群青の途
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帯を追って走る途中、何故だかひどく胸騒ぎがした。
心臓がばくばくと激しく鳴り響いているのが自分でも分かる。
でもこれは、全力で走ってるからじゃない。でも、原因はよく分からない。
『姉──ち──が、──ゃ──じゃなくなる』
「──……」
何故誰かも分からない声が、今脳内に響いているのかも。
「、あ! おい!」
私は走る速度を上げ、前を行く宇髄を追い越す。足に力を込めて、屋根を蹴飛ばし飛ぶように走り続けた。
***
「──ギャアアッ!!」
聞こえた残忍な声。その声には、“いつもの”優しさは無い。
違う、違う。禰豆子はもっと、優しさに満ちた女の子なんだ。
「ガゥア゛ア゛ア゛ア゛!!」
人を喰らおうとする声。その声には、“いつもの”思いやりも無い。
ううん、違う。禰豆子は“いつも”、相手のことを思いやれる子なんだ。
私は禰豆子が暴れ回るところへと跳んでいった。ふわりと着物をたなびかせながら着地する。半壊した部屋の中では、激しく抵抗する禰豆子をぼろぼろの炭治郎が拘束していた。
背後に鬼がいたが、そっちには目もくれなかった。
「──むー……」
私は拘束された禰豆子の正面へと行き、刀を噛まされた禰豆子の頬に手を当てた。私の目と禰豆子の目が、ぱちりと重なった。
「──…………」
「…………、」
暴れ回っていた禰豆子が、動きを止めた。私はじっと禰豆子の瞳を見つめる。対する禰豆子もまた、私のことをただ見つめていた。この時ばかりは、鬼も人々も周りの誰も──すぐ側の炭治郎でさえも視界に入らなかった。
落ち着いて、禰豆子……。理性を失わないで。
そんな時、私の横にふっと小さな風が訪れた。
「おいこれ、竈門禰豆子じゃねーか。派手に鬼化が進んでやがる」
しゃらり、と髪飾りを鳴らして現れた宇髄が炭治郎に言った。突然現れた宇髄に、気付かなかった炭治郎は酷く驚き仰け反っていた。
「!? うっ、!?」
「お館様の前で大見栄切ってたくせに、何だこのていたらくは」
呆れたようにそう言う宇髄。私は相も変わらず禰豆子を見つめ続けていた。
「!! 柱ね。そっちから来たの、手間が省けた……」
「うるせぇな……お前と話してねーよ、」
失せろ──嬉々として話しかけてきた鬼に対し、宇髄が冷たくそう言い捨てた。そしてトドメを刺すように宇髄が続ける。
「お前上弦の鬼じゃねぇだろ。弱すぎなんだよ。──俺が探ってたのはお前じゃない」
──宇髄のその言葉と共に、鬼の頸がずるりと滑り落ちた。
「え?」
鬼が力の抜けたようにぺたりと畳に座り込み、落ちてきた己の頸を手で受け止めた。
禰豆子を見つめ続けていた私も、この時ばかりは驚き禰豆子から目を離してそれを見つめていた。帯の本体の鬼──それも上弦の鬼の頸をいとも簡単に落としたという事実に私は驚愕していた。
しかし、それが良くなかったのかもしれない。
「おい。戦いはまだ終わってねぇぞ。妹をどうにかしろ」
私が目を離した次の瞬間、再び禰豆子が暴れ出した。禰豆子は唸り声を上げ、拘束を解こうと身を捩り始める。それを炭治郎が必死に押さえ込む。
「、……!」
「禰豆子!」
「グアゥッ!!」
ばたばたと足を振り回し、苦しそうな顔をする禰豆子。炭治郎が呼びかけるも、反応は無い。
「ぐずり出すような馬鹿ガキは戦いの場にいらねぇ。地味に子守り唄でも歌ってやれや」
宇髄が静かにそう言った刹那、一層大きな唸り声を上げた禰豆子が畳を蹴り、炭治郎ごと外へと飛び出した。
閉められていた障子を破り外へと出ていった炭治郎達を追うべく、ハッとした私も立ち上がり外れた障子の方へと駆け寄った。
窓枠に手をかけ覗き込むと、禰豆子を庇うため地に背を強く打ち付けた炭治郎が、痛みに顔を歪めていた。
炭治郎が苦しそうにしながら禰豆子を落ち着かせようとするが、やはりあまり効果は見られない。禰豆子はずっと唸りっぱなしだ。
私がもう一度、落ち着かせて──、
そう思い、私が飛び降りようと窓枠に足をかけた時、炭治郎が“唄いだした”。
「──こんこん……小山の子うさぎは、なぁぜにお耳が長うござる」
その唄に、私はぴたりと動きを止めた。
あれ、なんで、私今、飛び降りようとしたのに……体が、動かない。
「小さい時に母さまがっ、長い木の葉を食べたゆえ」
『──なまえ』
「そーれでお耳が、長うござる」
炭治郎の唄が、耳から離れない。それなのに、見ている光景はどこか他人事のように感じられた。その唄以外、耳に入らない。目にも入らない。
『──こんこん、小山の子うさぎは』
いつかの日、夕暮れの森を誰かと歩いた。
『なぁぜにお目々が赤うござる』
聞いたことのない筈の、誰かの声が脳内に響き渡る。それは、やさしいやさしいひびきだった。
『小さい時に母さまが、赤い木の実を食べたゆえ』
柔らかな手に引かれ、緑の中を歩く。握った手がほんのりとあたたかい。
『そーれでお目々が赤うござる』
微風が頬を撫でる感覚がする。風が髪を掬い、緩く舞い上がる。
──あれ、私は今何処に……。
『お兄ちゃんのお目々が赤いのは、おなかの中にいた時におかあさんが赤い木の実を食べたから?』
隣の手を繋いだ禰豆子が、にこにことした顔で──を見上げる。片方の手は──と繋いでいる。
禰豆子の疑問を聞いた──は、一瞬呆けた顔をした後、すぐに優しい笑みへと表情を変えた。
「ぁ────……、?」
心臓が激しく早鐘を打つ。もう、風に揺られた葉がさわさわ騒ぐ音も、やさしいだれかの声も聞こえない。
私は、この光景を知っている? 確か、あの日は風が涼しかった。輝く夕焼けの日の下で、私も禰豆子もちゃんと自分で歩いていた。
その隣でやさしく子守り唄を唄う貴方は、私のおかあ──
「────!!」
突如として耳に入り込んできた大きな泣き声に、私はハッとした。悲痛な声の方を見やれば、禰豆子がわんわんと声を上げて大泣きしている。
私はそれを、心臓がばくばくと鳴り響くままに見ていた。
私は今、一体何を……。
「禰豆子……」
泣き喚く禰豆子に、炭治郎が声をかける。すると禰豆子に浮き上がっていた草模様の痣が消え、体も小さくなっていった。
たちまち小さく幼児程の大きさになった禰豆子は、炭治郎の膝の上ですぅすぅと眠っていた。
「寝た……」
確かに眠っている禰豆子を確認した炭治郎は、疲れた様子で息を吐くと、「母さん、寝たぁ……寝ました……」とぽつりと呟く。そして「宇髄さん……」と未だ部屋の中にいる宇髄を呼んだ。
まだ心臓が少し早く、冷や汗をかく私が振り返ると、宇髄はまた鬼に絡まれていた。
「ちょっと待ちなさいよ! どこ行く気!?」
高い声でそう叫ぶ鬼の頸はもう既に斬られており、鬼は自らの頸を手で持ったまま叫び続けている。
「よくもアタシの頸を斬ったわね! ただじゃおかないから!!」
「まぁだギャアギャア言ってんのか。もうお前に用はねぇよ、地味に死にな」
喚き散らす鬼に対し、ずぱっと容赦なく言い切る宇髄。
炭治郎達は大丈夫だろうか、と心配した私は炭治郎達のいる下に飛び降りようと体を動かした。
最後にちらりと見た帯の鬼は、先程の禰豆子のようにわーんと泣き喚いていた。
……でも、いくらなんでも丈夫すぎない?
頸はもう既に斬られているのに、何でこの鬼は崩壊し始めない?
部屋から飛び降りてから異変に気付いた私は、着地してからすぐ部屋を見上げた。部屋からは、鬼の泣き叫ぶ声が響いてくる。
「死ねっ! 死ねっ!! みんな死ね!! わぁぁぁぁあ!!」
「頸斬られたぁ、頸斬られちゃったああ!! ──お兄ちああゃん!!」
──その瞬間、部屋から先程までは感じられなかった新たな鬼の気配がした。
ぞわり、と体中の生毛が粟立つのが分かった。
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(おにいちゃん。)