群青の途
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…………」
「……!!」
その日、炭治郎達が特訓中で──因みに禰豆子はぐっすりと眠っている──暇だった私は屋敷内を彷徨いていた。
宛ても無くふらふらしていると、私は一人の男の子隊士に会った。
その隊士は──私が前に『下弦の参』から守った、あの時の隊士であった。
その隊士は私を見るなりぎょっとした顔となった後、すぐに眉を寄せ不機嫌そうな顔になった。
あの時の、怪我をしていた隊士だ。怪我は大丈夫だろうか。
カナエ同様、あの時この隊士も怪我をしていた為に心配になった私が己の手を隊士の腕に重ねると、一瞬の間も無くその手を跳ね除けられた。
な、なんで跳ね除ける……? もしかして傷に触って痛かった?
前にカナエの怪我をそうやって確認し、カナエには優しく接してもらった経験から、全部の人間はそういう反応をするものだと思っていた。しかし、どうやらその考えは間違っていたらしい。
「お前……あん時の鬼か」
私が行き場の無くした手を宙に浮かせていると、その隊士は怪訝そうな声色で言った。その問いに、私はゆっくりと顔を肯かせる。
そんな私をじとーっと厳しい目で見つめる隊士。私は何か悪いことをしただろうか……。
「……チッ、お前に助けられたのは事実だ。感謝はしてる。だが、他の奴らみてぇにお前と仲良しこよしする気はねぇよ」
隊士はそう冷たく吐き捨てると、くるりと踵を返した。そのまま何事もなかったかのようにすたすたと歩き出してしまった彼を、私はぼーっと見ていたが、数秒してからはっとして彼を追いかけた。
とたとたと足音を立てながら走り、こちらに背を向けている彼の服の裾を引っ張った。
「っ!? 何のつもりだよ!」
振り返ったその隊士の顔は、まさに悪鬼のごとく恐ろしいものであった。その顔に少し慄きつつも、私はそのまま彼をぐいぐいと鬼の力で引っ張る。
流石の隊士も鬼の力には敵わないのか、私の思う通りに引っ張られている。
そのまま、しのぶがいつも隊士の手当てをしていた部屋に踏ん張る彼を押し込み、私もさっとその部屋へと入る。
そして素早く部屋の棚から包帯を取り出し、その隊士へとぐいぐいと押し付けた。これで手当てをするの。あの時沢山血を流していたでしょう。
隊士は押し付けられたそれを見て、ぴたりと止まると、眉間を押さえてゆっくりと溜息を吐いた。
「……お前……まさか俺が怪我してると思ってんのか?」
その疑問に、勿論だと私が肯けば、隊士は途端に苦々しい顔をした。眉間には未だシワがよっているものの、最初に出会ったときの深い深い眉間のシワよりは大分ましになっていた。
「……あん時からどんだけ経ってると思ってんだよ」
そう言った隊士の声は、確かに笑っていた。
おお、笑った……と私がさほど驚きもなくその様子を見つめていれば、隊士は私に押しつけられた包帯を元の棚に戻す。
その行動に私は何故だと軽く目を見開くと、そんな私を見た隊士は口角を上げながら言った。
「生憎、今俺は怪我なんかしてねぇ」
隊士から告げられた衝撃の事実に、私は瞠目した。ぴたりと固まる私に、隊士は再び口を開く。
「……だが、いつか任務で怪我をするかもしれねぇな。そん時ここに来たときに覚えてられるよう、俺の名前を教えてやる」
名前を教えてくれるという言うその隊士に、私は固まっていた顔を軽く上げた。
「俺の名前は、獪岳だ」
獪岳、獪岳。隊士の名前は獪岳というらしい。何だか強そうな名前だ。何度も頭の中で反芻させ、名前を覚える。今度彼が来たときに、手当てできるように。
「じゃあな」
そうしていると、彼はとっくに部屋の戸に手をかけていた。怪我をしていないなら、引き止める理由も無い。私は去っていく獪岳をその場に立ち尽くしながら見送った。
「(そういや、彼奴の名前訊き忘れたな)」
***
その後私が禰豆子のいる部屋へと戻ると、禰豆子は起きていた。それに、部屋にいるのは禰豆子だけではなく──こちらに背を向け振り向くしのぶもいた。
「なまえさん、おかえりなさい」
「むーむー」
しのぶはこちらににこりと笑いかける。しのぶの奥にいる禰豆子も、にこにことした笑顔を浮かべていた。
よく見ると、二人は何やらこそこそとしていたようだった。何をしているのかな、と二人の方に近寄り、二人の間を覗いて見る。するとそこには、竹でできた一つの口枷が置いてあった。
見覚えのある形の口枷に、ふと禰豆子の方を見るが禰豆子はきちんと竹の口枷をつけている。じゃあこれは一体誰の……?
不思議がる私に気付いたのか、しのぶがふふ、と美しく笑った。
「これはなまえさんの分ですよ。禰豆子さんとお揃いの」
どうやらこの口枷は私のものであるらしかった。禰豆子の付けているものと殆どが同じのそれは、布の部分のみ禰豆子の口枷とは異なる色をしていた。
突然お前のものだと告げられた口枷に、嬉しさも悲しさもなくただそれを見つめていると、しのぶが口枷を手に取り微笑んだ。
「私がつけてあげましょう」
***
「……」
「むーむー!」
しのぶに付けてもらった、禰豆子とお揃いの口枷。
付けてもらったはいいものの、正直なところかなり違和感がある。
不思議な感覚にもやもやする私と相反に、にこにこと笑う禰豆子はお揃いである口枷に嬉しそうにしている。しのぶはしのぶで、笑顔を浮かべながら「流石は双子、口枷を付けると一目で双子だと分かりますね」と見た感想を述べている。
恐らく人を喰わないようにするための口枷なのだろうが、同時に話すことも阻害されてしまう。
「ふがっ……がっ」
いつも通り声を出そうとすると、付けた口枷が邪魔で言葉にすらならない。何故普段の禰豆子はあんなにも綺麗に声を出せているのか、疑問に思う程であった。
しかし、よくよく考えてみたら、私は普段そんなに喋らない(というかほぼ無言)のであまり影響はないことに気付いた。
それに気付けばそんなに『言葉を話せない』ということは問題ではなく、まあいいかと勝手に納得した。
「申し訳ないですが、これからはなまえさんもなるべく口枷をつけて過ごすようにしてください」
人差し指を立てたしのぶが私に対しそう言う。それに対し私はこくりと肯いた。
一方禰豆子は、そこまで嬉しいかと私が訝しがる程にお揃いに対し喜んでいる。私の肩に寄り添い、「ふんふん」とご機嫌そうな声を出している禰豆子。私は喜ぶ禰豆子の頭を、よく禰豆子がそうするように撫でた。
そんな私達を見て、静観していたしのぶがこちらに手を伸ばす。その細い手は、寄り添う私達の頭にそれぞれぽんと置かれた。そしてそのまま無言でぽんぽんと手を動かしている。
「……?」
その行動に、更に嬉しそうな顔をする禰豆子に反し、私はよくその行動の意図が掴めず顔には出ないが困惑していた。
「……これが、しあわせ……なのでしょうか」
ぽつりとそう嘆くしのぶ。その声は今にも泣き出しそうな子供のような声であったのに──しのぶの顔はやっぱり、いつもみたくにこにことしていた。
12
(蝶が翅を休ませられる場所。)