生まれ変わったら猫でした。
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その日、そこに寄ったのはただの気まぐれであった。
その夜は、青い彼岸花を探すため、集落付近に無惨自身が足を運んでいた。しかし結局そこでも彼岸花は見つからず、ここにもないか、と落胆した無惨は気まぐれに歩いていた。りーん、りーんと鈴虫が鳴く音以外は殆ど何も聞こえないような静かな夜だった。
その道すがら、無惨は“それ”を見つけた。
“それ”というのは、空き家の塀の上に乗る丸い物体──所謂、猫という生き物であった。
視界に入ったそれに、ふと無惨は「猫に血を与えるとどうなるのか」という疑問を覚えた。
気になったから試してみよう、と無惨は徐に猫へと手を伸ばした。頸に爪を刺し、血を流し込もうと手を近づけたところで、その猫は思いもよらぬ行動をしてきた。
──あろうことか、無惨の手を舐めたのだ。
今までに体験したことのないその行動に、思わず伸ばしかけていた手が止まる。
そもそも猫──に限らず大抵の動物は──というと、いつも自分が近づく前にさっさと逃げていくものだった。きっと、動物の本能的に「危険である」ということを察知していたのかもしれない。
その点、この猫は鈍く自分に向けられた悪意にすら気づかなかった。
それどころか、己の手を舐めるという愚行に走った。
その瞬間、無惨は心臓が高鳴るのを感じた。この生き物を自分のものにしたい、自分が守ってやらねばならない、とそう思った。何故自分の心臓がそうなっているのか、自分でもよく分からなかった。命を狙われているわけでもなければ、息を切らした訳でもない(もっとも、この体になってからは息を切らすこととは無縁なのだが)。感じたことのないその感情に、無惨は動揺していた。
そしてなんとか動揺を鎮め、「自分のものにしたい」や「守ってやりたい」なんぞは、ひと時の気の迷いであると言い聞かせて頭の隅へと追いやった。そして再び目の前の猫に意識を向ける。
しかし、折角動揺を鎮めたのにも関わらず、その動揺は再び無惨を襲った。
信じられないことに、猫に気の迷いを感じた前と後とでは、猫の見え方がまったく違っていたのだ。
先程は目にも留まらなかった猫の外見。
月明かりに光るまん丸の瞳に、ぺしゃりと畳まれた耳、そして何より──恐らくは野良猫で野生で生きているというのに、妙に艶のあるもふもふとした毛。
その全てが魅力的に感じられた。
しかし無惨は、それらを認めなかった。それらは全て気の迷いだと決めつけ、早急にそこから離れることにした。
琵琶の音が闇夜に響いた。
***
しかし、次の日になってからも無惨はあの猫のことを忘れられないでいた。
確かに昨日、それらはひと時の気の迷いであったと言い聞かせた筈なのに──思い出されるのは、あの小柄で庇護欲を掻き立てられる生き物。
とくに、あの風に靡いていた──汚れのない柔らかな毛が。
もやもやとした思いが胸の中で燻るせいで、人間界での擬態にも身が入らなかった。
しかし、頭の良い無惨はそれを解決する方法を既に見出していたのだ。
その方法は、自分の欲求を満たすこと──すなわち、あの魅惑に一度でいいから触れることだった。単純明快で、かつ一番手っ取り早い。
一度欲求を満たせば煩わしさすら感じるこの思いも消え去ることだろう。
そんな考えのもと、無惨はその日の夜、再び昨夜相対したそこへと足を運んだのだった。
***
そしてその夜、無惨が再びそこに向かえば、あの猫は今日もその塀の上に座っていた。
さっさと欲求を満たし煩わしさを消し去ってしまおう。
そう思い、猫に向かって手を伸ばすも、その手は情けなく震えていた。何故震えていたのか……それは、この一夜限りでこの生き物との邂逅は終わってしまうのだ、という名残惜しさからだったのかもしれない。
驚くべきことに、猫は──昨夜と同じようにその手を舐めてみせた。
一度ならず二度目のその行動に、心臓が爆発するかのような衝撃を覚えた。
その行動に、胸が暖かくなる。言葉に言い表せないそれ、擬音で例えるのなら『ほわほわ』が近いだろうか。
気付いたら己の体は地面に伏していた。いつの間にこのようなことになったのか。塵を払い起き上がり、目の前のそれを見つめた。
一度触れるごときでは、この欲求はきっと満たされないのだろう。それどころか、再び会ってしまったことで更に欲求は大きくなってしまった。
昨夜の思いは、気の迷いなどではなかったのだった。そうと分かれば行動は速い。無惨は目の前の猫を抱き抱えると、それを無限城へと連れ帰った。
やっと触れられたその小さなもふもふは、手に吸い付くような心地よさであった。
無限城を目にした猫は興奮しているようだった。辺りを忙しなく見回し、目を瞬かせていた。
そして猫が自分を頼るように無惨へと顔を向けた。その行動にすら、愛おしさを感じた。
もふもふの猫の頭を堪能するように撫でて、気に入ったか、と無惨が声をかけた。
猫からの返事はなかったが、どこか嬉しそうな雰囲気を感じた。
4(とある始祖の回想)