群青の途
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伸ばした手が、光を掴んだ。
***
「──……」
意識が浮上して見た最初の景色は、木製の天井だった。明かりのない暗い部屋でも、木目が認識できた。
ふかふかとした布団から、ゆっくりと体を起こす。私はどうやらここで眠っていたらしい。
布団から起き上がると、段々と意識がはっきりしてきた。目をしぱしぱと瞬かせ、周りの様子を伺った。
部屋には私以外に誰もおらず、部屋の周りにも人の気配はない。それどころか、物音一つしなかった。
眠りから覚めた私は徐に歩き出し、寝ていた部屋から出た。
部屋から出て気づいたのは、今の時刻。廊下も明かりが灯っておらず、真っ暗だ。人の気配どころか物音一つしなかったのは、今が真夜中なせいであった。
──そうか、今は夜なんだ。ということは私、夜まで寝ていたのかな……。
あの時──汽車の鬼と、青い線だらけの鬼と戦った後の記憶が朧気だ。その後自分がどうしたのか、よく覚えていない。でも、ここ──蝶屋敷にいるということは、きっと皆治療しに戻ってこれたのだろう。生きて、戻ってこれたのだろう。
そんなことを考えているうちに、私は無意識に屋敷の縁側付近へと来ていた。目の前の障子の先に、夜の縁側がある。
私が障子に手をかけ、横に引く。障子はすーっと引っかかりもなく素直に開いた。
こんな時間に私以外誰も起きていないだろう、と思った私であったが、その考えはどうやら間違いだったようだ。
障子を引いた先、縁側には先客がいた。
縁側に腰掛けていた先客は、長い黒髪に桃色の髪飾り、そして竹の口枷をしていた。それは、私と同族の鬼である禰豆子だった。
「──〜〜〜!!」
縁側に座る禰豆子は、立ち尽くす私を見るなりその桃色の瞳を潤ませた。いきなり涙を流しだす禰豆子に、私は困惑する。しかしその困惑も束の間で、次の瞬間それは驚きに変わった。
涙目の禰豆子は素早く立ち上がると、私に向かって飛び込んできた。あまりに突然のことで、寝起きということもありそれに反応できなかった私は、禰豆子ごと畳へと倒れ込んだ。
微かに開かれていた障子も、流石に強大な鬼の力には耐えきれなかったらしかった。どんがらがっしゃーん! と盛大な音を立てて障子が吹き飛んだ。私は背中を畳に打ち付けられ小さく呻いた。
「っ……?」
「むぅー……!」
一体いきなりどうしたのか、とりあえず自分に覆いかぶさる禰豆子を引き剥がそうと手を伸ばして、止めた。
──禰豆子は、その桃色の瞳から涙をぽろぽろと流していたのだ。
驚きに固まる私の頭を、涙を流す禰豆子はいつかのように優しく撫でている。
──どうして、泣いているの? もしかして、私が怪我をしたから? でも私は鬼だから、そんなのへっちゃらだよ。
浮かぶ疑問が言葉になることはなく、私達は互いに黙ったまま床に伏し続けていた。
そうしていると、ふと弱々しい声が聞こえた。
「ひぃぃ、何なの、何の音なのもう……まさかここ、無念の隊士の霊とか出るんじゃ……! 禰豆子ちゃぁん、大丈──」
震える声を発するその正体──それは、夜中でも目立つ金髪の、善逸だった。
善逸は、私と目が合うなり言いかけた言葉をぴたりと止めると、
「ぎゃあぁぁぁぁぁあ!!!!!!! なまえちゃんっ、ようやく目ぇ覚ましたのねぇぇぇ!!!! 良かったぁ、良かったよぉぉぉ!!!!」
──夜中であるというのに、とんでもない大声で叫び出した。
びりびりと耳に響く絶叫に、私も禰豆子も思わずきゅっと顔を歪めた。
叫び声を上げた善逸はすぐさまこちらへ駆け寄ると、私達の傍に膝をついた。そしてぐすんぐすんと鼻をすすっている。
「──善逸くん、今何時だと思ってるんですか?」
すると、今度は善逸の後方から高い声が聞こえた。その声は落ち着いているが、どこか怒りを孕んでいるようにも聞こえた。
声の先を見ると、その声の主──隊服を着たしのぶとばっちり目が合った。
「、なまえさん起きたんですね……! 良かった……」
驚いた顔をしたしのぶは、私を見てその眦を安心したように緩ませた。
私が何も言えずただそのままでいると、廊下に面する襖が開き、続々と人が集まってきた。
「な、何の音ですかぁ……?」
「何だ何だ! 敵襲か!?」
「どうかしたんですか?」
「善逸さんの悲鳴が聞こえましたけど……」
どうやら皆、善逸の絶叫によって目を覚ましてしまったみたいだ。心配そうな顔をする者、きらきらと目を輝かせる者、眠そうに目を擦る者など、皆様々な反応をしている。
しかし、禰豆子と共に床に伏す私を見ると、皆顔色を変える。「なまえさん! 目を覚ましたんですね!」「お前っ!! いつまで寝てたんだよ!」「良かったです、なまえさん!」と、私に心配の声をかけていった。
「──なまえっ!!」
その中で、一際響く声が耳に入った。それが誰の声なのかを認識する前に、がばっと禰豆子ごと誰かに包まれていた。それは、炭治郎だった。
「良かった……本当、良かった……無事に起きてくれて……」
炭治郎は、いつものはきはきとした声ではなく、小さく弱々しい声でそう言った。私をと共に腕に抱かれる禰豆子も、まだ目を潤ませている。前にもこんなことがあったな……と思っていると、目の前にある炭治郎の肩に、ぽんと手が置かれた。
「炭治郎くん。言いたいことは沢山あると思いますが、もう真夜中ですので明日にしてください」
炭治郎の肩に手を置いたしのぶが炭治郎にそう言うと、炭治郎は悲しそうな顔をしながらも素直に従った。「さあ皆さんも、もう夜遅いので寝てください」
「なまえさんは、少しだけ起きててくださいね。今から軽く体調検査をしますから」
禰豆子に手を引かれ、一緒に寝る流れになりそうだったところをしのぶに止められた。不満そうな禰豆子の頭を、今度は私が撫でて宥めた。
***
「……異常なし、と」
素早く検査を終えたしのぶが紙に何やら書き込んでいる。行われた検査は、ほんの数分で終わった。
「では、これで検査は終わりです。特に異常は見当たらなかったので安心してください。先程起きたばかりで申し訳ないですが、今日はもう遅いですし、体力的にも寝てください」
しのぶがゆっくりと告げる。先程まで寝ていた筈なのに、私の体はまだ眠さを感じていた。
「……貴方は鬼……ですが、あまり無茶はしないでくださいね。皆心配していましたよ。……勿論、私も」
しのぶが私の頭に手を置き、目を伏せた。いつでも明るいカナエとは違い、しのぶはたまにとても悲しそうな顔をする。まるでそれは、何かを悔しがるような、何かを怖がっているような、何かに怒っているような──そんな顔。
「むー……」
皆が寝静まり、音が無かった部屋に禰豆子の声が響いた。後ろを振り返れば、そこには眠そうに目を擦る禰豆子が立っていた。いつからここにいたのだろう?
「! 禰豆子さん、なまえさんの検査は終わりました。異常は無かったので、一緒に寝ても構いませんよ」
同じく禰豆子に気付いたしのぶが、禰豆子に微笑みかける。その途端、禰豆子は嬉しそうに笑顔を浮かべると、見つめる私の腕を引いた。
「おやすみなさい。なまえさん、禰豆子さん」
「むー」
「…………」
禰豆子に手を引かれる私は、見送るしのぶを振り返り視線だけをおくった。
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(おはよう、おやすみなさい。)