生まれ変わったら猫でした。
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その日、私は無限城の一室でだらだらと寝て過ごしていた。暇つぶしの動画などは無いが、特に暇はしていなかった。それも、猫になってからというもの眠気が凄いのだ。ただ香箱座りをしているだけでも、うつらうつらとしてくることがあるほどに。
今回もそんな感じに、眠りそうになっていた私のもとに、琵琶の音と共に無惨さまがやってきた。
やってきた無惨さまは手に何かを持っているようだったが、眠りそうになっていた私の目ではぼやけていて、何を持っているのかよく分からなかった。何だろう、キャットタワーとか?
「お前にこれをやる」
そう言い、無惨さまはそれを差し出してきた。私は目をぱちぱちとさせ、意識を覚醒させる。
「猫は皆これが好きだと聞いた」
はっきりし始めた視界が捉えたのは、白い包装で包まれた花束だった。白いブーケを持つ無惨さま。何の花なのかはまだ見えないが、無惨さまの台詞から察するにマタタビとかなのかな。いやブーケにマタタビて。
無惨さまが花束を傾けたと同時に、私の意識も完全に覚醒した。大きく欠伸をしてから、何の花なのかなと見やれば、その花束の正体は、
──エノコログサ──いわゆる、ねこじゃらしと呼ばれる草だった。
「(……!?!?)」
まさかの、草……! 花ですらなかった!! いやまず何故花束にした?? ムードもクソもないぞ……!
あまりの衝撃に目をまんまるくしていると、無惨さまは「……好きじゃないのか?」と動かない私に対し怪訝な顔をしている。
うーん……好きじゃないっていうか、こんなにねこじゃらし用意されてもね。私は元人間だったし。
目の前には、花束というか草束になっている大量のねこじゃらし。普通の猫ではない私は、それに飛びつくこともしなかった。もしかして無惨さま、マタタビと勘違いしたのかな。
「……これは奥の手だったが──お前の為にもっと用意してある」
無惨さまが唐突にそう言い、華麗に指パッチンした。流石顔が良い代表……絵になるなぁ……。
そうして指パッチンの音が響いた途端、無惨さまの背後──その上に出現した襖から、草束とは比べものにならないくらい夥しい数のねこじゃらしが降ってきた。……降ってきた。
どどどどと、草が立てるには少々可笑しい音と共に、正気を疑うほど大量のねこじゃらしが襖に落ちてくる。異次元の光景に、私は数秒思考が止まった。
……無惨さまって経済力ありそうだし、大人買いとかしそうなタイプだとは思ってたけど、これに至ってはもはや経済力とかそういう次元の話じゃないよ……。
まじであり得んレベルで大量のねこじゃらしを背景にした無惨さまは、「これでどうだ」とでも言いたげな見事なドヤ顔をしている。
あ、でもこのトチ狂った量のねこじゃらしを無惨さまがちまちま摘んでるの想像したらちょっと面白い。けどこの人がわざわざ自分でそんなことするわけないか。始祖だもんね。
もはや自分でも何を言っているのか分からない謎理論を繰り広げ、目の前の光景から現実逃避をしようとした。
私がその場から動かずじっとしていれば、反応しないのが面白くないのか、無惨さまは眉にしわを寄せた。そうしてねこじゃらしのブーケを持ったまま、腕を組む。
腕を組む際に、腕の中のねこじゃらしが揺れた。
それに、ぴくりと私の耳が勝手に反応した。……? 私今耳動かそうとしてないのに。
私の耳が反応したことに無惨さまも気付いたのか、ねこじゃらしをすっと横に動かした。揺れるねこじゃらしを勝手に目が追い、前足が動こうとする。
え、これって……まさか本能ってやつ?
私が自分に驚いている間にも、無惨さまはねこじゃらしをゆらゆらと揺らし続け、それに私の体も勝手に反応する。!? 制御できない!
そうした攻防(?)をしばらく続けたのち──私はとうとう飛び出してしまった。
素早く地面を蹴り、前足でねこじゃらしのふわふわを捉えようとするも、ねこじゃらしを操る無惨さまはそれを阻止すべくねこじゃらしを避けさせる。
──うわーー、なにこれーー!! ……めっちゃ楽しい!!
避けられては追って、避けられては追ってと繰り返すのが何故か楽しかった。これも猫化の影響なのだろうか。目の前の獲物目掛けて、私は手を伸ばすも届かない。
うん、楽しいんだけど……すごい楽しいんだけどさ、
……無惨さま大人げなさすぎない!?!?
初めの頃こそねこじゃらしを追うのが楽しかった私であったが、如何せんいくら追っても掠りもしないと楽しくなくなってくる。
無惨さまはねこじゃらしが捉えられたら死ぬとでも思っているのか、とてつもないスピードでねこじゃらしを振り回すのだ。
一回くらい捕まえてくれさせても、せめて掠らせてくれたっていいじゃん……。
私はげんなりし始めつつも、一度本気でねこじゃらしを捉えようとしてみた。すると、放った前足がねこじゃらしを掠った。
「────!!」
それに無惨さまは大きく目を見開かせた。何ですかその「こいつやりおる……!」みたいな顔は。
でも、これで何となくコツが分かった。無惨さまの癖的に、次は右にずらす筈……! と、私が予測の動きで右に飛びかかれば、私の予想通りねこじゃらしは右にずれてきた。
──いける!
そう確信し、前足がねこじゃらしにかかろうとしたその瞬間、
──どかぁぁぁあん!! という爆音と共に、横の襖が吹き飛んだ。
「……!?!?」
一体何事か、と私がねこじゃらしも忘れてそちらを見遣ると、粉々に粉砕された襖達の真ん中に、しなしなになったねこじゃらしが落ちているのが見えた。
え、まさか……と私が恐る恐る無惨さまの方を見ると、無惨さまは──手にねこじゃらしを持っていなかった。
こ、こいつ……! 私にねこじゃらし取られたくないからって、襖爆散させる程の威力で投やがった!!
まず何でねこじゃらしが襖を破壊できるのかとかは、もはや気にしたら負けだ。まあ、始祖だもんね。
私が遠い目で悲惨な目に合った襖とねこじゃらしを見つめていると、「なまえ」と無惨さまから声がかかった。
今度は何……と疲れた私がゆっくりとそちらを向くと、無惨さまは手に新しいねこじゃらしを持っていた。
「時間もねこじゃらしもまだまだ大量にある。もう一度だ、なまえ」
流石にもういやです、無惨さま……。
7(命がけのねこじゃらし)