群青の途
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禰豆子と共に皆のいる列車の中へと戻れば、そこは既に悍しい景色が広がっていた。
列車の椅子や壁など、あらゆるところで気色の悪い肉塊がうねうねと轟いている。それらの肉塊からは、鬼の気配がした。
轟く肉塊は、眠る乗客達を取り込もうと乗客達に覆い被さろうとする。
しかし、それらの肉塊は鋭い斬撃によりばらばらに斬り刻まれた。
「どいつもこいつも俺が助けてやるぜ! 須らくひれ伏し! 崇め讃えよこの俺を!!」
それは、眠りから覚めていた伊之助によるものだった。どこか得意げな伊之助は、「伊之助様が通るぞォォ!」と叫びながら列車の肉塊を斬り刻み続けている。肉塊が血飛沫を上げ、乗客から引き剥がされる。
戻ってきた私と禰豆子も、乗客を守るべく肉塊を攻撃する。私は蹴りで肉塊を吹き飛ばし、禰豆子は爪を使い肉塊を斬り裂くように戦っていた。
しかしいくら肉塊を刻んでも、まるで焼け石に水だった。攻撃しても攻撃しても肉塊は再生し、それに加え守らなければならない範囲が広すぎるのだ。肉塊を引き剥がした側から、他の乗客が肉塊に飲み込まれそうになっている。
「……!!」
後方──禰豆子がいる方向──から、攻撃をしかける音が消えた。どうかしたのか、と私が振り向くと、禰豆子は肉塊に腕を拘束されていた。
──まずい、鬼は鬼も共食いできてしまう。
禰豆子が吸収されてしまう、しかしまだ肉塊は乗客を襲い続けている。
どうしよう、と私が一瞬焦ってしまったことが仇になり、振り向いた私も片腕を肉塊に拘束されてしまった。はっとして禰豆子を見れば、禰豆子はもう足も拘束され、完全に身動きが取れなくなっていた。かく言う私もどんどんと動きを封じられていく。
──しくじった、このままじゃ乗客どころか私達まで取り込まれる。
禰豆子は痛みに耐えるようにぎゅっと目を瞑り、私は腕に力を入れて何とか肉塊を引き剥がそうと奮闘した。
──その途端、どん、と列車の床に何かが着地する音と共に、拘束されていた腕が自由になるのを感じた。
その音につられて見遣れば、そこには黄色い羽織りの──。
その先まで意識が回る前に、その稲妻は凄まじいスピードで列車内を駆け巡っていた。
轟々とした落雷のような音が辺りに響き渡り、音が止んだ後、そこら中に蔓延っていた肉塊は血飛沫を上げ引き裂かれていた。
あまりに一瞬の出来事に、私は軽く目を見開いた。
「──禰豆子ちゃんとなまえちゃんは、俺が守る」
目を瞑ったまま、静かにそう言った稲妻の正体は──善逸だ。普段の騒々しいようすからは想像できないくらい、厳格で静かな様子であった。
助けられた禰豆子も、己を助けた善逸を見直したのか、軽く目を見開き見つめている。
「守るっ、ふがふが……ンガッ、プピー」
しかし、その感心の雰囲気はすぐに終わりを告げた。花提灯を膨らませている善逸の、寝言のようないびきによって。
そんな善逸の衝撃の変り様に、感激していた禰豆子も私も、ぽかーんと呆けて善逸を見つめていた。
そんなどこか和やかさを感じる雰囲気も束の間で、私達三人は再び肉塊から乗客を守る為動き出した。
今度は絶対に油断もしない。拳を振るい、爪を翳し、蹴りを入れる。蠢く肉塊が爆ぜ、眠る乗客から離れる。
──そうして肉塊と戦っていると、強い突風が横を通った。
私が風だと思ったそれは、最初に見たあの炎のような隊士であった。隊士は戦う私達に、そのぎょろりとした目を向けた。
「余裕が無いので手短に話す! 俺はこの汽車の後方五両を守る! 君達は残り三両を頼む!」
はきはきとした喋り方で手短にそう告げたその人は、そう言って瞬く間に後方の両へと走り去っていった。
状況はよく分からないが、加勢が来たのは確かである。私達はその命令を受け、頼まれた三両を守ることに集中した。
***
しばらく肉塊と戦い続けていると、突然汽車ががたんっと大きく揺れた。肉塊の動きがぴくりと止まる。
次の瞬間、汽車は凄まじい断末魔を上げながら激しく揺れ始めた。
ががが、と大きな音が響き渡り、揺れにより体が傾く。のたうち回る汽車が横転するのが分かった。
そこからの行動は皆早かった。
まず守るべきは汽車の乗客、一般市民。そして次に、己。
私は窓から放り出されそうな小さな子供を捕まえる。腕に抱えて、怪我をしないように。
ふと見えた善逸は、一般市民達と禰豆子を腕に匿っていた。
──轟音が響き渡り、汽車が横転した。
私は横転した汽車から放り出され、子供を腕に抱いたまま地面に打ち付けられた。そのままごろごろと転がり、少し進んだところで止まった。
腕に抱えていた子供を見れば、目立った怪我は無かった。良かった、息もしている。無事だ。
未だ眠る子供をゆっくりと地面へと横たえる。少し先を見ると、善逸が禰豆子と乗客を抱えたまま気絶しているのが見えた。更にその先には、乗客を救助する伊之助もいた。
私も乗客を救助しなければ。そう考えて、私も救助を手伝おうと汽車へと走り出そうとした。
──その瞬間、遠くから大きな爆音が聞こえた。
私はその音にはっとして振り返る。横転した汽車のどこかが爆発したのか、最初はそう思った。しかし、その考えは間違いであることにすぐ気付いた。
──これだけ遠くても感じる、鬼の気配。
それも、今汽車と融合していた鬼よりも遥かに格上。もしかすれば、それは私が戦ったことのある『上弦の弐』に近しい程の力を持っているかもしれない者。
私は逡巡した。横転している汽車の付近にはまだ、怪我をした乗客がいる。
しかしそれでも、あの鬼は危険だ。本能が、雰囲気が、気配がそう言っている。冷や汗が額をつたうのを感じた。
そして私は、走り出した。──鬼のいる方向に。
乗客を守らなければならないのは分かっている。
けれど、私は……。
鬼の方向へと走り出し、気配に近づくにつれ、血の匂いが濃くなっていく。戦闘の音が大きくなっていく。
──お願い、間に合って、間に合って! “今度こそ”!!
15
(遠方から轟音と爆音が聞こえる。)
(死の這い寄る音が、段々と聞こえ始める。)