群青の途
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私が目を覚ましてから早々に二ヶ月が経った。蝶屋敷に滞在している私は、普段は禰豆子と共に過ごしている。炭治郎達は毎日のように鍛錬をしながら、合間に入る指令により鬼を倒しに行っている。
「ウオオオオ!!」
「あと百回!」
「ギャーーーッ!!」
炭治郎が善逸達との合同任務の時は私も箱に入れられて任務に同行していた。が、炭治郎一人の単独任務の時は、私は留守番をしている。炭治郎は「なまえのことも背負う」と私も連れて行こうとしたが、流石にそれは無理があるし、何よりそれで体を悪くされるのは困る。
ということで、炭治郎が単独任務の時は任務に同行しないことにしたのだ。炭治郎と禰豆子は悲しそうな顔をしたが、私は特に何も感じなかった。それに、任務に同行しても大体は箱の中で寝ているだけなのだ。蝶屋敷にいても任務に同行しても、私のしていることは然程変わらないのである。
そしてその日は、炭治郎が単独任務にあたっていた。その為私は蝶屋敷に待機し、部屋で寝ていた。沢山寝て起きた私は、部屋から出てアオイ達のもとを目指した。
こういう何もすることがない時は、アオイ達のもとでぼーっとするのが日常となっている。私自身は特に何もしないが、アオイ達の手際の良い手当てを見ているのは嫌いではなかった。
しかし今日は、いつも賑やかな屋敷が静かであった。アオイの叫ぶ声も、きよやなほ、すみの高い声も聞こえない。不思議に思う私は屋敷をてくてくと歩き回るが、やはりアオイ達の声は聞こえないし、そもそも彼女達の姿も見当たらなかった。
「……?」
皆、どこに行ったんだろう。
そのまま屋敷で歩き続けていると、ふと玄関の方が騒がしいことに気がついた。
玄関の方からは、誰かの怒鳴り声や泣き声が聞こえてくる。もしかしたら、何かあったのかもしれない。
私は足を止め、声のする玄関の方へと駆け足で向かう。とっとっと跳ねるように駆ければ、着物の裾が風に緩く靡く。
しかし、私が玄関先へと着く前に響いていた声が止んだ。何か問題が解決したのかな、と私が足を止めると、玄関の方から炭治郎、善逸、伊之助が上がってきた。炭治郎の背負う箱の中に、禰豆子もいる。
「いた! なまえ! これから任務に向かうぞ!」
……これから? 任務? 炭治郎は今任務を終わらせてきたのではないのだろうか。それなのにもう次の任務に向かうの?
頸を傾げる私の手を引き、炭治郎が私達が普段過ごす部屋へと向かう。そして中にあった箱を取り、戸を開けた。少し急いでいるような雰囲気の炭治郎に、私は困惑しながらも箱の中へと入った。戸が閉められ、浮遊感が私を襲う。外からは「すまない善逸、なまえを頼む」と炭治郎の声が聞こえた。
そして地を蹴る音が聞こえ、箱の揺れが大きくなる。善逸達はどうやら走っているようだ。
「すみません、遅れました!」
「ったく、さっさとしろっての」
はきはきとした炭治郎の言葉に、聞いたことのない声の人が返答した。会話から察するに、どうやらこの人と合同の任務のようだ。私は箱の中で、先程まで寝ていたにも関わらずうとうととしながらその会話を聞いた。
「で? どこ行くんだオッさん」
伊之助がその人──オッさんとやらに問うた。私の意識は暗闇の中にいるせいで、もう限界に近かった。瞼が勝手に落ちようとするのを、必死で堪えていたが、
「日本一、色と欲に塗れたド派手な場所。──鬼の棲む“遊郭”だよ」
──オッさんとやらが放ったその台詞を最後に、私の意識は勝手に落ちていってしまった。
***
沈んでいた意識が浮上する。目を開けても景色は暗いまま。それはそうだ、私は箱の中にいるのだから。
目を覚ました私は、まずここが何処なのかを知ろうとした。既に箱の揺れは止まっており、私は箱ごと何処かに置かれていることは分かっていた。
箱の戸を微かに開け、外の様子を窺った。
まず目に入ったのは眩しい光。一瞬日の光かと思い心臓がひやりとしたが、それは日の光ではなく──人工的な光であった。天井から吊るされた照明が橙色に光っている。下には畳が引かれており、箱の付近に人間の気配はしない。しかし、微かに三味線や琴の音色が聴こえてくることから、遠くには人間がいるようだ。
……私は善逸に置いていかれたのだろうか?
付近には善逸の姿もなく誰もいない。しかし箱が置かれたということは、任務が始まっているのだろう。安全なところに置いていかれてしまったのだろうか。皆を守る為に、私もついていかなきゃいけないのに。
先程私はここを『安全なところ』と称したが、恐らくここは安全なところではないと私は思う。どうにもここは、何だか嫌な感じがする。
「──…………」
だが置いていかれたということは、何か事情があるのかもしれないと私は思い至った。だとしたら、勝手に動き回るのは良くないだろう。
私は微かに開けていた箱の戸を再び閉めた。そして箱の中で膝を抱えて目を瞑る。善逸が戻ってくるのを待ちながら。
しかし、いくら待てども善逸が帰ってくることはなかった。
***
「──お前は無事だったか」
唐突に声が聞こえ、微睡み始めていた意識がはっきりと覚醒した。何の音も、風の揺らぎすらも伴わずにいきなり現れたその人に、私は心臓がどくんと強く波打つのを感じた。
この声は……合同任務の人……。
私が驚いていると、急に箱が持ち上げられ浮いた。突然のことに、箱の中で体制が崩れる。
そして少しの揺れが訪れた後、私はどこかに連れてこられていた。箱の中から外の様子は窺えないが、場所が変わったことくらいは察知できた。そして、周囲には見知った気配が二つ。
「善逸は来ない」
箱に収まる私の背後から、その人──オッサンの声が聞こえた。それに対し、オッサンの更に奥にいる人──炭治郎が怪訝そうな声をあげた。
「善逸が来ないってどういうことですか?」
「──お前達には悪いことをしたと思ってる」
オッサンが声の調子を落とし言った。
「俺は嫁を助けたいが為に、いくつもの判断を間違えた。善逸は今行方知れずだ。昨夜から連絡が途絶えてる」
その言葉が発せられた瞬間、炭治郎が焦ったように口を開いた。動揺の気配が箱の中からでも分かった。
「善逸が行方知れず──ということは、一緒にいたなまえは……!」
「お前の妹なら、ここにいるよ」
そう言ったオッサンは、私の箱を持ち上げたみたいだ。箱が浮く感覚とオッサンが箱を持ったまま後ろに振り向くのが感じられた。
「なまえっ……!」
「お前らは“花街”から出ろ。階級が低すぎる。ここにいる鬼が上弦だった場合対処できない」
炭治郎の不安が少々和らいだのを感じた。しかしそんな炭治郎に対し、オッサンはそう冷たく言い放つ。そして私が入っている箱を炭治郎達に押し付けた。
「消息を絶った者は死んだと見做す。後は俺一人で動く」
そう言うオッサンの声は、酷く静かであった。それに対し、納得のいかない炭治郎が抗議の声を上げる。
「いいえ宇髄さんっ、俺達は……!!」
「──恥じるな。生きてる奴が勝ちなんだ。機会を見誤るんじゃない」
そんな炭治郎の必死の呼びかけにも応じず、その人はたったそれだけを言い残し、ふっと気配を消した。
「待てよオッサン!!」
伊之助がそう叫ぶも、もう既に遅かった。オッサンの気配はもう跡形もなく消え去り、もうどこに行ったのかも分からなかった。
──しかし、それで諦める彼らではなかった。
オッサン──もとい宇髄とやらがいなくなったとしても、炭治郎達はまだ任務を続けるようだ。鬼を狩るため、人々を守るため、善逸を探すため。
人を守るため任務には参加しようと、私も箱の中でその作戦を聞いていた。
20
(お前が言ったことは全部な、)
(今俺が言おうとしてたことだぜ!)