群青の途
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冷たい雪が降るその日も、本当であればいつもと同じ家族との暖かな日になる筈だった。
「ぅ……ゔぅ、」
雪の積もる白い景色に映える、血の赤黒さ。
辺りは赤く染まりきり、酷く血の匂いが充満していた。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
あぁ私──お腹が減ったよ、皆……。
***
雪の中、私は双子の禰豆子と共に、弟の六太を寝かしつけていた。
先程まで大騒ぎしていた六太であったが、今はすやすやと寝息を立てている。
その頭を起こさないようにそっと撫でた。六太の可愛い寝顔に、私も禰豆子も微笑んだ。
「お兄ちゃん」
その時、町へ炭を売りに行くのであろう兄──炭治郎が家の方から歩いてきた。それに気付いた禰豆子がお兄ちゃんに声をかけた。
「禰豆子、なまえ」
こちらに気付いたお兄ちゃんが、どうしたんだと言う顔で近付いてきた。それに禰豆子と私が訳を告げる。
「六太を寝かしつけてたんだ。大騒ぎするから」
「お父さんが死んじゃって寂しいんだと思う。皆お兄ちゃんにくっついてまわるようになったもんね」
すやすやと眠る六太の頭をお兄ちゃんが撫でる。その手は仕事のせいなのか、ぼろぼろだった。
「「いってらしゃい」」
そうして、炭売りに出かけるお兄ちゃんを二人で見送った。いつもこうして炭売りに出かけて家族を養ってくれるお兄ちゃん。私達のお兄ちゃんは、世界一素敵な長男だ。
「じゃあ、私達もそろそろ家に戻ろうか」
「そうね」
体が冷え切る前に家へ帰ろうと、私達も家の方へと歩き出した。
何気ない日常の一部が、生活は楽とは言えないかもしれないけれど、とても幸せだった。
***
ただ、その日はいつも日が暮れる前に帰ってきていたお兄ちゃんが帰ってこなかった。
家族達は皆、帰ってこない炭治郎を心配していた。
「炭治郎、大丈夫かしら」
「兄ちゃんのことだし、きっと人助けしてたら日が暮れちゃったんだよ!」
茂がにかりと笑いそう言った。それに対して花子は、心優しい兄のことがやはり心配なようだった。
「でも……いくらなんでも遅くない?」
「もしかしたら、三郎爺さんのところに泊めてもらってるのかも」
私が思い浮かべた可能性を口に出すと、それに一同は納得したようだった。その可能性に、竹雄が元気よく同意を示す。
「ああ、それだ! 三郎爺さん、夜遅くに出歩いてたら鬼に喰われちまうぞーってよく言ってたもんな」
「なら今度、三郎爺さんに泊めてくれたお礼をしなくちゃね」
微笑みながら、お礼を何にしようかと考えている禰豆子。その腕の中で六太が眠そうにぼーっとしている。
「あ、私、外に六太のおもちゃを置いてきちゃった。取りに行ってくるね」
そのとき、私は昼間六太を寝かしつけるために使った玩具を外に忘れてきてしまったことを思い出した。
「でも、もう夜だよ? 明日になったらでいいんじゃない?」
今取りに行く、という私に花子が心配そうに提案する。いつもなら明るく元気な花子であるが、やはり兄が帰ってこなくて寂しいのか、少し元気がない。
「でも、六太が夜泣きしたらまた寝かしつけるのが大変になっちゃかもしれないから」
「で、でも……」
「大丈夫大丈夫、近いところだから。すぐに戻ってくるよ」
「そう……。なまえ、気をつけてね」
私が困ったように理由を述べれば、お母さんは心配そうながらも了承してくれた。
そうして私は、忘れ物を取りに行くため羽織を着て、寒い夜の森へと歩き出した。
***
「……! あった」
昼間六太をあやしていた場所の、切り株の上に忘れ物はあった。それに駆け寄り、手に取った。
皆が心配してしまう。早く帰ろう。
目的を達成した私は踵を返し、来た道を引き返した。
……お兄ちゃんが帰ってこないということは、前にも一度あった。そのときお兄ちゃんは三郎爺さんの家に泊めてもらったらしく、朝ごろに困った顔で帰ってきたのだ。何の連絡も無く帰ってこないお兄ちゃんに家族は大層心配し、花子や茂、六太は泣き出しそうにまでなっていた。
お父さんが死んじゃってから、皆寂しいのだろう。それからは長男である炭治郎について回るようになったのだ。
そんなことを考えていれば、もう家の側まで来ていた。しかし、何だか家の様子がおかしいように感じた。
「(……?)」
すぐ側の我が家からは物音一つしない。皆が寝静まったといえども、流石に早すぎる。まだ私が家から離れてそんなに経っていない。しかしそれどころか、家からは“生き物”の気配すら感じられないような気がした。
無性に嫌な予感がした私は、駆け足で家に向かった。一足踏み出せば、鼻を掠めたその匂い──血の、匂いだった。
家の前まで来て、扉の前に何かが倒れているのが分かった。倒れていたそれは、六太を庇うかのように倒れている禰豆子であった。その周りには、赤い血が散布していた。
「っ禰豆子、六太!」
どうして、二人がこんな目に……一体何が……!
怪我をしている二人に慌てて駆け寄り、ふと家の中に視線を向ければ、
「──ぁ……」
夥しいほどの血と、それらを被り血塗れな家族達、そして──その中央に立つ、見知らぬ男の人。
「まだ生き残りがいたか」
絶望する私を見て、その男が言った。
理解が追いつかなかった。どうして家族達が、これをしたのはこの男なのか、そもそもこの男は一体誰なのか。
様々な感情──怒りや悲しみ、驚き、絶望が混ざり、言葉もうまく発せなかった。
「貴方、一体、何をして……」
どうにかして口に出した言葉はか細く、震えていた。
その刹那、凄まじい殺気を感じた私は、本能的にその場に伏せた。轟音が鳴り響き、少し離れた背後の木は折れていた。
「ほう、避けるとは」
男は先程と声色を変え、片眉を上げていた。
人間にはおおよそできる筈もないそれに、私は目を見開いた。“人間”には絶対にできない、そう、“人間”には。
「よく見れば、そこの娘の双子か。今の動きは素質がある、鬼になるといい」
男が何を言っているのか、半分も理解できなかった。
鬼? 鬼って、三郎爺さんが言っていた鬼? 素質って何の? それに、“鬼になるといい”って、それは──。
「──……っ!!」
気付くと男は私の頸を片手で持ち上げていた。頸が絞められ、息ができない。はくはくと口を開け、本能的に体が酸素を取り込もうとする。
そして男は──私の頸に、その尖った爪を突き刺した。
「──ぁあぁあああ……!!」
その瞬間、熱さや痛み、苦しみが同時に体を駆け巡る。視界がぐにゃぐにゃと歪み、自分の心音以外の音が聞こえなくなった。
息苦しさが消え、代わりに全身に衝撃が加わり、地面に落とされたことが分かった。そのまま冷たい雪の上で、痛む全身を抑えのたうちまわった。
「お前もこの血の量に耐えるか。お前はきっと強い鬼になるだろう」
男が何かを言っているが、音がぼんやりとしてよく聞き取れない。
そしてそのまま、私の意識は闇へと落ちていった。
***
血の匂いが鼻を掠める。ゆっくりと目を開けると、白と赤が目立つぼんやりとした景色が映った。まだ辺りは薄暗く、もうすぐ夜明けであることが分かった。
段々と視界がはっきりしていく中で、私は立ち上がり、昨夜の惨劇を思い出した。
「、ぅっ……!」
そうだ、家族が皆血だらけで大変な怪我なんだ。早く全員医者に見せなければ!
立ち上がるとぐらりと少しよろめいたが、家族を助ける為家の中へと入ろうとする。
瞬間、何故だか凄まじいほどの『飢餓感』を感じた。
それも──血塗れの家族に対して。
「、は──」
そんなことを思ってしまった自分にひやりと心臓を冷たくする。私は、今何を馬鹿なことを──。
しかし、勘違いだと思っていた『飢餓感』は、それを自覚し始めてから急速に大きくなっていく。
鼻につく血の匂いが、とても甘美な匂いに感じられた。目の前に広がるのは大切な家族達であるというのに、その家族のことを……美味しそう、だなんて。
そんな自分が一番恐ろしく、私は思わず後退り腰を抜かした。
まさか、私は、あの男が言っていたように──本当に人食い鬼になってしまった?
その考えに至った途端、私は大量に冷や汗をかき顔を青ざめさせた。その間にも私の心は『お腹が減った』と訴え続けている。
だめだ、そんなの絶対だめ。人間なんて絶対に食べちゃだめだ。
本当は、一刻も早く家族を医者に連れて行きたかった。けど、けど……。
きっと、指一本でも触れれば、私は──その腕に噛み付いてしまう。噛み付いて、砕いて、咀嚼してしまう。
だから、今私ができる唯一のこと。それは、ここから離れること。
そう判断した私は、甘美な誘惑を振り払い、一目散にそこから逃げ出した。
──ごめんなさい、お母さん、花子、竹雄、茂、六太、禰豆子……そして、お兄ちゃん。
化物になった私を、家族を置いて逃げる私を、どうか許してください。
私は町の方とは逆方向の道へと走り出した。
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(雪が降るその日、幸せが音を立てて崩れた。)