群青の途
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「──、…………」
暗く沈んでいた意識が覚醒する。
地面に横たわっていた私が目を開けると、そこは酷い有様だった。
周りの建物は粉々に破壊されており、建物だったという面影すら無い。地面の至る所に瓦礫が散乱し、その中には血の跡もある。
そんな光景を唖然と見ていた私であったが、ふと気付いた。
私……あの帯鬼に取り込まれて……。それからどうなった?
でも私が帯から脱出できているということは、鬼は誰かに倒されたのだろうか。
でも、この惨劇を見ると……鬼も人も姿が見当たらない。
まさか、と悪い想像をして私は青ざめた。炭治郎達は強い。それは、この短期間の中でも分かっている。けど、それでも……。
私が青ざめたまま動かないでいると、ここからそう遠くは無いところから足音が聞こえてきた。
とっとっと、そんな軽快な足音。明らかに炭治郎達の足音では無いし、あの鬼達の足音でもない。けれど誰だかはまだ分からない。
微かに緊張感が高まる私が足音のする方向を見つめていると、その足音の主はすぐに現れた。
ひょこっと瓦礫の山の影から顔を出したのは、小さくなっていた禰豆子だった。
「むー!」
現れた禰豆子は私の姿を見るなり声を上げて駆け寄ってきた。禰豆子の口にはいつもの竹の口枷の姿はなく、代わりに布を付けていた。
小さな禰豆子は、いつの日かのように私に勢いよく飛び込んできた。ただし前の時とは違い、小さな姿の為私が吹っ飛ばされる事はなかった。
禰豆子は私をぎゅっと抱きしめた後、すぐに離れて私の手を引き始めた。一体どうしたんだろう。
私は手を引かれ立ち上がり、前を行く禰豆子について行った。
途中、疲れた私が眠気に襲われくらくらしていると、禰豆子が「むーむー」と言って何かを訴えてきた。私が頸を傾げると、禰豆子は身振り手振りで『小さくなれ』と伝えてきた。言う通り体を小さく縮ませれば、その分使う体力が抑えられ眠気も少なくなった。これはなるほど、と私は禰豆子の知識に感心した。
駆け足の禰豆子に連れられやってきた先も、沢山の瓦礫の山であった。そして、その中心には炭治郎が倒れていた。
「……!」
力無く地面に伏すその姿を見て、私は心臓がひやりと冷える感覚を味わった。
倒れる炭治郎に駆け寄り、急いで心音を確認すると──きちんと心音がしていた。どくん、どくんと強く音を立てる炭治郎の心臓。よかった、気絶しているだけだ……炭治郎は生きている……!
未だ気絶している炭治郎の頭を持ち上げ、禰豆子が自分の膝に乗せた。そして炭治郎の頭を優しく撫でた。私はその側で炭治郎を覗き込んでいる。
「──ん……」
「!」
「うー」
少しして、炭治郎が目を覚ました。ゆっくりと目を開けた炭治郎は「……禰豆子……なまえ……」とうわ言のように呟いた。そしてぼんやりとしていた炭治郎は周りの状況に気付くと、目を見開いて起き上がった。
「!! ……ひどい……めちゃくちゃだ」
顔を青ざめさせる炭治郎だったが、そんなのお構いなしに禰豆子がが以外と頭を押し付けている。それに気付いた炭治郎はハッとする。
「禰豆子となまえが助けてくれたのか!? ありがとう……」
炭治郎はすり寄る禰豆子の頭を優しく撫でた。そして私のことも撫でようとしたが、生憎私は炭治郎を助けた訳ではない。今回だって、私は結局鬼に捕まって、何も……できなかった。
私が眉を下げてしょんぼりしていると、炭治郎は「なまえも無事でよかった……よく頑張ったな」と言って私の頭も撫でた。私のことを撫でる炭治郎を、私は複雑な気持ちで見つめていた。
そして私の頭から手を離した炭治郎は、突然立ち上がった。
「──他の皆は!!」
他の人達を心配する炭治郎が走ろうと足を一歩踏み出すが、進む前に膝から崩れ落ちた。炭治郎は唖然とした顔つきのまま膝を着いている。
すると、積もった瓦礫の向こう側から弱々しい声が聞こえた。
「──たんじろ〜〜〜〜」
「!!」
「──たぁぁんじろ〜〜〜」
「善逸の声だ!」
鼻声なその声の正体は善逸であった。
炭治郎は、声を上げる善逸のもとへ行きたいようであったが、先程の様子を見るにそれは難しそうである。
私が、どうしよう……と悩んでいれば、隣にいた禰豆子が躊躇いもなく炭治郎を持ち上げおぶった。
そんな禰豆子に驚いて見つめれば、禰豆子はこちらに『ついてして』というように目配せをした後、小さな体のまま走り出した。私はぽかーんとした顔のままその後についていく。
着いた先では、血塗れ涙塗れの善逸が倒れていた。ぼろぼろな善逸は炭治郎の姿を認識すると、泣きながら叫び始めた。
「起きたら体中痛いよおおお!!! 俺の両足、これ折れてんの何なの!! 誰にやられたのコレ! 痛いよおお!! 怖くて見れないい!!!」
見るからに満身創痍の善逸ではあるが、いつものように叫ぶ様子を見る限りだと普通に元気なのかな、と思ってしまう。
「無事か! 良かった!」
「無事じゃねぇよおお!!」
禰豆子におぶられる炭治郎がそう返すと、善逸は叫びながら炭治郎に手を伸ばした。
「──俺も可哀想だけど、伊之助がやばいよぉ、心臓の音がどんどん弱くなってるよ〜〜〜!!」
その時、善逸の口から出た言葉に炭治郎が顔色を変えた。そして善逸は震える手で指をさした。
「あそこにいるよ、あそこ〜〜!」
──善逸が指をさした先には、倒壊した家屋の屋根に倒れる伊之助がいた。
急いでそちらに駆け寄り、禰豆子から降りた炭治郎が伊之助のもとに寄った。
「伊之助──っ!! 伊之助!! 伊之助!! しっかりしろ!」
「──伊之助!!」
動かない伊之助に炭治郎が必死に声をかけるが、それに伊之助が答える事はない。ぴくりとも動かない伊之助に、私は動揺して固まった。
……いつも一番元気な伊之助が、こんなに静かになるところなんて見たくなかった。それも、こんな形で。
顔を歪ませる炭治郎が伊之助の胸に手を添えて心音を確認している。しかし、鬼の私には手を添えなくても分かってしまった。
伊之助の心音は段々と弱くなっていっていることも──伊之助の体を鬼の毒が蝕んでいることも。
毒に侵されている伊之助を助ける為には、その毒を取り除く以外に方法が無い。しかし、夜はまだ明けないし、治療を施してくれる蝶屋敷に運ぶには時間がかかりすぎる。
──伊之助を助ける為に、一体どうすれば──。
私が必死に考えを巡らせていると、不意に禰豆子がその小さな手を伸ばした。そして禰豆子の手が、ぴとりと伊之助に触れた途端、
──ぼっ、と音を立てて伊之助が勢いよく燃え出した。
「!?」
「……!?」
目の前でごうごうと燃え盛る炎が私達を燃やす事はなかった。これは──汽車の時に禰豆子が使っていた血鬼術だ。
私は突然のことに目を丸くしたが、それ以上に驚くことが起こった。
──伊之助の毒で爛れた皮膚が、治っていく……!
気付くと、伊之助の中から毒はもう殆ど無くなっていた。
禰豆子の炎が、伊之助を蝕んでいた鬼の毒を燃やし尽くしたのだ。
伊之助を包む炎は段々と小さくなっていき、やがて跡形もなく消えて行った。
「──腹減った!! なんか食わせろ!!」
炎が消えた途端目を覚ました伊之助が、いつものように元気よく叫んだ。変わらない伊之助に、炭治郎は瞳を潤ませて伊之助を抱きしめた。伊之助は珍しく、そんな炭治郎におろおろと困惑していた。
そして暫く互いの安全を確かめた後、禰豆子が再び立ち上がった。そして私に先程と同じように目配せをすると、歩けない炭治郎を背負った。「禰豆子……?」
そして禰豆子がまだ駆け出す。どこに行くのだろう……と私が不思議に思っていると、向かう先の方から叫び声が聞こえてきた。
叫ぶ声は主に二人で、どちらも女の人の声だ。この声、どこかで聞いたことのあるような……。
その声の主達──宇髄の周りの三人の女性がいるが、叫んでいるのはまきをと須摩だ──に近付くが、どうやら彼等は私達に気付いていないらしい。
禰豆子は背負った炭治郎をそっと近くには下ろすと、私の手を引いた。
え? と私は目をぱちくりとさせるが禰豆子はそれにも構わず、ずんずんと宇髄達のもとへ進んでいった。
そして彼等の間にひょこっと顔を出し、引く手を離した禰豆子は「ヨッ」というように片手を上げた。突然現れた(私達に気付かなかった宇髄達にとっては)私達に、宇髄とその妻達が驚きに顔を染める。
目の前にいる宇髄は伊之助と同じように鬼の毒にかかっており、皮膚が爛れていた。禰豆子が何故私を連れてきたのか、私は何となく理解した。
きっと禰豆子は、私にも血鬼術を使わせる気なのだ。
その考えは大方合っていたのだろう──禰豆子は黙ったまま私のことをじっと見つめる。そんな禰豆子に、私は息を詰めた。
──こんな私に、“人を救う”ことができるのだろうか。
私の炎は毒に効果があるのか分からないし、それどころかもしも本当に人を焼いてしまったら……。
そんな暗い考えが脳内をよぎり、私は恐怖に震えた。
やっぱり、私には……──湧き上がる嫌な想像に自信を喪失した私は俯いてしまった。
──しかしその時、俯き震える私の手を、ぎゅっと誰かが握った。
「──…………」
ゆっくりと顔を上げると、私の手を握っていたのはこちらをじっと見据える禰豆子だった。
禰豆子は私の手を力強く握り、私の目を見つめて頷く。
それはまるで、私に『できる』と元気づけているような──信頼の色を伴う動きだった。
暖かく手を握られた、力強く目を合わせられた、『信じてる』と頷かれた。たったそれだけで、私の心に巣食っていた“不安”が殆ど溶けていった。
ただ、それでも確かに不安はあった。けれど一度目をぎゅっと瞑り、私は心を決めた。
繋いだ手は、そのままに。
私と禰豆子は手を伸ばし、同時に宇髄へと触れた。そして力を込める。
──そして、宇髄の体が突然激しく燃え始めた。
先程と違うのは、禰豆子の赤色を帯びた炎の他に、“青色”を含む炎が混じっているということだろう。
また、自分の炎も鬼の毒を焼いているのが自分でも分かった。私も──人を救けることができるんだ。
赤と青の炎が激しく、そして美しく揺らめいた。
そんな色の対比を美しく思う私だが、宇髄の妻達はそう思う暇など無かったようだ。
「──ギャアアアッ!! 何するんですか、あなた達!!」
泣きながら叫び声を上げるまきをが、火をつけた私と禰豆子の肩に手を置いた。そしてぼろぼろと涙を流しながら叫び続ける。
「いくらなんでも早いです火葬が!! まだ死んでもないのにもう焼くなんて!! ──お尻を叩きます、お姉さんは怒りました!!」
「──ちょっと待て」
叫びながら私と禰豆子二人の肩を揺らすまきをに、炎が治った──つまり、毒が完全に消えた宇髄が声をかけた。
「こりゃ一体どういうことだ? ──毒が消えた」
爛れた皮膚が綺麗に治った宇髄は、その事実が信じられないのか半笑いで顔に手をやっている。
しかし毒が治ったのは誰が見ても一目瞭然だろう。宇髄の様子を見た妻達は途端に泣き出し、宇髄のもとへと飛び込んでいった。
そんな彼等に、炭治郎が声をかける。
「禰豆子となまえの血鬼術が、毒を燃やして飛ばしたんだと思います。俺にもよく分からないのですが……」
未だ手を繋いだままの私達の後ろに立つ炭治郎が、困った顔をしてそう言った。隣の禰豆子はフフン、とどこか得意げな顔をしている。私は、火をつけた片手をじっと見つめていた。
「傷は治らないのでもう動かないでください。御無事で良かったです」
「こんなこと有り得るのかよ、混乱するぜ……。……いやいやお前も動くなよ。死ぬぞ」
「──俺は鬼の頸を探します。確認するまではまだ安心できない」
そう言い、禰豆子が炭治郎を背負い走り出す。
禰豆子がおぶろうとする前に『今度は私がおぶるよ』と意思表示をしたものの、禰豆子は頸を横に振った。禰豆子だって疲れているだろうに……。
炭治郎の鼻を頼りに私達は走った。途中炭治郎が血溜まりを見つけ、その血を採取していた。そしてその血を現れた猫へと預けた。そういえばあの猫は、最初に蝶屋敷に来たときに炭治郎に私の血を採取された時にもいたな。
炭治郎が猫を撫でて「珠世さんの所へ頼んだぞ」と声をかければ、猫はたたっと素早く去っていった。
私達が鬼の匂いのもとへ着くと、そこでは酷い言い合いが繰り広げられていた。
「──なんで助けてくれなかったの!?」
「──俺は柱を相手にしたんだぞ!!」
「だから何よ!! なんでトドメを刺しとかなかったのよっ、頭カチ割っとけば良かったのに!」
「行こうとしてた!!」
「はァ!?」
先程の仲の良さはどこへ行ったのか、お互いに暴言を吐き合う頸だけの鬼達。その様子を私は眉を下げて見つめる。隣の炭治郎達も、どこか悲しそうな顔をして鬼達を見つめていた。
「出来損ないはお前だろうが! 弱くて何の取り柄も無い……お前みたいな奴を今まで庇ってきたことが心底悔やまれるぜ」
「──……!」
「お前さえいなけりゃ俺の人生はもっと違ってた! お前さえいなけりゃなあ!!」
帯鬼の言い草に憤慨した鎌鬼が大声で捲し立てる。
それを聞いた帯鬼の目から、涙が溢れるのを私は見た。
「何で俺がお前の尻拭いばっかりしなきゃならねえんだ!!」
「──お前なんか、生まれてこなけりゃ良かっ、」
“最期”に口を開こうとした鎌鬼の口を、炭治郎がそっと塞いだ。「──嘘だよ」
「本当はそんなこと思ってないよ。全部嘘だよ」
そうして炭治郎は喧嘩をする鬼達に優しく語りかけた。憎む相手である鬼を──炭治郎は、哀れんでいた。
「──うわああああん!! うるさいんだよォ!!」
もう顔の半分以上が崩れている帯鬼がそう叫んだ。その目からは、耐えきれなかった涙がぽろぽろと流れ出ていた。
「悔しいよう、悔しいよう、何とかしてよォお兄ちゃあん!! ──死にたくないよぉ!」
「──お兄っ、」
「──梅!!」
帯鬼の最期の言葉が続くことはなく、帯鬼はそのまま完全に崩れていってしまった。同じようにもうじき崩れるだろう鎌鬼が、“妹の名”を呼んだ。
この兄妹も……初めから、生まれた時から鬼だった訳じゃないのだ。初めは、二人とも人間だった。
鎌鬼はそれ以上何も言うことは無く、最期は静かに崩れ去っていった。
はらはらと舞う兄妹の欠片をすくった禰豆子の手を炭治郎が覆う。しかしその欠片も、次第に砂よりも小さくなり風に拐われて消えていった。
「……仲直りできたかな?」
飛んでいった欠片達を見上げる炭治郎が、ぽつりと呟いた。そして禰豆子と私の顔を見つめた。
問うた炭治郎に、禰豆子は力強くこくりと頷き、私は小さくゆっくりと頷いた。
そうして全てが終わった後、私達は再び善逸と伊之助のもとへと戻った。戻ると二人はちゃんと生きていて、仲間皆で抱き合った。
「うわあああああよかったよおおおお!!! 生きてるよおおおおおおんんん!!!」
「うん、うん」
「…………」
泣き叫ぶ善逸を炭治郎が涙を流しながら慰める。大変な怪我なのに、その声量はどうなのだろう。あまり無理をしない方がいい、とは思う。
元気よく(?)泣き叫んでいた善逸ではあったが、それも長くは続かなかった。
そのうち三人──主に喋っていたのは善逸と炭治郎だが──は静かになった。心音はきちんと鳴っているからまだ大丈夫だが、このまま放置していれば命の危険だってある。しかし、無理に動かすのも良くない。
そういうわけで、私と禰豆子は三人に挟まれたままじっとしているしか無かった。
しかしそのうち、黒尽くめの人達──後処理部隊“隠”というらしい──がやってきて、炭治郎達はちゃんと蝶屋敷に運ばれるみたいだった。
良かった、と安心して私も禰豆子も、用意された箱の中に入り込んだ。
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(一歩違えばその先は、)
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