群青の途
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部屋から飛び出していった善逸と帯鬼を追い、私も屋根の上へと飛び乗った。
穴の開いた屋根の上では善逸と帯鬼が何やら会話をしていたようだった。
しかし、急に帯鬼の気配が変わるのを私は感じ取った。ぞわりと生毛が逆立つ。
「人にされて嫌だったこと、苦しかったことを人に返して取り立てる。自分が不幸だった分は幸せな奴から取り立てねぇと取り返せねぇ」
俯く帯鬼が声はそのままに、口調だけが荒くなり言った。そうして顔を上げた帯鬼の額には──
「──それが俺達の生き方だからなあ。言いがかりをつけてくる奴は皆、殺してきたんだよなあ」
──新たに三つ目の瞳が開いていた。
「お前らも同じように、喉笛掻き切ってやるからなああ」
その言葉が発せられた瞬間──こちらに向かい、物凄い速さで帯が迫ってきていた。
「──っ……!」
とんでもない速さだ、避けきれなかった。
帯の速度に反応できなかった私は、体の節々を帯に斬られた。斬られた場所から、ぼたぼたと血が落ちていった。
「アハハハハッ!」
高い声を上げて笑う帯鬼は、背中から夥しい数の帯を生やしていた。そのうちの何本かは屋根の下へと突き刺さっており、下で鎌鬼と戦う炭治郎達にも攻撃を加えていることが分かった。
「全部見えるわ、アンタ達の動き! 兄さんが起きたからね! これがアタシの本当の力なのよ!!」
鬼として慣れてきた私は痛みもあまり感じなくなってきたし、怪我だって体力があればいくらでも治る。
しかし、人間はそうにはいかないのだ。
「──うるせぇ!! キンキン声で喋るんじゃねぇ!!」
同じように帯の攻撃を受けた伊之助と善逸も、体の至る所から血を流していた。
このまま攻撃を受ける一方じゃだめだ、攻めなければ。
しかし息を整える暇もなく次の帯がやってくる。迫る帯がうねり、私達に向かい牙を剥いた。私はそれをなんとか目で見切り、体を切断されないようにいなしていく。
善逸や伊之助も刀を駆使して帯の猛攻を防いでいる。
──瞬間、いきなり帯が広範囲を斬り刻んだ。
帯によって斬り刻まれた周りの家屋が倒壊し始める。このままでは倒壊に巻き込まれる、と感じた私は乗っていた建物の屋根から飛び退く。私が避けた後、屋根は轟音を立てて崩れていった。
「ぐぉおおおお!!」
瓦礫と共に帯が容赦もなく飛んでくる。砂煙で視界も悪く、こちらにとっては最悪の環境だ。しかも先程までとは違い、今度は帯と共に血の刃も飛んできた。
「帯に加えて血の刃が飛んでくるぞ! 何じゃこれ!! 蚯蚓女に全然近付けねぇ!!」
私達は、増えた攻撃の手に苦戦した。帯を斬って跳ね除けた上に、血の刃は──避けなければならない。この攻撃は当たってはならない──再生できる鬼の私でさえも、そう本能が訴えていた。
「くそォオ!! 特に血の刃はやべぇ!! 掠っただけでも死ぬってのを肌でビンビン感じるぜ!」
伊之助や善逸も何とか攻撃を受けきれているが、あくまで防戦一方だ。帯鬼の頸を斬るなんぞ、このままでは夢のまた夢。せめて何とかして近付かなければ。
しかし帯鬼に近付きたくとも、襲いかかる帯がそれを許さない。多方向から押し寄せる帯をいなすのに私は精一杯だ。
それに、飛んでくる血の刃も厄介だ。縦横無尽に飛び回る血の刃にも気を張りながら戦わなければならない。
「だあああクソ!! 向こうは頸斬りそうだぜ!!」
その声にハッとして炭治郎達の方を見遣れば、彼らは鎌鬼を囲い追い詰めていた。宇髄や炭治郎が兄に刀を振るう。
しかしあちらが斬れても、こちらが斬れなければ鬼は倒せないのだ。なのにこちらと言えば、鬼に近付くことすらままならない。
「チクショオッ、合わせて斬らなきゃ倒せねえのによ!」
その様子を見て、焦りが加速していく。それは伊之助も同じようだった。
ただ避けていなしているだけでは駄目なのだ。どうにか反撃を、否……頸を斬る為にせめて距離を詰めなければ──!!
「──伊之助、なまえちゃん、落ち着いて!」
ふと響いてきたその声に、私はぴくりと反応する。帯の猛攻の中、大きく声を上げたのは善逸だった。
「全く同時に斬る必要はないんだ、二人の鬼の頸が繋がっていない状態にすればいい!!」
「──向こうが頸を斬った後でも諦めずに攻撃にいこう!!」
善逸の言葉に、私は胸中に渦巻いていた焦りが小さくなっていくのを感じた。狭まっていた視界が広く戻っていく。
「お前っ……おま……お前なんかすごいいい感じじゃねーか!! どうした!?」
「んー……!」
落ち着きを取り戻した私は、その場から飛び退き一旦帯達から離れた。
離れた屋根に足を着き、その一瞬で呼吸を整える。
「──ふーっ……」
──そして瓦が割れる程に足に力を込め、帯を操る鬼に向かい飛びかかった。
走る中迫りくる帯を全て避けて、私はようやく帯鬼に近付くことができた。最後に高く飛び上がった私は、驚く帯鬼の前に舞い降りた。
目前の帯鬼は、いきなり現れた私に目を丸くしている。
「っアンタ……!!」
私は間髪入れずに己の足を帯鬼へと振るった。驚きながらも帯鬼はそれを避け、体勢を少し仰け反らせた。
そうして無防備になっていた鬼の左手を掴み上げ、そのまま鬼の手を引きちぎった。
私には刀がないから──鬼の頸を斬ることはできない。でも、隙を作ることくらいなら、少しでも体力を減らすことくらいなら──!
そう思い、私は少しでも鬼の体力を減らそうと攻撃を続ける。
鬼は、己の腕の仇とでも言うのか、今度は私の腕を帯で切断した。再生が間に合わなくとも──まだ片腕は残っている。私は片腕でお返しに、と鬼の顔に爪を引っかけた。
「鬱陶しいっ、のよ!!」
私は鬼で、相手も鬼だ。鬼同士では戦いに決着はつかない。何故なら、互いに殺せる手段が無いからだ。
帯鬼にとって、今は殺す手段もない相手にうろちょろされるのは良い気分ではない筈だ。それに放っておけば隙を作られるやもしれず、体力だって微々たるものだが削られていくのだから。
そう思った通り、目の前の帯鬼は美しい顔を歪めて苛立っているようだった。
作戦通りだ──怒らせれば、判断力も少しは落ちるかもしれない。
私はそう考え、憤怒する鬼に対しての攻撃を続けた。
──しかし、私は甘かった。
目の前の帯鬼に夢中だった私は、飛び回る血の刃の存在をまるごと忘れ、己に迫りくる刃にも気付くことができなかったのだ。
「────っ!?!?」
突然背後から衝撃を受け、私はその時ようやく血の刃の存在を思い出したのだ。
腹部に広がる痛みに、軽くなる体。私の体は血の刃によって、いつの日かのように真っ二つに両断されていた。
「アハハハ!! 油断したわね!! 鬼のアンタは帯に取り込んで、後で灼き殺してあげる!!」
高笑いした帯鬼から、素早い帯が伸びて来ていた。真っ二つにされた体を再生する暇も、抵抗すること暇もなく、私の体は帯に斬り刻まれ粉々になった。
自分の腕が、足が、身体が、目の前でくるくると血を纏いながら舞うのを見た。
そして己を取り込まんとする数多の帯を最後に、私の意識は暗闇に囚われた。
***
「なまえ────ッ!!!」
「おい、今はこっちに集中しろ!!」
自分の妹が粉々に切断され、帯に取り込まれるのを見た炭治郎が叫んだ。それに対し、宇髄は苦い顔をしながら気を取られている炭治郎を叱責する。
「お前の妹は喰われた訳じゃない! 鬼を倒せば必ず戻ってくる! だから今は鬼を倒すことだけに集中しろ!!」
炭治郎は辛そうな顔をしながらも、目前の妓夫太郎へと刃を振るった。それと同時に宇髄も太刀を鬼の頸へと振るった。
しかし、それは妓夫太郎の持つ獲物により防がれた。
「お前らが俺の頸を斬るなんて、無理な話なんだよなあ」
妓夫太郎の鎌に食い込んだ刃が抜けない炭治郎が焦りを滲ませる。しかし宇髄はその間にも、二本目の太刀を鬼の頸へと振るっていた。
だがその刃でさえも、頸をぐりんと真後ろに回した妓夫太郎に口で止められてしまった。
そして、戦いは更に激しさを増していく。
唯一帯堕姫に近付けていたなまえも取り込まれてしまい更に堕姫に近付きにくくなってしまった為、堕姫のことは伊之助達に炭治郎を入れた三人で応戦することとなった。
宇髄は既に敵の毒にやられている為、早く決着をつけなければならない。その為にもまずは堕姫の頸を斬らなければならない。
伊之助が捌ノ型・爆烈猛進で鬼へと突っ走り、その伊之助を炭治郎と善逸がそれぞれ参ノ型・流流舞い、壱の型・霹靂一閃・八連で帯から守る。
そして堕姫へと近付くことができた伊之助が、陸ノ牙・乱杭で鋸のようにして堕姫の頸を刎ねた。
驚きに顔を染める堕姫の頸を持ち、伊之助が走り出した。
──しかしその逃走劇は、直ぐに終わりを告げた。
突然背後に現れた妓夫太郎に刺された伊之助が、くらりと蹌踉めき倒れた。その隙に抱えていた堕姫の頸も取り返されてしまった。
何故妓夫太郎がここに現れたのか──? 炭治郎が妓夫太郎と戦っていた筈の宇髄を探すと、宇髄は──大量に血を流し地面に力なく横たわっていた。その傍らには、切断された左手が転がっていた。
その光景に絶望を感じた炭治郎は、迫りくる帯に反応できなかった。
「炭治郎危ない!!」叫ぶ善逸に庇われ、炭治郎は屋根から滑り落ちた。
「(ああ、ああ!!)」
「(みんなごめん……禰豆子、なまえ……)」
最後に崩れた家屋の瓦が落ちゆく光景を見て、炭治郎はそのまま気を失った。
24
(最後に見たのは絶望の一片。)