群青の途
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辛い現実から目を逸らし、逃げ出した私はかなり遠くまで来ていた。
生まれ育った山とは違う、どこかだった。
空は既に太陽が出ており、木々の合間から日が差していた。それに、何故だか分からないが嫌悪を感じた。近づくな、と本能が言っている。それに従い木漏れ日を避けながら、私はふらふらと歩いていた。
衝動で逃げ出してきてしまったけど、化物に──鬼になってしまった私は、一体これからどうすればいいのだろうか。
今も変わらずお腹は減っており、鼻は無意識に血の匂いを探している。
ああ、嫌だ。でも私は絶対に、人は食べてやらない。
すると、なんだか匂いが漂ってきた。
──鬼になってから、感覚が鋭くなっているみたいだった。以前は匂いなどあまり気にしていなかったが、鬼になってからは鼻が勝手に匂いを察知する。
森の奥からは、微かに血の匂い、そして人間と──鬼の匂いがした。
もしかして、私のように誰かが襲われている? じゃあ──守らなければ。
山へ来るまでに履物が脱げたため、裸足で地面を踏み締める。草をかき分け匂いの元につけば、そこは暗く日の届かない場所で、鬼に襲われそうになっている女性がいた。
──それが、あの鬼に襲われる家族達に重なった。
気付けば私は、女の人に手を伸ばしていた鬼を殴り飛ばしていた。
「──ぐっ!?!?」
「ひっ……!」
鬼は大分地面を転がり、そして血走った目でこちらを睨んできた。
私は怖がる女の人を守るように立ち塞がり、その鬼を睨み返した。
「てんめぇ、何しやがる! ここは俺の縄張りだぞ! だからそれは俺の獲物だ!」
鬼がそう叫び、私の背後の女の人を指さした。女の人は『獲物』という言葉に更に怯え、今にも泣き出しそうだった。
私は鬼に対し、戦闘態勢をとる。戦いなんて、今までしたことは無いけど、何故だか体は自然とそうしていた。
「はぁん、てめぇ俺と戦うつもりか? いいぜ、やってやるよ。てめぇが負けたらてめぇも喰ってやるよ!」
その鬼の言葉が、戦いの火蓋を切った。女の人を巻き込まないよう、鬼がこちらに襲いかかる前に私が鬼の方に飛び寄り、蹴りを繰り出した。
鬼はその行動が予想外だったのか、またもや吹き飛んだ。
攻撃の手を緩める気もなく、私は吹き飛んだ鬼をすぐさま追い、その腹を手で貫いた。
「ぐぁ……!!」
腹を貫かれた鬼が苦しみの声を上げ、強い啖呵を切っていた割に呆気なく静かになった。倒した、と思った私は腹から手を抜く。ぬちゃり、と生々しい音が聞こえた。
──刹那、いきなり鬼が動き出し、鋭い爪で引っ掻こうとしてきた。それをぎりぎり目で捉えた私は顔を仰け反らせ避けようとするが、間に合わない。
ざしゅっという音と共に目元が痛み、熱くなる。視界に赤が飛び、思わず私は引っ掻かれた目元を抑えた。油断していために避けきれず、目元から血が滴り落ちた。
「ははは! さてはお前鬼になったばかりか! 残念だったなぁ、鬼っていうのは日の光を浴びるか、日輪刀で頸を斬られるかでしか死なないんだよ!」
そう叫び、腹の傷が塞がっている鬼が笑った。
どうやら鬼というものは、想像以上に厄介な作りをしているらしい。
──日の光か、特殊な刀で頸を斬ること、か。
偶然にも今は朝だ、木々で覆われたここには日が届いていないけど、この上なら──。
反撃できて今度はあちらの方が油断していたため、すぐに距離を詰めて、油断しきった鬼の頸を掴んだ。見えた私の爪も、相手と同じように鋭く尖っていた。
「お前話聞いてたかあ? 頸も日輪刀じゃなきゃ──」
鬼が余裕げに話しかけてきたが、無視をした。
ふぅーっと息を吐き、頸を掴んだ手に力を込めて、上の木々へと鬼を投げ飛ばした。どれほど力んだかというと、腕に血管が浮き出るほどだった。
「な、てめぇ、まさか……!」
ようやく私が何をしようとしたのかを理解した鬼が何かを言いかけたが、勢いを失うことなく飛んでいく鬼は、遂にこの場を覆い隠す木々よりも上に出ていた。
鬼が突き抜けた所からは日が差し、衝撃で抜けたいくつかの葉が舞い降りていた。
「ぎゃああああああ!!!」
大きな断末魔が聞こえ、どうなるのかと日の差さない木々の隙間から覗いてみると、鬼は灰のように散り散りになっていた。
──い……痛そう……。
それを見て思ったのは、これに限った。体が分解されるように散り散りになり燃えていく様はとても恐ろしかった。
──そういえば、女の人は大丈夫だろうか。
その様子を呆けて見ていた私は、当初の目的を思い出した。
守った女の人の安否を確認しようと、先程の場所まで戻れば、女の人はまだそこに倒れているままだった。
怪我はしていないか確認しようと駆け寄ろうとすると、心臓がどくんと波打った。体が熱い、血の巡りが早くなる。
そして意識が朦朧とした。
──ああ、疲れた。怪我もした。お腹が減った。
──疲れたならば、怪我をしたならば、目の前の人間を喰えばいい。そうすればその苦しみからも開放されるぞ。
耳元で囁く誰かの声。甘美なその誘惑に、お腹が空いた私は頷く。ふらふらとその女の人に近寄る。女の人は私を見て、再び顔を青くさせ、目を瞑った。
その綺麗な頸に噛み付いて、細い腕をもぎ取って、それから──。
──その時、私はその場で聞こえる筈のない声を聞いた。
「だめよ、なまえ。耐えるの」
「人を食べちゃだめ!」
「だめだよお姉ちゃん!」
「姉ちゃん、頑張って!」
「お姉ちゃんっ!」
その言葉にはっとして目の前を見れば、私は片手で女の人の肩を強く掴んで、もう片方の手を女の人の顔に手を伸ばしていた。
今の──家族達の声がなければ、今頃私は……。
あり得る恐ろしい未来にぞっとしつつ、私は怖がらせた女の人を安心させようと、伸ばした手を彼女の頭へと向かわせた。
よしよしと彼女の頭を撫でれば、彼女はゆっくりと閉じていた目を開け、呆気にとられた顔をした。
「えっ……と……」
女の人の震えは止まっていた。お腹は今も減っているけれど、何とか山場を乗り越えることができた。
そのまま頭を撫で続けていると、女の人は少し顔を赤らめ「もういいです……」と小さく言った。
良かった、落ち着いてくれたようだ。
今は朝だけど、やっぱり暗いところが多い森には鬼が潜むらしい。ここにはまだ微かに鬼の気配がする。
とりあえず女の人を、この危険な山から連れ出すために、私は立ち上がり座り込んだ女の人に手を差し出した。
女の人は微笑み、お礼を言いながら私の手に自分の手を重ねたが、そのまま立ち上がる気配が無かった。
どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「あっ……えっと、きゃ!?」
女の人は立ち上がれそうにない為、私が女の人を横抱きにして立ち上がった。私は女の人よりも小さく、体格差はあったが別に重さは感じなかった。
そうしてそのまま私は山を下り始めた。
「すみません……」
か弱い声でそう言った女の人は、両手で顔を覆った。しかし髪の隙間から見える耳は赤く染まっていた。
***
数分歩き、ようやく山の入り口付近へと辿り着いた。遠目には小さな集落が見えたので、この女の人はもしかしたらそこから来たのかもしれない。
けれどここから先は日が差しているため、私はついていけない。ということは、もう鬼に襲われる心配もないだろう。
私は女の人をゆっくりと降ろし、集落の方へとそっと背中を押した。
「あの、助けてくれてありがとうございました! お礼がしたいので、良ければうちに!」
微笑む女の人はそう言い、集落の方──日の下へと私の手をひく。
私は、その場から動かなかった。
その様子に女の人は不思議そうな顔をして私を見つめた。
ごめんなさい、私は──貴方を襲った鬼と同族なの。日の下にはいけないの。
申し訳なく思いながらも、私は掴まれた手を振り解き、暗い森へと走っていく。
後ろからは呼び止めるような声が聞こえたが、森には鬼がいると分かっているのか追いかけてはこなかった。
良かった、追ってきていたらまた送り返さないといけないもんね。
さて、ここにはまだ人食い鬼がいるようだ。
安全な山になるように、私が守ろう。
3
(あのね、山に行ったらおじいちゃんが言っていた鬼に襲われたの)
(なんじゃと!? お前無事だったのか!?)
(うん、若い女の子が助けてくれてね、山の入り口まで運んでくれたのよ)
(ほう、そりゃあ……鬼殺隊のもんじゃな)
(鬼殺隊?)
(人喰い鬼を倒してくれる団体じゃ)
(まあ、そうだったのね! お礼をしたかったのだけど、すぐに森に戻っていってしまって……)
(そらそうだわ、また襲われる人を助けにいったんじゃろ)
(そっか、忙しかったのね。引き止めて悪いことをしたわ……)
(鬼殺隊が来てくれたのなら安心じゃな、時期に山から鬼はいなくなるだろう)