異国を走れば厄介に当たる
「自己紹介がまだだったな、俺はオリヴェール。オリヴェール・マケラだ」
「……はぁ、そデスか。よろしくですネ、でも今はそんなジョータイ違います」
「…………」
オリヴェール、と名乗った男はそれもそうだ、と現実逃避から帰ってくる。横にいるもう一人の男は、大きくため息を吐くだけだった。
机と椅子のバリケードの後ろに隠れ、飛び交う銃弾から二人は身を隠している。ここはもともと、有名なファストフード店だったが、突然始まった銃の乱射事件で地獄と化していた。
「……んー、ナンでこうなっちゃったんデショウねー」
オリヴェールの横で、男は持っていたハンバーガーを食べ始める。あの一瞬の間にしっかりハンバーガーも掴んで避難していたことに驚くしかない。そしてオリヴェールの食べかけは既に鉛玉のトッピングが施されていた。
「……俺も知りたいね……」
旅行ついでに仕事のネタを掴もう、なんて欲張ったからなのかもしれない。プライベートとビジネスはしっかり分けるべきだな、と銃声を聞きながら学習する羽目になるとは誰も予想できないものだ。
* * *
南米アンデス山脈が連なる一帯には、古くからの暮らしを続けている少数民族がいる。オアシスの貴重な水源と共に集落が点在し、慎ましい暮らしを送っていた。
イグナシオ・ベネガスもその一人である。生まれも育ちも赤茶色の大地が続く荒野の中だ。標高3000mを超える高地で毎日逞しく生活している。
実家ではアルパカやラマなどを育て、毛を刈ることを生業としている。これらの毛を使った製品は高級品とは言われるが、業者によって安く買い叩かれてしまうことも多い。イグナシオは少しでも家族の助けになれば、と山を降りた先にある小さな村で観光客のガイドをする仕事を始めた。昨今の秘境ブームで仕事には困らないし、様々な情報を得られる。
情報は集落に持ち帰り、共有する。外の知識を得ることで、生活をより良くできないかと考えていく。
彼のように各集落を豊かにしたいと望む勤勉な若者たちにより、荒野の生活にも少しずつ余裕が見えるようになってきた。
「マラソン大会、デスか?」
いつものように秘境ツアーのガイドをしていると、一人の観光客に声をかけられた。君のように身体能力が優れているなら稼げるかもしれない、と。
「…あぁ、だが普通のマラソン大会なんかじゃあないぜ。山々の尾根を辿って300kmくらいをほぼ休みなしで行くんだ。上位には賞金が出るが……なかなかクレイジーなレースでさ」
賞金の金額をざっと知らされ、イグナシオは思わず興味が沸く。彼の目の色が変わったことは観光客にもわかった。
「普通のレースじゃ争う相手が多すぎるが、ここなら相手の数はぐっと減るんだ。意識を向けるのはエリート層だけでいい、そんなに大勢いないよ。ここで出会ったのは何かの縁だ、俺は君に賭けてみたいんだよね」
これ、連絡先だよ、と観光客はチップの間に紙切れを挟んでイグナシオのポケットにねじ込んだ。その後は特に接触することなく、ツアーは終了する。
帰宅してから、イグナシオは改めてその紙切れに書かれた電話番号を眺める。どう考えても胡散臭い話だ。自分が賭けの対象になるらしい、ということはわかった。この口約束を信じていいものか、本当に金は手に入るのか、心配は尽きない。もしかしたら利用されるだけされて、金は手に入らないのかもしれないという可能性だって拭いきれないからだ。
しかしこれだけの金額があれば、学校をひとつ建てることができる。近くに学校ができれば、子ども達は何時間もかけて危険な山道を通学しなくて済む。
未来の子ども達の為ならば。
イグナシオの心は決まった。
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