群青の途
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
────…………。
「探検隊! 探検隊! 俺たち洞窟探検隊!」
時折水が落ちる音がするのみの、静かな洞窟に大きな声が響き渡る。
暗い洞窟の中、伊之助が叫びをあげながら進んでいた。伊之助は、暗闇の中を堂々とうさぎの禰豆子の手を引き歩みを進めている。
「親分、親分!」
そんな伊之助に、声を上げながら駆け寄る影が二つ。
「どうした、子分その一、その二!」
それに伊之助が元気よく応答する。
暗闇に紛れて見えなかったその姿が、近づくにつれ目視できるようになる。影というのは、
「あっちからこの洞窟の主の匂いがしますポンポコ!」
頭に葉っぱを乗せ、頭から生えた丸い耳から花札のような耳飾りをつけている──ポン治郎と、
「寝息も聞こえてきますぜチュー」
ポン治郎と同じく頭から生えた小ぶりな耳に、出っ張った前歯とつりあがった目つきをしている──チュウ逸であった。
二人の呼びかけに伊之助は、「よし行くぞ! 勝負だ!」と片手を上げ勇ましく声を上げた。
しかしそんな伊之助に対し、興味がないのかそっぽを向く禰豆子。そんな禰豆子に、伊之助がツヤツヤのドングリを差し出す。途端禰豆子はドングリに反応を示し、四人──否、四匹は洞窟の奥へと向かう。
道中、伊之助が進む先に再び影が見えた。
「お前か! 洞窟の主!!」
飛び掛かろうと伊之助が一歩踏み出せば、その影が振り返り顔を見せた。そこにいたのは……
「……」
「……! お前、子分その四じゃねぇか!」
子分その四、もといなまえであった。禰豆子と同じくうさぎのような耳の生えたなまえは、ぱちくりと目を瞬かせ伊之助達を見る。
「おら、お前も行くぞ!」
もう一匹仲間を見つけた伊之助がそう呼びかけるが、なまえはぼんやりとしていて反応を返さない。
「しかたねぇな! お前にもこれやるよ!」
そう言った伊之助は、懐からもう幾つかのツヤツヤのドングリを出すと、それをなまえに渡した。
ツヤツヤのドングリを渡されたなまえは、目を輝かせ伊之助について行く。
「──行くぞ!!」
「ヘイ!!」
元気よく行進する一行は、洞窟の闇へと足を踏み入れるのであった。
***
──繋いだ手の暖かさが、心にじんわりと滲むのを感じた。
「こっちこっち! こっちの桃がおいしいから! 白詰草もたくさん咲いてる!」
桃のなる木の合間を、二人の影が駆けていく。風に乗って、心地よい空気と程よく甘い香りが辺りを駆け巡る。
「白詰草で花の輪っか作ってあげるよ、禰豆子ちゃん! 俺本当にうまいのできるんだ!」
「うん、たくさん作ってね!」
頬が紅潮した善逸が、明るく笑う禰豆子へと告げる。日の下で笑う禰豆子には、鋭い爪も、尖った牙も何も無かった。
そのまま楽しく走り続けていれば、二人は流れる川へと辿り着いた。日の光に当てられ、川に流れる水はきらきらと輝きを放っている。
──そして、その川の先には、暖かな日の下で佇むなまえの姿があった。
「あ! なまえ!」
片割れの姿を見つけた禰豆子が嬉しそうになまえを呼ぶ。呼ばれたなまえは、こちらに気づくとその端正な顔を綻ばせた。
「禰豆子、善逸さん!」
笑顔でこちらに手を振るなまえ。そんななまえのもとへ駆け寄ろうと禰豆子が一歩踏み出すが、その先には川があった。足を止めた禰豆子は眉を悲しそうに寄せると、善逸の方を見る。
「善逸さん、どうしよう。あちら側に行きたいけれど、私泳げないの」
困ったようにそう告げた禰豆子。
その様子に、善逸は一瞬考える。
──川の先にはなまえちゃんがいて、禰豆子ちゃんはあちらに行きたい。禰豆子ちゃんの願いが叶えば禰豆子ちゃんは嬉しいし、きっとなまえちゃんも嬉しいだろうし、勿論俺も嬉しい。そして何よりあちらに行ければ……俺と禰豆子ちゃんとなまえちゃんの三人でいられる!
たった一瞬の時間でそこまで熟考した善逸は、顔を真っ赤にさせ禰豆子を見た。
「俺がおんぶしてひとっ飛びですよ、川なんて!! 禰豆子ちゃんの爪先も濡らさないよ! ちゃんとなまえちゃんのもとへと俺がおんぶするし! お任せくださいな!!」
そうして禰豆子をおんぶした善逸は、「うふふっ」とまるで乙女のような笑い声を上げ、川の先に待つ極楽に目をハートにする。
──善逸は足に力を込めて跳び、素晴らしい跳躍を見せた。
***
──眼下、広がるのは愛しく懐かしき情景。
まだ雪が降り積もるそこは、吐く息を白く変色させる。
「あ、兄ちゃんおかえり!」
「炭売れた?」
寒い中家の前で籠を持っていた茂と花子が、“帰ってきた”炭治郎に声をかけた。
涙ぐむ炭治郎は思わず二人に駆け寄ると、声を上げながら泣き、二人を精一杯抱きしめた。
凍える寒さの中抱きしめた二人の体温は、酷く愛しく暖かなものであった。
「それで急に兄ちゃん泣き出すからびっくりしちゃった」
「変なの、あはは」
洗濯物を畳む花子と食べ物を食べている竹雄が、先程急に泣き出した炭治郎を笑った。
そんな二人の様子とは反対に、葵枝は心配そうな顔を浮かべている。
「まあ……疲れてるのかもしれないわね、炭治郎。無理しないで今日は休みなさい」
「そんな、大げさだよ。平気だから」
「本当に?」
「うん。何か“悪い夢”でも見てたみたいだ」
炭治郎の顔に手を当て、体温を確認する葵枝。炭治郎はそれに大丈夫だと笑いかける。
「ばふーん!!」
すると、いきなり茂が大きな白いシーツを炭治郎に被せた。唐突な出来事に、炭治郎は思わず「うわっ」と焦りを声に出した。
「何してんのもーー!!」
「ぐわははは!」
「やめなさいよ洗濯物で!」
ふざけて遊ぶ茂を洗濯物を畳んでいた花子が叱る。そんな様子を、葵枝も竹雄も笑いながら眺めていた。
叱っていた花子も次第に笑顔になり、仲の良い兄弟達は笑い合いながら幸せな団欒を過ごしていた。
「あれ? 禰豆子となまえは?」
暫くして、禰豆子となまえの二人がこの場にいないことに気付いた炭治郎。そんな炭治郎に、ごりごりとすり鉢を摩る竹雄が返答する。
「姉ちゃん達山菜採りに行ってるよ」
「──えっ、昼間なのに!?」
「?」
突然焦ったように大声で叫ぶ炭治郎に、一同は「?」を浮かべ不思議そうな表情を浮かべる。「だめなの?」
「あっ、いや……あれ?」
何故自分がそんなにも動揺したのか、よく分からない炭治郎も疑問符を浮かべた。その時、火起こしをしていた葵枝が炭治郎を呼んだ。
「炭治郎。お風呂の準備をしてくれる? こっちがまだかかりそうなの」
「あっ、うん。分かった、すぐやる」
葵枝の頼みを快諾した炭治郎が、風呂の用意をする為立ち上がり、寒さの残る外へと出る。
──変なことばかり言ってしまうな。疲れてるのかな……。
その時、ふと炭治郎の目に“それ”が映った。
その“木箱”は、林の中にぽつんとただ置かれている。遠目かでも分かるほどに、妙に作りの良いそれが一体何なのか、炭治郎には分からなかった。
ただ、それでも──何か大事なことを忘れている気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。
それに気を取られたまま歩き出そうとした炭治郎は、足元に置いていた水桶に躓きそうになる。炭治郎がよろめき、先程の木箱に目を向ければ、木箱はその場から忽然と消えていた。
──あれ、消えた……。何だったんだろう。一瞬……道具箱か? 見間違いか?
木製の水桶を両手に持ち、川まで歩いてきた炭治郎。そして川の水を汲もうと、水桶を構え川を覗き込んだ。
──その時川の水に映っていたのは、確かに自分であった。しかし映る自分は、水の中で何やら必死そうに叫んでいる。その自分が着ている服装も珍しいもので。
そんな、水に映る自分が現実とは違う自分であるなんてことを、到底信じられなかった炭治郎。炭治郎はその虚像を振り払うように、勢いよく水桶を川に沈ませた。
そのまま炭治郎は、川に入れた水桶を腕ごと誰かに引かれ、冷たい川へと転げ落ちた。
「──起きろ! 攻撃されてる! 夢だ、これは夢だ!!」
水の中のもう一人の炭治郎が、泡を吐きながら叫ぶ。
「目覚めろ! 起きて戦え!!」
その数々の言葉に、目を見開かせた炭治郎はようやく“真実”を思い出した。
──……そうか、そうだ。俺は……。
──汽車の中だ!!
酸素のない水中が、思い出してしまった辛い現実が、炭治郎の頸を締め付ける。
息ができなかった。とても苦しかった。
「兄ちゃん、たくあんくれよ」
「──!!」
「だめだってば! やめなさいよ!」
気付けば炭治郎は、いつのまにか家族達と共にご飯を食べていた。目の前では、花子と竹雄がわあわあと言い合いを繰り広げている。
「何でそんなお兄ちゃんから食べ物取るのよ!」
「何だよ!」
「さっきおかわりしたでしょ!」
先程水中で事実を思い出した炭治郎であったが、夢からは覚めていなかった。幸せな日常が、まだ続いている。
──だめだ、目覚めてない。夢の中だ。
──どうすれば出られる!? せっかく夢だと気付けたのに!
──どうすればいいんだ!!
その時、いきなり炭治郎がごうごうと激しく燃え始めた。炎を纏う炭治郎に、家族達は顔を青ざめさせる。
「お兄ちゃん!!」
「どうしよう、火が!!」
「兄ちゃん!!」
その炎から香る匂いを、鼻の良い炭治郎は嗅ぎ取った。
──禰豆子の匂いだ。禰豆子の血だ。
──禰豆子……! それに、なまえも……!
燃え上がる火が一層勢いを増した途端、炭治郎の服装も変わった。黒い詰襟に、市松模様の羽織り。腰には、刀。
──隊服! 日輪刀!
──覚醒してる! 少しずつ……少しずつ!!
炎が弱まり、姿の変わった炭治郎を目の当たりにした家族達は驚いた目で炭治郎を見ている。竹雄は大量に冷や汗をかいており、花子や茂は目に涙まで浮かべていた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「兄ちゃん……」
「……ごめん……行かないと」
炭治郎は眉を顰め、苦しそうな表情のまま立ち上がった。その様子を、兄弟達は困惑したまま見ていた。
「早く戻らないといけない。──ごめんな」
「──お兄ちゃん!!」
素早く駆け出す炭治郎の後方から、呼び止める声が飛んできた。それにも構わず、炭治郎は走り続ける。
──俺に夢を見せている鬼が近くにいるなら、早く見つけて斬らなければ……!
冷や汗をかき焦り出す炭治郎は、聞こえてきた“二人”の声に足を止めた。……止めてしまった。
「「──お兄ちゃん、どこ行くの?」」
綺麗に重なったその声は、不思議そうな匂いに溢れていた。まるで、自分──炭治郎はここにいるのが当たり前なのだと訴えかけてくるようなその声に、炭治郎の胸が締め付けられる。
「今日は山菜、いっぱい採れたよ」
「だから、美味しい料理がたくさんできるよ」
二人に背を向けている炭治郎にも、その二人がにこにこと笑い合っているのが簡単に想像できた。
「あっ」
「お母さん、六太」
「……炭治郎」
二人の他に、葵枝の声まで聞こえてきた。どうやら台詞から察するに、六太も共にいるらしい。
炭治郎は俯いたまま、身動きができなかった。
「炭治郎どうしたの、その格好は……」
今はもう聞くことすらできない、愛おしい家族達の声に、炭治郎はちくちくと胸が刺されるような痛みを感じていた。
──ああ……ここに居たいなあ、ずっと。振り返って、戻りたいなあ。
本当なら。ずっとこうして暮らせていたはずなんだ、ここで。
本当なら。みんな今も元気で。禰豆子もなまえも日の光の中で、青空の下で。
本当なら。本当なら。俺は今日もここで炭を焼いていた。刀なんて触ることもなかった。
──本当なら……本当なら!!
でももう俺は失った! 戻ることはできない!
心を決めた炭治郎は、歪みそうになっていた顔つきを変え、再び走り出した。
「──お兄ちゃんっ置いてかないで!!」
そんな炭治郎の背中に、小さな六太の悲痛な叫びが突き刺さる。
我慢していた涙が、とうとう炭治郎の目から溢れた。
──ごめん。
ごめんなあ、六太。
もう一緒にはいられないんだよ。
だけど、いつだって兄ちゃんはお前のことを想っているから。
みんなのことを、想っているから。
──たくさん、ありがとうと思うよ。
──たくさん、ごめんと思うよ。
忘れることなんて無い。どんな時も心は傍にいる。
だからどうか────許してくれ。
14
(もしも、もしも、本当なら。)