群青の途
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「遅いぜ!!」
昼間の小さな会合の後、私は伊之助のもとへと預けられた。炭治郎に、「伊之助、なまえを頼む。なまえも、伊之助のことを頼むな」と言われたのだ。私は箱の中から壁をたたき、こんこんと反応を返した。対する伊之助は「俺様が親分だ! 子分に守ってもらわなくとも、逆に俺が守ってやる!!」と変なところで憤慨していた。
今はもう既に日が落ちており、日に灼かれる心配もない為私は箱から出ていた。伊之助は顰め面のまま、畳の上に胡座をかいていた。
しかし、待ち合わせをしていた筈の炭治郎が一向にやってこず、とうとう堪忍袋の緒がきれた伊之助が叫び出す。
「もう日が暮れるのに来やしねぇぜ! 惣一郎の馬鹿野郎が!」
やってこない炭治郎に対し怒る伊之助をなんとか静めようと、私が伊之助の着物を裾をちょんと引っ張る。しかし、そんな小さな行動では伊之助は止まらなかった。
「俺は動き出す、猪突猛進をこの胸に!」
自信満々にそう言った伊之助はいきなりしゃがみ出すと、そのまま「だーーーっ!!」と大声を上げ天井へと飛んだ。
ばきっ、と木製の天井が破壊される音がした。驚いて私が天井を見上げると、飛び跳ねた伊之助は頸から天井に突き刺さっていた。
「…………」
天井に人が突き刺さる様子など当然見たこともない私は、その様子を唖然として見ていた。天井を突き破った伊之助は、頭は痛くないのだろうか。
「ねずみ共! 刀だ!」
天井に刺さったままの伊之助がそう叫ぶ。伊之助のように天井に突き刺さっていない為、私は天井裏の様子がよく分からない。
少しして、すぽっと天井の穴から抜けた伊之助。そんな伊之助に続き、天井に開いた穴から二本の刀が落ちてきた。伊之助は落ちてきた刀をうまく掴み、そしてそのまま着物を脱ぎ出した。
私は思わず顔を手で隠したが、伊之助は着物の下にもう既に服を着ていた。相変わらず上半身は何も纏わず、下半身には改造された隊服を着ている。そして仕上げにいつもの猪頭を被れば、いつもの伊之助の完成だ。
「子分四、行くぞ! 鬼退治だ! 猪突猛進!!」
意気揚々とした様子の伊之助が、刀を握り歩き出した。私は自分の入っていた箱を背負い、その後ろに続く。
私達の背後で、奇怪な装いの私達を見た女の人がふるふると震えていた。
***
歩き出した私達はその後、この建物──荻元屋というらしい──のあちこちを破壊しながら回っていた。最初の方こそ『何をしているのか』と私が慌てて伊之助を止めたものの、伊之助はどうやら鬼を探しているらしく、この荻元屋から嫌な感じがするのは私も同じだったために止めるのはやめた。
そして今ようやく、伊之助が鬼の巣に通じる穴を見つけたのだ。
「グワハハハ! 見つけたぞ、鬼の巣に通じる穴を!! ビリビリ感じるぜ──鬼の気配!!」
床板が剥がされ、その中には蟻の巣を大きくしたような穴があった。人一人通れるかすら怪しい程の大きさだ。
穴を見つけ、グワハハハと高らかに笑う伊之助。その様子を、壁から覗く周りの人々が『恐ろしいものを見た』といった表現で見つめている。
伊之助が言う通り、穴からは一層鬼の気配を強く感じる。この穴の奥に鬼がいるのだろうか。
「覚悟しやがれ!!」
そう叫んだ伊之助が、床の穴へと勢いよく飛び込んだ。
──しかし当然と言うべきか、微妙な大きさの穴に伊之助の全身は入らず、頭だけが穴にはまる結果となった。
伊之助はすぐに穴から頭を上げると、「頭しか入れねぇというわけだな」「ハハハハ」とどこか余裕げに笑っていた。私はその様子を少し後ろで心配しながら見守っていた。「うー……」
「心配すんな、子分。こんなの伊之助様には通用しねぇ」
心配する私に対し、伊之助が目をキランと光らせた。そして手に握る刀を鞘に戻し、
──ごきごきごき、と普通体から鳴ってはいけない音を立て始めた。
「……!?!?」
「俺は体中の関節を外せる男。──つまりは“頭”さえ入ればどこでも行ける」
関節を外し始めた伊之助はそのまま穴へと入り込む。あまりに悍しいその光景に、後ろにいた人間が悲鳴を上げていた。
「グワハハハ猪突猛進!! 誰も俺を止められねぇ! よしついてこい子分四!!」
もう穴から姿の見えない伊之助がそう叫んだ。呼ばれた私も、急いで体を小さくし穴へと飛び込んだ。
奥へと続く穴の中は暗く、小さくなった私がうつ伏せになれば少々余裕がある程の狭さであった。
その狭く暗い穴の中を這い、「ウオオオオオ」と叫びながら物凄い速さで進む伊之助を追った。私も一生懸命先にいる伊之助を追うが、段々と距離が離れていくのが分かる。なんて速さだ、追いつけない……。
土のでこぼこに苦戦しながらも何とか進み、やっと私も穴から這い出た。
──やっとの思いで這い出た先は、とても不気味な光景が広がっていた。
その光景に、私は軽く目を見開いた。
土の壁には他にも無数の穴が開いており、周りの地面には白骨が何体も転がっている。そして、その上──空中には人が描かれた帯が張り巡らされていた。
否、これは“人が描かれた帯ではない“──帯の中に、人が閉じ込められているのだ。
酷い有様を茫然として見つめていると、少し先に伊之助が立っているのが見えた。伊之助は目の前の帯を見つめ、猪顔からでも分かるような、どこか呆れたような顔をしている。「何してんだコイツ……」
「──お前が何をしてるんだよ」
ぽつりと小さく嘆いた伊之助の言葉に、何処からか聞こえてきた女の声が反応した。ドスの効いたその声は、どうやら“帯”から聞こえてきているようだ。
「他所様の食糧庫に入りやがって」
「汚い、汚いね」
その声と共に、垂らされていた帯の一部がぐねぐねと蠢き始める。まるで帯自体が意思を持っているかのように。
「汚い。臭い。糞虫が!!」
動き出した帯には目と口がついていた。表面には血管のようなものも浮き出ている。もうここまでくれば帯の正体なんぞ分からない訳がない。これは鬼だ。
「ぐねぐねぐねぐね、気持ち悪ィんだよ蚯蚓帯!!」
伊之助もそれが分かっているのだろう、瞬時に刀を振り回し帯を攻撃し始める。
「グワハハハ!! 動きが鈍いぜ、欲張って人間を取り込みすぎてんだ!」
二本の刀が激しく振るわれ、帯が次々と断たれていく。断たれた断面からは血が吹き出ていたが、それは取り込まれた人間のものではない。人間の血の匂いはしない。
今まで入っていた穴から抜け出して、私も臨戦態勢を取った。
「でっぷり肥えた蚯蚓の攻撃なんぞ、伊之助様には当たりゃしねぇ! ケツまくって出直してきな!!」
伊之助の激しい攻撃は止まることを知らず、襲いかかってくる帯は伊之助に届きすらせず全て両断されていった。
すると、伊之助が斬った帯からずるり、と取り込まれていた人間が出てき始めた。私は近くにいた人間達を受け止め、そっと地面に横たえた。
意識は無いが、脈があるし息もしている。大丈夫だ、この人達は生きている。
ふと伊之助の方を見やれば、帯相手に苦戦はしていないようだった。その様子に加勢はいらないだろうと判断した私は、人間達を攻撃が届かない安全なところまで運ぶことにした。
あの帯鬼は、何だか……“薄い気配”がする。確かに鬼なんだけど、まるで偽物のような、似ている何か別のもののような。“もっと上”がいる気がする。
そうして人間達を戦いの場から遠ざけていれば、帯鬼の言葉が耳に入った。
「アタシを斬ったって意味無いわよ、“本体”じゃないし。それより──せっかく救えた奴らが疎かだけどいいのかい?」
……! やっぱり、本体がいるんだ……!
そう確信できたのも束の間、答えを暴露した帯鬼は戦う伊之助を差し置いて、倒れる人間達に手を出そうとした。しまった、あそこにも人が……!
私は急いで飛び出し、襲い掛かる帯の前に立ちはだかった。
多方向から迫りくる帯。腕の一本や二本持っていかれそうな量だが、仕方ない。たとえ無くなったとしても、私は鬼だからすぐに治る。
飛んできた帯を勢いよく足で抑えつけ、爪で切り裂き、手で掴み受け止める。しかしそれでも、やはり量が多かった。一本の帯が、私の頸に差し掛かり──
──かけたところで、帯が地面に叩きつけられた。
それに驚いて帯を見ると、帯には苦無が刺さり地面に縫い付けられていた。私が対応できなかった他の帯も、同じように苦無によって地面に抑えつけられていた。
「──“蚯蚓帯”とは上手いことを言うもんだ!」
「──ほんと気持ち悪いですっ、ほんとその通りです! 天元様に言いつけてやります!」
洞窟の中に響いた女性達の声。ハッとして声の主達を見やれば、露出の高い格好をした美しい二人の女性がいた。その手に苦無が握られている。
髪を結っている方の女性が、少し驚いたような顔で私を見つめた。
「あんたは──鬼のようだけど、敵意は無いみたいだね。今も、人間を守る為に飛び出したし」
「おい! そいつは炭五郎の妹で、俺様の子分だ! 手ェ出すんじゃねぇぞ!」
私のことを優しい眼で見つめる女性に、伊之助が声を上げる。私が問答無用で斬られてしまわないようにと、私のことを庇ってくれたのだろうか。
「とにかく、今は共闘するよ! あたし達も加勢するから頑張りな、猪頭!」
そんなひと時の会話もよそに、再び激しい戦いが始まった。女性達は苦無を使い、倒れる人間達に襲い掛かる帯をはたき落としている。私も足や手を使って、人間を取り込もうとする帯を払い除けた。
しかし、何度帯を防ぎ続けてもまるで終わりが見えてこない。もしかすると、これは本体の鬼を倒さない限り戦いは終わらないのかもしれない。
状況が停滞し始めてきた頃──突然稲妻のようなものが洞窟内を駆け巡った。
まるで落雷のような轟音を立てたそれは、一瞬で多くの帯達を断った。よく見れば、その正体は善逸であった。驚くべき速さを見せた善逸は何故だか眠っており、頭には紐飾りをつけて頬には紅を差していた。
「お前ずっと寝てた方がいいんじゃねぇか……」
「あの子も鬼殺隊? あんであんな頓珍漢な格好してんの」
「わかんないです!」
皆は善逸の衝撃的な様子に気を取られていたが、私は一つ気になることがあった。
それは、善逸の攻撃の音の他にもう一つ、同時に別の音が鳴ったこと。落雷のような音が重なり、二つの音が聞こえたのだ。
一つは善逸のもの、もう一つは──上から聞こえた。
──その瞬間、洞窟の上部からとてつもない爆音が響き渡った。
その場の皆が驚き、咄嗟に音のした上を見上げる。
何かが落ちてきた訳ではないが、そこには大きく穴が開いている。少しの時間差の後、ぶわりと風が吹き下がってきた。風にさらわれ、己の髪が靡くのを感じた。
私は警戒して開いた穴を見つめたが、その警戒もすぐに解いた。砂煙により姿は見えないが、そこに現れたのが見知った気配だったからだ。
土煙が晴れた先には──二対の太刀を構えた宇髄がいた。
宇髄は瞬時にその太刀を振るい、数多の帯達を断ち斬った。
一瞬の出来事に私は目を丸くした。帯は抵抗する暇も無く、ばらばらになり地へと落ちていった。
上から現れた宇髄に、髪を結った女性が声を漏らす。「天元様……」
「まきを、須摩、遅れて悪かったな。──こっからはド派手に行くぜ」
そう言った宇髄は太刀を肩に置き、ぽん、ぽん、と二人の女性の頭にそれぞれ手を置いた。
「派手にやってたようだな。流石俺の女房だ」
薄く笑う宇髄に、二人の女性──まきをと須摩が目に涙を浮かべた。まきをに至っては、わーんと声を上げ泣いていた。
そんなどこか感動的な雰囲気の中、それを知ってか知らずか伊之助が声を上げた。
「オイィィ祭りの神テメェ!! 蚯蚓帯共が穴から散って逃げたぞ!!」
「うー……」
もっともなことを言う伊之助に私も同意して頷く。鬼帯に逃げられた、早く追って倒さないと他の人間を襲うかもしれない。
「うるっせええ!! 捕まってた奴ら皆助けたんだからいいだろうが!! まずは俺を崇め讃えろ! 話はそれからだ!!」
しかし宇髄は、鬼の心配をする私達に怒鳴り散らしてきた。なんだろうこの人……と私が若干目を細め見つめていると、『流石にこれはどうなのか』と思ったのか、汗をかいている須摩が言った。
「天元様、早く追わないと被害が拡大しますよ」
「野郎共追うぞ!! ついて来いさっさとしろ!!」
妻である須摩の言葉には従うのか、すぐに手のひらを返した宇髄が叫んだ。
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(夜はまだまだ始まったばかり。)