群青の途
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──暗闇の中、声が聞こえた。
『謝らないで、お兄ちゃん。どうしていつも謝るの?』
その声は、段々と映像を伴いながら脳内で再生されていく。
『貧しかったら不幸なの? 綺麗な着物が着れなかったら可哀想なの? そんなに誰かのせいにしたいの? お父さんが病気で死んだのも悪いことみたい』
それは、いつの日かの炭治郎の記憶だった。
『精一杯頑張っても駄目だったんだから仕方ないじゃない。人間なんだから誰でも……何でも思い通りにはいかないわ』
雪が降り注ぐ森の中、禰豆子が眉を顰めていた。
『幸せかどうかは自分で決める。大切なのは、“今”なんだよ。前を向こう。一緒に頑張ろうよ。戦おう』
禰豆子の綺麗に纏められた髪が、ほろほろとほつれていく。
『謝ったりしないで。お兄ちゃんならわかってよ、私の気持ちをわかってよ』
そう言い涙を流す禰豆子の口には牙が生えており、瞳孔も細くなっていた。
──そうだ、禰豆子は……あの時怒っていた。
──でもそれと反対に、あの時なまえは、
『あ、お兄ちゃん。今禰豆子が怒って行っちゃったんだけど』
『……お兄ちゃん、禰豆子にそんなこと言ったの?』
『そっか……ふふ、ん、ごめん。お兄ちゃんって皆への思い遣りはできるのに、変なところを気にしちゃうんだね』
──目を細め、笑っていた。
『私はね、今の生活が幸せだよ。確かに悲しいことだってあるけど……それは人間皆同じ。生きているんだから』
山菜の入った籠を抱えたなまえが、愛おしそうな様子で言う。
『でも生きていれば、その倍嬉しいことも楽しいこともある。皆で同じお釜のご飯を食べて、温かいお風呂に入って、布団を並べて寝て、皆で笑いあって』
『そんな日常が、私は何より“幸せ”に感じる。きっと禰豆子は……お兄ちゃんにも分かって欲しかったんじゃないかな。そうなってしまったものはもう仕方ないから──大切なのは“今”なんだから、一緒に頑張っていこう、って──』
そう言うなまえの瞳は、濁りが無く透き通っていた。
***
「──……」
唐突に意識を取り戻した炭治郎。血塗れの炭治郎は刀を握ったまま地面に倒れていた。
──昔の夢か……? あれ? ここは……俺は……。
「何だ、お前まだ生きてんのか。運のいい奴だなああ」
「……!!」
上から声がしてハッと上を見上げれば、妓夫太郎が炭治郎を覗き込んでいた。
「まあ、運がいい以外取り柄がねぇんだろうなあ。可哀想になあ、お前以外の奴は皆もう駄目だろうしなああ」
そして妓夫太郎は周りを見回すと、付近に倒れている炭治郎の仲間達の様子を伝えた。誰も彼も血を流し倒れており、ぴくりとも動く気配も無い。
「みっともねぇなあ、みっともねぇなあ。お前ら本当にみっともねぇなあ。特に、お前は格別だ」
妓夫太郎がぼりぼりと自らの頬を掻きながら悪どい笑みを浮かべた。そして、炭治郎が背負っている木箱に目を向けた。
「お前の背負ってる箱からはみ出してるのは血縁だな? それに、俺の妹に取り込まれた奴も。わかるぜ、鬼になってても血が近いのは。そりゃあどっちも姉か? 妹か?」
そして妓夫太郎は炭治郎に疑問を投げかけた。
その行動が炭治郎は理解できず、数瞬押し黙った。何故自分を殺さないのか……しかし今頸を狙ったとしても、腕が痺れていて斬れないだろう。
「…………両方妹だ」
「──ひひひっ! そうか、やっぱりそうか! みっともねぇなあ、お前全然妹守れてねえじゃねえか!!」
炭治郎の答えを聞いた妓夫太郎は、口に手をやり不気味に嗤い出した。嗤う妓夫太郎の瞳が、さぞ愉快だと言わんばかりに三日月の形に歪んでいる。
それからも笑う妓夫太郎は炭治郎へ罵倒の言葉をかけ続けた。
そして罵倒の言葉と共に指もへし折られ、べしべしと頭を叩かれる。
ありったけの罵詈雑言を浴びせられた炭治郎。炭治郎は地面に落ちていた遊女の香り袋を引っ掻き、黙って俯いた。
その様子に妓夫太郎は、もう嗤いが止まらないようだった。家屋の屋根に座る堕姫も、ふっと蔑むように鼻で嗤った。
俯く炭治郎のみっともなさを気に入った妓夫太郎は、そのまま炭治郎に『鬼になったらどうだ』と提案した。そんな妓夫太郎に堕姫は顔を顰め嫌そうに反対するが、妓夫太郎はそれにも構わず勧誘する。
そして、ばっと空を仰いだ炭治郎。顔を上げた炭治郎を見て、にやにやと嗤う妓夫太郎が告げた。
「悔しいんだなあ、自分の弱さが。人は嘆く時、天を仰ぐんだぜ。涙が溢れないようになああ」
「……俺は……俺は…………」
「──準備してたんだ」
妓夫太郎を睨みつけた炭治郎の瞳は、ギラギラと不屈の炎を燃やしていた。
***
『──て!!』
耳が聞き取った微かなその声。しかし、今の私にはその声に応答しようという気力も無かった。私は目も開けないままに、どこかも分からない場所でくたりと倒れていた。
『なまえお姉ちゃんっ!!』
今度ははっきりと聞こえたその声。女の子の声だ。
『なまえお姉ちゃん、起きて! お兄ちゃんが戦ってる、他の人も戦ってる……! でもまだ足りないの! お願い、お兄ちゃんを──皆を助けてあげて!』
私が……皆を、助ける?
そんなの、そんなの──無理に決まってる……。
“あの時”だって、私がいたのにどうにもできなかった。大切な“彼ら”を、守れなかった。間に合わなかった。
そんな私に、他人を守ることなんて、
『できる──なまえお姉ちゃんならできるよ!』
……え、?
『私は知ってるよ。なまえお姉ちゃんが、決めたことは必ずやり遂げられる人だって。お姉ちゃんが、風邪を引いたお兄ちゃんの代わりに炭を売りに行った時だって、“お兄ちゃんの代わりだけど、必ず全部売ってみせる”って……そう言った通り炭を完売させたのも、私は覚えてる』
どくん、と心臓が強く波打つ感覚がした。
わた、しは……炭を売っていたことがある……?
“炭”という単語に、何故だか笑う炭治郎を思い出した。
『それに、お姉ちゃんは鬼になっても人の心を忘れてない。私達のことを、無意識に想ってくれてるもん』
……でも、私は……皆を助けられなかった。
『精一杯頑張っても駄目だったんだから仕方ないよ。大切なのは“今”なんでしょ! だから前を向いて、皆を助けて』
その言葉が、すんなりと胸に溶けていった。
まるでもともとは私の胸にその言葉が在ったかのように、とても自然に。
ふと気付けばその女の子の声は消えていた。
けれども、女の子に灯された心の炎は消えていなかった。暖かく胸中を照らす炎が、今も強く燃え続けている。
──私は、人間を、皆を助ける!
そうしてようやく私は目を開けたけど、そこは何も見えない真っ暗な闇の中で。
しかし、闇の中道が見えなくとも、私には進む先が分かっている。
何も見えない闇の先へ、手を伸ばした。
「────!!」
伸ばした手が、段々と熱くなっていく。開いた手のひらの中心に熱が集まる感覚がする。それと同時に、体の中の血がぐつぐつと燃え上がるような熱さを味わった。
それどころか、暗闇の中に散らばっていた己の血も連動して熱を帯びていく。
その心を、“血”を燃やせ。
「血鬼術────!!」
***
ぼっ。
その時、微かな音が堕姫の帯から鳴った。
喧噪の中で、そんな小さな音に気付く者など当然いない。
しかし、その音による変化には皆すぐに気付いた。
「──ひ、いやああああっ!!!」
小さく発火した“青い”炎が、ごうごうと勢いを増して燃え上がる。
堕姫は自らの体を燃やすその炎により遙か昔の記憶が薄らと思い出し、高い悲鳴を上げた。
蒼炎に気を取られている堕姫の頸に善逸が刀を振るう。しかし、堕姫の頸は帯のように柔らかくなり、あと少しのところで刀は振り抜けなかった。
「(青い、炎……禰豆子ちゃんの炎の色とは違う、)」
「ッ何なのよ……!! でも、アンタがアタシの頸を斬るのより早く、アタシがアンタを細切れにするわ!!」
炎に気を取られていた堕姫であったが、素早い妓夫太郎の判断で無理やり炎から意識を逸らさせた。
そうして無数の帯が無防備な善逸を襲うが、それは駆けつけた伊之助によって全て切り刻まれた。
予想外の事態に堕姫は目を剥いた。
「険しい山で育っだ俺に゛は毒も゛効かね゛え゛!!」
声も濁り、口から血を吐く伊之助が堕姫の頸にその二対の刀を食い込ませた。同じく刀を食い込ませている善逸とは反対の向きに。
めらめらと燃え続ける炎により帯の強度も弱体化され、
「──アアアアアア!!!」
「──ガア、ア゛、ア゛アア゛ア゛!!!」
──堕姫の頸、そして妓夫太郎の頸が刎ねられた。
刎ねられた二人の鬼の頸が宙を舞い、その後重い音を立てて地面へと落ちた。皮肉にも両者顔が向かい合わせになる形で。
その様子を屋根から見ていた須磨が興奮しながら声を上げている。喜ぶ須磨であったが、雛鶴が異変に気付いた。
そして唐突に振り返った宇髄が必死に叫んだ。
「逃げろ────ッ!!!」
──刹那、頸を斬られた妓夫太郎の体から悍しい量の血の刃が放たれ、周りの建物を巻き込みながら大爆発した。
それに巻き込まれた炭治郎は、再び意識を失ったのだった。
25
(蒼炎よ、燃え上がれ。)