群青の途
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いきなり現れたその気配に、温まっていた体が冷え込むのを感じた。
先程の女の鬼よりも一層暗くて悍しいその気配。もう一人の鬼は、確実に女の鬼よりも強い。冷や汗が私の頬を伝った。
「──…………」
私は飛び降りた部屋を無言のまま見つめる。中からは人の声──または鬼の声──が聞こえてくるが、内容はよく分からない。
宇髄の落ち着きのある声と、女の鬼の喚く高い声。それにもう一人、語尾を伸ばす低い男の声が加わった。
ふと、周りの空気が微かに揺らいだ。
──その瞬間、見上げていた部屋の屋根や壁が大きな音を立てて吹き飛んだ。
「!?」
私は軽く目を見開いてその光景を見た。
突然の出来事に、眠る禰豆子を抱く炭治郎も目を丸くしていた。そして、暗い夜の中月光に照らされ飛翔する何かが目に入った。
回転しながら空中に浮かぶ二対のそれは、所謂鎌と呼ばれるものに酷似している。
その時、驚いていた私の鼻が匂いを感じとった。濃い血の匂いだ。──誰かが怪我をしている。
宇髄のもとへ加勢しようと一歩を踏み出そうとしたところで、後ろから走る足音が聞こえた。
「──俺が来たぞコラァ!! 御到着じゃボケェ!! 頼りにしろ俺をォォ!!」
「伊之助! 善逸! ……寝てるのか!?」
それは私と共に走ってきていた筈の伊之助と善逸であった。伊之助は、いち早く到着した私に対し「俺はお前よりも速いが、今回は手加減してやっただけだ!」と何故か憤慨しており、善逸は無言のまま鼻提灯を膨らませている。見るに眠っているようだが、どういうわけか立って走っている。
「宇髄さんを加勢してくれ! 頼む!」
「任せて安心しとけコラァ!! 大暴れしてやるよ! この俺様伊之助様が、」
──ド派手にな!!
被る猪頭で顔は見えないものの、どこか誇らしげな伊之助。伊之助はどうやら影響を受けやすいみたいだ。
「すまないっ、俺は禰豆子を箱に戻してくる! 少しの間だけ許してくれ!」
「許す!!」
「ありがとう!」
炭治郎が禰豆子を抱き抱え立ち上がる。そして親分に許しを乞えば、親分は快く許しを出した。善逸は鼻提灯を膨らませ、未だ眠ったままである。
駆け出そうとした炭治郎は、黙って彼らを見つめていた私と目が合うと足を止めた。
「……なまえ、は、」
そう言ったっきり言葉の続かない炭治郎。炭治郎はどうやら私のことを共に連れて行くか、置いていくか悩んでいるようだった。
私は逡巡する炭治郎のもとへ行き、『私は残って戦う』と目を合わせた。匂いで私がどうしたいのか分かってくれたのか、炭治郎はそれに一瞬目を見開くと「……分かった。でも無茶だけはしないでくれ」と小さく言った。私はそれにこくんと頷く。
そして炭治郎は禰豆子を箱に戻す為走り去っていった。私はその姿を見えなくなるまで見つめていた。
「行くぞ子分共!!」
元気よく言う伊之助に、私と善逸が無言で付いていく。戦場はすぐそこだ。
***
「…………〜〜!!」
勢いよく戦場に乗り込もうとしたはいいものの、そこは予想以上に激戦になっていた。
男の鬼の血鬼術であろう血の刃がそこかしこを飛び回り、それに宇髄の爆発のような剣術が対抗している。
その光景を、助太刀しようと壁から覗く私達。しかし、思いの外入りこむ隙がない。無理やり入っても味方である宇髄の爆発に巻き込まれるだけだ。そういうことから、私達は助太刀の機会を計り動けずにいた。
戦場を覗き込む伊之助はうまく機会がやってこない為に苛々しているようだった。顔は窺えないし、声も出していないがそれでも分かる程に分かりやすかった。
すると突然、戦う宇髄が黒い玉を天井に向かい投げた。そしてその玉を宇髄が太刀で斬った瞬間──
──ドン、と大きな音がして部屋が吹き飛んだ。
大きな爆発により私は覗いていた場所から軽く吹き飛ばされた。それでも受け身を取り、素早く立ち上がる。
「うおっ、あぶねっ」
声のする方を見やれば、伊之助も善逸も同じく無事なようであった。
そうしている間にも、戦いは更に勢いを増しているようであった。戦場からは爆音や破壊音が絶え間なく聞こえてくる。鼻につく血の匂いも、段々と濃くなっている。
金属音や爆発音が止み、女の怒鳴り声が聞こえてき始めたところで私達はやっと戦場へと入った。
そこには頸の斬られた女の鬼と、二対の鎌を持つ痩せた男の鬼がいた。
「お前、もしかして気付いてるなぁ?」
「何に?」
一旦戦闘が止み、男の鬼と宇髄が会話を始めた。
「……気付いた所で意味ねぇけどなぁ。お前は段々と死んでいくだろうしなぁあ」
語尾が伸びた男の鬼が、ぼりぼりと自らの頬を血が出るほど搔きむしりながら言う。
……宇髄は何かに気付いた? それに、死んでいくって……。
「こうしている今も俺達はジワジワ勝ってるんだよなああ」
「──それはどうかな!?」
それに対し反論の声を上げたのは、謎の体勢をとる伊之助だった。いきなり現れた私達に女の鬼が驚いているのが見えた。正直、私も伊之助がいきなり何を言い出すのかと驚いている。
「俺を忘れちゃいけねぇぜ! この伊之助様と、その手下がいるんだぜ!!」
「何だ? コイツら……」
伊之助は刀を掲げ自信満々な様子だ。一方鬼達は呆れたような顔でそれを見ており、味方である宇髄は驚いた顔をしている。
──そして、よく知った気配がすぐそこまで来ていた。
私が穴の開いた上を見ると、羽織をたなびかせた炭治郎がやってきていた。
炭治郎は禰豆子が入っているであろう箱を背負い、そのまま宇髄の目の前へ着地した。顔を上げた炭治郎は目の前の鬼を険しい顔で見つめた。
これで、全員が揃った。
「下っぱが何人来たところで、幸せな未来なんて待ってねぇからなあ。全員死ぬのにそうやって瞳をきらき
らさすなよなあぁ」
苛々と血管を浮き上がらせる男の鬼が顔を掻き毟る。眉にはシワがより、酷く気が立っている。
男の鬼の雰囲気が一層重くなった。そして近くに来たらよく分かる、この鬼は女の鬼とはやっぱり格が違う。沢山人を食べているのだろう。
そんな鬼に対し、宇髄は、
「勝つぜ。俺達鬼殺隊は」
そう堂々と言い放った。とても頼もしい言葉であったが、宇髄の様子は良いとは言えない。鬼の私には分かるのだ、宇髄の体には……既に毒が回り始めていることが。
「勝てないわよ! 頼みの綱の柱が毒にやられてちゃあね!!」
同じく鬼である帯鬼にもそれは分かっているのだろう。斬れた頸を手でくっつけている帯鬼がそう叫んだ。
やっぱりそうだ……宇髄は毒に……。
私が暗い考えに陥りそうになったその時、宇髄は笑いながら告げた。
「──余裕で勝つわボケ雑魚がァ!! 毒回ってるくらいの足枷あってトントンなんだよ! 人間様を舐めるんじゃねぇ!!」
勢いよく強い啖呵をきった宇髄、しかし何故だかそれは無謀だとは感じなかった。むしろ、心が明るくなっていくのを感じた。
「こいつらは四人共優秀な俺の“継子”だ! 逃げねぇ根性がある!」
「フハハッまぁな!」
「手足が千切れても喰らいつくぜ!」
宇髄が鬼にその太刀を突きつけ言う。継子だと言われ、褒められた伊之助は嬉しそうに笑っていた。
「そしてテメェらの倒し方はすでに俺が看破した! ──同時に頸を斬ることだ、二人同時にな! そうだろ!!」
「…………」
「そうじゃなけりゃそれぞれに能力を分散させて、弱い妹を取り込まねぇ理由がねぇ! ハァーーッハ!! チョロいぜお前ら!!」
ガハハと豪快な笑い方をする宇髄。そんな宇髄に納得した伊之助が同じように大きく笑った。
「グワハハハ! なるほどな、簡単だぜ! 俺達が勝ったも同然だな!!」
「──その“簡単なこと”ができねぇで鬼狩り達は死んでったからなあ。柱もなあ、俺が十五で妹が七喰ってるからなあ」
「──そうよ! 夜が明けるまで生きてた奴はいないわ、長い夜はいつもアタシ達を味方するから!」
不気味な笑みを浮かべた鎌鬼が、今まで喰った柱の数を暴露する。帯鬼も自信を取り戻し、余裕を含んだ声色でそう告げた。
「──どいつもこいつも死になさいよ!!」
その帯鬼の言葉で、再び戦いの火蓋が切って落とされた。
帯鬼の血鬼術である動く帯がうねり、宇髄に襲いかかろうとした──。
が、帯は宇髄へと届く前に、落雷のような音と共に消え去った。
落雷の正体は、素早く踏み込み飛び出した善逸だ。
「善逸!!」
そのまま天井を突き破り飛び出していった善逸に、炭治郎が驚いたように叫ぶ。
「──蚯蚓女は俺と寝ぼすけ丸、子分四に任せろ! お前らはその蟷螂を倒せ!! 分かったな!!」
炭治郎にぐっと親指を立てた伊之助は、私のことを引っ張ると外へ飛び出した。一瞬ちらりと炭治郎を見れば、また目が合った。しかし炭治郎の目には、一度目のような心配は含まれていなかった。含まれているのは、信頼の色。
向かう先は屋根の上だ。そこに、飛び出した善逸と帯鬼がいる。
私は足に力を入れ、力一杯地面を蹴った。
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(信じてる。)