安は過ったが、せっかくの仕事のチャンスを逃す手はない。オリヴェールは受けることを決めた。
「……んで、お前は何を追いかけていたんだよ」
引き受けるからには詳細を知らなければならない。内心は厄介じゃないといいんだけどな、という思いが占めている。
『中米から南米アンデス山脈にかけて暮らしているといわれている少数民族の話は聞いたことあるか?』
「……? いや、よく知らないな」
その辺りの地域で知っていることといえば、かつてマヤ文明やインカ帝国があって、スペインの征服により滅んだという事実くらいである。
『…スペインの征服で滅びを迎えたとき、争わずに山奥の方へ逃げ延びた人々がいるらしいんだ。そして現在まで人知れず生活を続けているそうだ。高地で生活を続けているから身体能力は優れている、とか、噂話のようなものしかないし、正確な集落の場所だってわかっていない。
どんな生活をしているのかとか、それこそ基本的な食生活とか文化的な面とか。あとは埋葬方法なんか知ることができたらもっといいな! 死に対する考え方ってそのそれぞれの文化独自のものだからこそ、そこに生きる人々の考え方に通ずる訳で…どうだ、なかなか興味深い話だろ?』
「……んあー、ウン」
思った以上に熱く語られ、若干引き気味のオリヴェールは、とりあえず返事をして続きを促す。
『……ただの噂話でそんなところに人が住んでいるなんて有り得ない派が大半だろうけど、俺は可能性があるならと思って調査していたんだ。運良く、関係のありそうな人間に接触できて、直接話を聞く機会が巡ってきたんだ! これが本当ならもしかしたら国際的な自然科学情報誌に載れるかも、って寸法よ!』
「…そういやぁ、お前はずっとそっち方面目指してたもんな」
そういう話が昔から好きだったことを思い出しながら言うと、電話相手は激しく同意を示している。
『じゃあ、承諾いただいたってことで、詳細メールと航空券も送っておくな。行き先はカナダだから、海外旅行する気持ちでしっかりネタ掴んできてくれよー』
電話が終わって少し経つと、パソコンのアドレスに宛てて情報を送信した、とのメッセージが携帯電話の方に入る。
オリヴェールは嫌な予感がした。わざわざパソコンのアドレスに宛てたということは、ちょっとやそっとの情報量ではなさそうだ。
彼の予想通り、長文メールに添付ファイルの数々、しかも航空券の搭乗日は来週だった。
「一週間でこの中身を確認して行けってことかよ!」
オリヴェールにとっては専門外の中身のため、気を利かせて細かく準備をしてくれたに違いない。丁寧に情報をまとめてくれたのだろう、ということはわかる。だからこそ彼は、どうせならもっと早く言ってくれ、とタスクリストを前に思わず頭を抱えた。
一週間後。
怒涛の準備期間は気が付けばあっという間に終わっていた。
思いの外面倒だったのは、まさかのマラソン大会の取材記者登録をしなければならないということだった。取材対象者がこのレースに出るため、記者登録をした上でスタートとゴール地点となった開催地の街に滞在することになる。
「……イグナシオ・ベネガス、ねぇ……あいつの情報が確かなら、この男が未開の地の知られざる少数民族って可能性があるわけか」
この男をゴール地点で出迎え、取材をしていくことが今回の目的である。レースの公式サイトでゼッケンナンバーが7番であることを確認したが、写真までは見つけられなかった。
(…あいつ、どういうツテでこの男に辿り着いたんだろうな……)
厄介なところ経由していないといいなぁ、などと思いながらオリヴェールはカナダへ向かって出発することにした。
飛行機を乗り継ぎ、長距離バスを使い、長時間の移動の末、ようやく目的としている小さな町に到着する。3日後にスタートするレースに向けて、現地は大盛り上がりをしていた。
このマラソン大会は普通のものとは異なっていた。オリヴェールはこんな長距離を走り抜けるレースがあることを今まで知らずにいた。山々の尾根を約300km、選手たちは補給地点を経由しながら駆け抜ける。トップ選手ともなれば、僅かな休息で駆け抜けていくものらしい。もちろん途中には山小屋が点在し、休息や仮眠をとりながら進むことができる。
最速の選手が―天候にも左右されるが―だいたい3~4日くらいでゴールに到着するらしい。取材対象が早いのか遅いのか、全くの未知数であるため、プレスルームでまめに状況確認が必要だろう。幸い、ドローンも飛んでいるのでリアルタイムで順位確認ができる。
体力に自信があるカメラマンなどは選手と並走して撮影やインタビューも行うらしいが、オリヴェールはとてもそんなタイプではない。
