群青の途
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私が夜中に目覚めた次の日は、きちんと朝に目を覚ました。
私が起きてからは、昨夜の検査よりも詳しく再検査が行われた。昨日と同じく異常は見つからなかった。私は至って健康体らしい。
そして今、私は何故か炭治郎と禰豆子に叱られていた。
「なまえ! もうあんな、自分の身を大切にしない戦い方をしちゃ駄目だぞ!」
「むーむー!」
昨夜の静けさは微塵も無い炭治郎が、はきはきとした様子で私に言った。それに同意するように、隣で禰豆子が一生懸命声を出している。
私はそれに頷くわけでもなく、ただ二人を見つめた。
「皆心配したんだ。なまえは二ヶ月も目を覚さなかったんだから」
少し勢いを無くした炭治郎が眉を下げる。炭治郎の放った言葉に、思わず私は耳を疑った。
──……二ヶ月? 私はそんなに眠っていたのか。
でも、当然といえば当然なのかもしれない。鬼になってからは今まで一度も寝食をしたことがなかった。その疲れが、今どっと押し寄せてきていたのかもしれない。
「いいか? なまえ。これからはもう、ああいう戦い方はしちゃ駄目だ。なまえはもう一人じゃないんだ。今は──俺達がいる」
再び声の調子を上げた炭治郎が、決意を込めた瞳で私を見る。静かだった禰豆子も、覚悟を決めた瞳でこちらを見ていた。
「約束してくれ」
そう言い炭治郎は私の手を握る。鬼特有の鋭い爪が酷く目についた。
「──!」
禰豆子がその上に自らの手を重ねた。二人に重ねられた手は、とても暖かかった。
私が何も言わずにいれば、先程まで人の声が響いていたこの部屋は静寂で満たされた。外からは、特訓する隊士の声が僅かに聞こえてくるだけだった。
「…………」
「…………」
「…………、」
こちらをじーっと見続ける二人に耐えられなくなった私は、こくんと頷いた。
ようやく頷いた私を見た二人は、その顔をぱっと綻ばせた。
二人はいつものように私の頭を撫で始めた。炭治郎に至っては、私と禰豆子二人を同時に撫でている。
なんでこんなことになっているのだろう……と私はぼんやりとしたまま思案する。
でも、この二人に頭を撫でられるのは嫌いじゃなかった。
***
「なまえさん、起きてますか? 貴方にお客さんが来ていますよ」
戸を軽く叩く音の後、しのぶの声が聞こえてきた。
炭治郎が特訓の為部屋を後にし、禰豆子が布団で寝始めて少し経った時。部屋にしのぶが訪ねてきた。
しのぶが言うには、どうやら私に用がある人が来ているらしい。
私は座っていた布団から立ち上がり、着物をずりずりと引きずりながらも戸まで歩いて行った。そして戸を開け、その先を覗き込んだ。
「起きてましたね。なまえさん、こちらが貴方へのお客さん──煉獄さんです」
「俺は煉獄杏寿朗! 君と少し話がしたい! いいだろうか!」
戸の先には微笑むしのぶと、あの炎のような人──煉獄杏寿朗と言うらしい──がいた。
煉獄は炭治郎にも勝る大きな声で言った。お話をする、というのは構わないが、この声量では寝始めた禰豆子を起こしてしまうかもしれない。
私は無言で頷いた後、眠る禰豆子の方を見遣った。すやすやと静かに寝ている禰豆子の睡眠は邪魔したくなかった。
それにしのぶが気づき、「ここでは禰豆子さんを起こしてしまうかもしれませんね。場所を変えましょう」と助け舟を出してくれた。それに私は頷き、煉獄は「うむ! 承知した!」と声を張り上げる。何を言っても声が大きいみたいだ。
部屋を移動した私達。しのぶは「では私はこれで」と早々にいなくなってしまった。
煉獄は猛禽類のような鋭い目でこちらを見る。私はそれに無言で見つめ返した。そして、煉獄が口を開いた。
「まずは、君に礼を言いたい。──俺を庇ってくれて、ありがとう」
静かにそう言った煉獄は、鋭い目を微かに和らげた。庇って、というのはきっとあの線だらけの鬼と戦った時のことだろうか。
「それと、君にも言っておこう。俺は、あの戦いで左目が使えなくなった。内臓も酷い有様だったらしく、全集中の呼吸も今まで通りのようには使えなくなってしまった」
煉獄が己の左目に手をやり、目を伏せた。
煉獄の戦いの後遺症の話を聞き、私は己の拳を握る。鋭い爪が皮膚に喰い込むが、そんなことは気にならなかった。
──私がもっと早くあそこに着いていれば……後遺症が残ることもなかったかもしれないのに。
私が自分の無力さに悲しくなり俯くと、そのまま煉獄は続ける。
「しかしそれでも、命がある。四肢がある。君のおかげで俺はまだ──戦える」
その言葉に、私は俯いていた顔をあげた。煉獄は、これだけの傷を負って尚鬼殺を続けるというのだ。その意気は、もはや志を超えて『使命』の域に到達している。
でも、その体で戦うのは危険だ。
私は思わず煉獄の衣服をぎゅっと握った。それに対し煉獄はその大きな目をぱちくりとさせ、笑った。
「よもや心配してくれているのか? ……確かに、俺は俺の力不足であの鬼には勝てなかった。だが、これからも俺は鬼殺を続ける。少しでも鬼を倒し、悲しい思いをする人を減らしたいんだ」
あまりの決意の強さに、私は握った手の力が段々と抜けていくのを感じた。
「そして、俺は──鬼である君を認める。自分を犠牲にしてまで鬼を倒さんとするその決断には、さぞ勇気のいることだっただろう」
煉獄は静かにそう告げた。
鬼である私を……認める? そんなこと、いいの?
私は不思議に思いながら、初めて鬼殺隊本部に連れてこられた時のことを思い出していた。
すると煉獄は徐に手を伸ばすと、私の頭にぽすんとその大きな手を置いた。
「しかし! 無茶のしすぎはいけないぞ!」
煉獄は先程までの静けさはどうしたのか、大きな声でそう言い私の頭を撫でた。
思ったよりも煉獄の力が強く、撫でられた私の頭はぐわんぐわんと揺れた。
***
その後、屋敷で顔馴染みの人達と会った。
カナエには「なまえちゃん! 良かったわ、無事に目覚めたのね!」と抱きつかれ、私は鬼であるというのに、怪我はないかと体中を心配された。
獪岳には「お前……俺のこと手当てするとか言ってた(言ってない)癖に、そのザマか」と、じとーっとした目で見られた。私が何も言い返せず沈黙すると、「……次は怪我せず戻ってこいよ」と励まし(?)の言葉を貰った。
私が屋敷内をゆっくり歩いていると、前方に女の子がいた。その女の子は、片方で結った黒髪に、見たことのある蝶の髪飾りをつけていた。
私が立ち止まると、その女の子もこちらに気付いたようだ。すると、女の子がいきなりこっちにとたとたと駆け寄ってきた。
「、…………」
「……?」
私よりも背の高い女の子が、目の前で止まった。私に用事があるのかな。
その女の子は何かを言いたげにもじもじとしているが、生憎私には何が言いたいのか伝わらなかった。そのままお互い無言で向き合う時間が続く。
しばらくすると女の子は、懐から銅貨を取り出した。しかしそれを取り出したはいいものの、掌に乗せたまま固まってしまった。
「…………」
「…………」
さっきからどうしたんだろう……と私が不思議に思っていると、突然ばさばさと羽音が響き、烏が飛んできた。
烏は私達の頭上で羽ばたき、言葉を発する。
「カァー! カナヲ! 任務! 任務ゥ!」
その言葉に女の子はハッとした表情を見せた。そして私の方を冷や汗をかいたまま見遣り──結局何も言わずに踵を返した。
そのまま烏と共に去って行った女の子。
私に何か用事だったのかな。でも緊急じゃないようだから、しのぶからの伝言とかだろうか。多分、話すのが苦手なのかもしれない。
そんな考えを巡らせながら、私は再び歩き出した。
19
(もう、一人じゃない。)