群青の途
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その山では、前々から鬼が潜んでいるとの噂があった。送り込んだ隊士が帰ってこなくなった為、多くの隊士で一斉に攻め込みにいくことになった。
しかし、それは全くもって意味がなかった。
山に潜んでいた鬼は、十二鬼月──下弦の参の鬼であったのだ。
並の隊士では傷を負わせることもできないほど強いと言われる十二鬼月。もう少し上の階級の隊士達であれば対等に戦えたのかもしれないが、山に集められたのは中階級の隊士達。まったくもって歯が立たず、大勢いた隊士達はどんどんと数を減らし、遂には俺ともう一人、名前も知らないような奴だけが残った。
「可哀想に。この私に手も足も出ずに死にゆく人間達……。でも大丈夫よ、私がすぐ楽にしてあげるから」
そう言いにやにやと笑う下弦の鬼。その鬼が放つ正体不明の血鬼術に何人もが刻まれたのだ。
俺は攻撃を間一髪で回避したが、足を負傷してしまった。いつも通りには動けない。もう一人の奴はまだ無傷ではあるが、並の隊士一人が下弦の鬼になど太刀打ちできる筈もなかった。
──ここで俺は死ぬのか? ……いや、まだだ。俺は死なない。生きてる奴が勝ちなんだ。何をしてでも生きてやる。
そう意志を燃やしていれば、目の前の鬼が不意に背後を振り返った。
「……? 誰よ、アンタ」
どうやら誰かがそこにいるらしかった。丁度下弦の鬼の影に被さり姿が見えなかったが、少し体を傾けて見てみれば、そこにいたのはぼろぼろの着物を着た少女であった。
──不味い、何故一般人がこんなところに。喰われてしまう。
俺と同様少女の存在に気付いたもう一人の隊士が驚きの声を漏らす。それに続き俺は少女に向けて、逃げろ、と声を張り上げた。
しかし、その少女は逃げるどころか動こうとする気配もない。一体何をしているんだ、早く逃げろ。
その直後、その少女に対し鬼が妙な言葉をかけたために、俺はなぜ少女が逃げないのか気付いてしまった。
──ああ、そうか。あの少女も……鬼だ。
下弦に加えて更に鬼が増え、見るからに絶望的な状況。あの少女の鬼を斬れても、下弦から逃げ切れなければ生存の道はない。
下弦の鬼は少女の鬼へと近づき、あそこの人間が美味しそうだろう、と楽しそうに言葉をかけた。その問いに、俺は鬼の少女も肯定の意を示すと思っていた。
だが、その予想は外れた。鬼の少女は、あろうことか自らの頬に添えられた手を引きちぎった挙句下弦の鬼に蹴りを喰らわせたのだ。
──なんだ、何をしている? 鬼同士の喧嘩が始まったのか?
その予想外の行動に、その場にいた──鬼の少女を除く──全員が目を見開いた。一体どういう意図を持ってその行動をしたのか、と。
自分に逆らったことが気に食わなかったのか、下弦の鬼は血管を浮き上がらせている。対する鬼の少女は顔色一つ変わっていなかった。
そして下弦の鬼の言葉が引き金となり、鬼同士の戦闘が始まった。その激しい戦いを茫然と眺めていたが、はっとして気付く。
──逃げるなら、今しかない。
どうせこのままここに居座っていても、鬼の少女がやられた後は俺たちも犬死にするだけだ。ここは撤退する方がいい、と考えた俺は固まっているもう一人の隊士へと声をかけた。
「おい、ここから離れるなら今しかない。いくぞ」
「!?」
「俺たちじゃあの鬼は倒せない。上の階級の隊士を呼ぶんだよ」
「っ何を言ってるんだ! ここで僕たちが倒さなきゃ犠牲者がもっと、」
俺の提案に歯向かい大声で叫ぶ隊士。しかし、隊士が放ったその言葉の先が紡がれることはなかった。
目の前の隊士は頭を潰され、死んでしまったからだ。
「な──」
あまりに突然で衝撃的な出来事に、思わず口から声が漏れた。先程まで大きな声で喋っていた隊士は、今では見る影もなく静かになった。
いとも簡単に隊士を殺した下弦の鬼が、今度はこちらに標的を変える。突如として訪れる死の気配に、体が冷え込む感覚が気持ち悪かった。
鬼が手を構え、血鬼術が放たれ俺も刻まれようとしたとき──、俺の目の前に誰かが飛び出してきた。
そしてそのまま俺を手で押し除けたそれは、鬼の少女であった。
──何故、庇った? お前は人を喰らう鬼だろう。
意味不明な行動に瞠目していれば、鬼の少女はこちらに背を向け、再び下弦の鬼へと向かっていった。
鬼の少女は、人間より鬼を殺す方を選んだ。
そして先程までとは段違いな強さを見せた鬼の少女は、下弦の鬼を拘束した。そしてこちらを見遣り、言った。
「斬っ、て……!」
その鬼の少女は、斬って、と確かにそう言った。──自分も斬られると分かっている筈なのに。
こいつは何を言っているんだ、と不可解な気持ちではあったが、今なら鬼を斬れる。
俺は刀を持ち直し、鬼たちの方へと向かった。
やはり鬼の少女は、俺が近づいてきても逃げようとはしなかった。俺は刀を構え、技を鬼へと向かい放った。
この距離であれば、どちらの頸も斬ることができた。しかし、俺が斬ったのは下弦の鬼の頸だけであった。
下弦の鬼は頸を斬られた後、主に鬼の少女に対する暴言を吐きながら塵と化していった。
奇妙な鬼の少女との共闘の末、下弦の鬼を葬ることができた。戦いが終わった、生き延びられた。それを理解した途端、無理をしていた足が痛み、力が抜け俺は地面へと座り込んだ。
鬼なんて、自分のことしか考えられなくて非道な手を使ってでも人を喰らうような、最悪な生き物だと思っていた。しかし、もしかしたら──そうではない鬼もいるのかもしれない。俺のことを、自らの体を盾にしてでも守った鬼の少女を見て、そう思ってしまった。
しかし、そんな考えを信じていたのは束の間で。
やはり鬼は鬼でしかないらしく、こちらへと一歩踏み出した鬼の少女は、息を荒くし目を血走らせながらこちらを見ていた。
鬼の少女がもう一歩を踏み出し、こちらに手を伸ばしかけたところで──鬼は、ぴくりと何かに気づいた素振りを見せて背後を振り返った。
なんだ、また鬼が出るのか?
そう思い鬼が視線をやった場所を見るが、そこには誰もいなかった。
一瞬の静寂の後、鬼ははっとしたように俺から距離をとった。そして、暗い森の中へと逃げ出した。
「──は?」
目の前に血を流した人間がいたのに、あの鬼は人間を食べなかった。──我慢を、したというのか?
俺は茫然として、暫くその場から動かなかった。
──あの鬼は……もしかしたら、他の鬼とは何か違うのかもしれない。
後処理をする隠達が到着するまで、俺は鬼の去っていった方向を見つめていた。
***
「──報告は、以上となります」
「報告ありがとう、ご苦労様」
一人の隊士が今、鬼殺隊本部──産屋敷にて、先日現れた下弦の参の鬼についての報告を終えた。
その報告を受け、産屋敷耀哉は悩んでいた。
先日多くの隊士を葬った下弦の参の鬼。その鬼を、生き残った一人の隊士が倒したのだが──どうやら別の鬼と共闘のようなものをした、というのだ。
詳しく話を聞けば、本当であれば自分も殺されていたところをその鬼に助けられ、その上攻撃からも庇われたらしい。
にわかには信じがたい話であるが、隊士は極真面目に話をしているため、それを突っぱねるというのも難しい話であった。
──本当に、そのような鬼が存在するのだろうか。
しかし先日、元水柱である鱗滝左近次から手紙が送られてきた。それは鬼を連れる隊士がいる、という内容の話であり、「その鬼──禰豆子は二年間人を喰わずに生きている」といった内容が記されていた。
禰豆子が人を喰っていない、これからも喰わないということは耀哉も信じていた。
しかし、それとこれとでは話が別で、禰豆子が人を喰わずにいられたのは彼女の兄である竈門炭治郎との絆が深く関わっているとなると、話題の鬼は一体どういうことなのか、些か引っかかりが残る。
つまり、家族の強い特別な絆が禰豆子をそうさせているのであれば、誰との関わりも絆も持たない野良の鬼が、禰豆子と同じようになれるかと言われると、どうとも言えないのだ。
結局、悩んだ耀哉が出した答えは『様子見』であった。
正直言って、これだけの情報では『人を喰わない鬼』とは判断できなかった。
もし、これからもその鬼が人を守ったという情報が入ってきたならば、その時はその鬼についてもう少し深く調べなければならない。
しかし、耀哉は歓喜していた。
数百年変わらなかった状況が、もしかすると近いうちに変わるかもしれない。
人を喰わない禰豆子に、まだ不確定ではあるものの人を守る謎の鬼。
無惨でさえも予期し得ない事態が、今起きているのだ。
屋敷へと入り込んだ“新しい風”が、耀哉の黒髪を揺らした。
5
(数百年もの間停滞していた歯車が、今動き出す。)